人の心というのは消耗品だ。
疲労や心労は心を確実に蝕んでいく。
それが続けば何時かは壊れてしまう。
だから人間は娯楽というモノでその傷を癒しているのだ。

Sunny spot of the window ahead 〜消耗品への癒し〜

俺、樋野啓次は若くして出世した人間だった。
エリートではない所か法改正によって新たに中卒でも警察になれるという事となった所謂落ちこぼれ組みと言われている所からのスタートだった。
現行では後手以外は手出しできない警察は事前調査等はしない傾向であったが俺は積極的に動き多くの犯罪を未然に防いできた。
昇級試験も積極的に受け、異例ながらの警部への昇進をなした。
しかしそれにともなり、俺の心労というものが多くなったというのも事実だ。
事前調査は今や警察内では黙認された規約違反という事となっている。
最初の内はよかったが続けて昇進していく内に風当たりは厳しくなっていった。
減給、始末書は当たり前。
それが続いてとうとう俺は警視庁から左遷された。

その後俺は左遷先の上代市に流れ着いた。
俺が生まれ育った町。
上京して早10年近かったが町並みは激変しても空気は変わらなかった。
俺は疲れきった身体に鞭を打ちとりあえず深呼吸する。
「あぁ…変わらないな…」

少々変わった部署に慣れ初めて数日。
俺は、捜査の為に情報屋の元に向かう。
大きな声では言えないが、この時代治安は少々悪いのでアンダーグラウンドという世界はゴロゴロしている。
完璧都市と言われている上代市だって例外でない。
警察と敵対関係にあるような特殊警備隊だって試験配置されているがそれでも撲滅できていない。
だが、それのお陰で事前捜査が可能な特殊警備隊を出し抜き捜査ができるのだが…

特殊警備隊。
警察の代わりは治安を守る為に組織された。
現在の警察の体制を抜本的に改正し、事前捜査も可能どころか常に発砲許可、逮捕状は常に優先発行される。
今は組織する為に引き抜き等も行われており、俺も誘われてはいるが断っている。
どうしてかといわれると言葉詰まるが、どうしてもなのだ。

俺は馴染みとなった情報屋からある程度情報を買い店を出る。
俺が追う事件は主に児童娼館について。
追う理由はいろいろとあるがまぁ昔のしがらみというやつだ。
「はぁ〜…」
俺は一つ溜息を吐く。
「収穫なしか。」

買った情報は有力なモノであったが、決定打としては弱いモノだった。
最近、情報はあってもどうも弱いモノばかりだ。
徒労に終わる事はなくても、解決には時間がかかるものが多くなった。
それだけ少なくなったと考えたいモノだが、大よそ巧妙になっただけだろう。
「はぁ〜…」
道すがらもう一度溜息を吐く。
一体今日で何回目の溜息だろうか。
溜息を一つ吐くと幸せが一つ逃げるというが一つ我慢すれば一つ幸せが増えるのだろうか。
そんな事を思いながらも俺はとある場所に脚を向けていた。
最近の進展の遅さに心も折れそうだ。

上代市に来てからだろうか。
上京していたときはどれだけ怒られたり、どれだけ進展がなかったりしても前向きにいれたような気がするが、この上代市ではそう上手くいかない。
自分が生まれ育った町であるからか、その空気のおかげで進めずにいるとどうしても落ち込む。
俺はどうしても心が折れてしまいそうな時にとある店による事にしていた。
最近はずっと通い詰めとなってしまっているが友人の経営する喫茶店とその友人の師匠に当たる人間が商う店だ。
俺は今日、友人の方の店を覗くと珍しく繁盛していたので駅前にある師匠の店の方へと向かう事とした。

友人の店は比較的落ち着いた雰囲気の店であり、賑わっているときは少々入り難いのだが師匠の方はファンシーな内装なのだが、店主達と話していれば別段気にすることはない。
気分的には友人の店に寄りたかったのだがあの店が賑わっているという事は店主も店員も接客に追われているだろうから話し相手の欲しい俺としては今は相応しくなかった。

駅前に辿り着き馴れた足取りで店へと入る。
内装はピンクが主であるが、目に悪くないように抑えるべきは抑えている。
中に入ると時間が時間である為か客は少なく、この店のマスターがカップを磨いていた。
俺は迷う事無くカウンターに座りマスターへと話しかけた。

「へぇ〜…っで最近あっちの方はどうだ?上手くやってそうか?」
「自分の目で確かめてくださいよ。少なくても俺は貴方達二人には報告しません。」
しばらくマスターと話し込んでいた所にこの店の住み込みのバイト店員が話しに割り込んできたので軽くあしらっておく。
相変わらずの男性で、知り合いの人間ではあるのだがとある事情であまり関わらないようにしている。
「まったく、別にいいじゃないか、あいつらの事が気になるんだよ。」
「確かに、俺も聞きたいな。あっちの店を潰されてはかなわん。」
相変わらずの男口調のマスターも乗り始めたのでもう一人のマスターに助けを求める為に視線を送ったが諦めろという無言の返信が帰ってきて諦める事とした。

俺がバカ話と近況報告をしてカップを空けると外はすっかり夕焼けとなっていた。
俺はお礼を言って勘定を済まして店を出る。
こんな何でも無いような事に俺の心は癒されていく。
今までの心労も少し軽くなり俺は少し足を軽く歩き出した。
事件はまだ解決しそうもないが、なんとかなるだろう。

心は消耗品だ。
日々癒し続けないと直にガタがきてしまう。
消耗品の癖に取り換える事はできず、修復し続けてやらなければならない。
めんどくさい事だけどやらなければ壊れてしまう。
日々擦り減る心は柔らかそうで以外と硬い。
だけど硬いから直に脆く砕けてしまう。
だからその擦り減る量を減らす為に心の休息を。
俺の休息は語らいと美味しい飲み物。
それ故にマスターや友人には感謝している。
彼・彼女等が居るからこそ俺は立ち続けて歩き続けれるのだろう。
癒し方はヒトそれぞれだ。
俺はその癒し方を見つけれだが、世の中上手く見つけれないヒトも居る。
どうかそんなヒト達にも心を癒せれるモノが見つかりますように。

俺は住宅街を歩きながら署に向かう。
ふと急に紅茶の香りが辺りを包んだ。
「ダージリンだな。いい香りだ。何処かに喫茶店でもあるのだろうか。」
そう一人で呟き、もし見つけれたら立ち寄ろうと心に決めて少し探索をしてみる。
あんなにいい香りなのだ。
美味しいに決まっている。
俺は香りの強くなる方へと足を向けた。
一体どんな出会いが待っているか期待しながら歩く。
癒しというのは自ら進んで行けば更なる癒しを見つけ出す事もできるのだから。

辺りの香りが一層強くなり、まるで空が紅茶の様に染まりその紅が道まで染まったその先に俺は一組の男女が居り、その男女は夕日の紅を超える赤を道に湛えていた。
いつもは噎せ返るようなあの臭いも何故かこの場所では良い香りとして満ちていた。


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