窓先の陽だまり〜死は別れではなく唯新たな喜劇と悲劇の幕開け〜

喫茶『窓先の陽だまり』・・・俺が通うお気に入りの喫茶店。
俺がここに通う理由は美味しいコーヒーと落ち着く雰囲気とかわいいウェイトレスの為だ。
しかし残念ながらウェイトレスさんは既婚であり、ちょっかいを出すとマスターにしばかれるので眺め、他愛もない会話を交わす程度の毎日。
いつもと変わらない毎日だが最近自分らしくないが紅茶にも手を出し始めた。



「お父さん、三つ編みして〜」
「めんどくさいからツインテールかポニーテールにしなさい。」
本当にめんどくさいので投げやりな返事をする。
今年5年生になる義理の娘である莉沙は長い髪を振り回すように首を振りながら「三つ編みじゃないと嫌なの〜」と駄々をこねている。
「早く行かないと学校に遅れるぞ?三つ編みなんかしてたら尚更だ。」
「むぅ〜・・・なら明日はデートだよ?」
何がならなのかわからないが面倒になりそうなので俺は適当に流す。
「わかったわかった・・・だから早く学校行ってこい・・・俺は眠いから寝たいんだ・・・」
大きな欠伸をわざとらしくだしてみる。
「むぅ〜・・・お仕事だったからしょうがないけど・・・あまりだらしない生活は駄目だよ?じゃ、いってきま〜す!!」
とランドセルを背負い、結局髪は結ばず玄関の扉を壊す勢いで開ける。
「いってらっしゃい。」
俺のその言葉を確認するやいなや、
バタン!!・・・
再び扉を壊す様な勢いと共に大きな音を立ててドアを閉めて飛び出していった莉沙。
それを見送った俺はふと枕元にある写真に目をやった。
そこには今の莉沙を大きくしたような女性・・・莉沙の母親が写っていた・・・
その写真を一目を見て眠りにつく・・・
夜勤明けは辛いものだ・・・
・・・夢なのだろうか・・・
楽しくて幸せだった日々の終焉。
悲しみ明け暮れた日の光景が浮かぶ。
目の前に広がる景色はマンションの一室・・・
空けられたベランダへの扉・・・
はためくカーテン・・・
ベランダの柵に腰掛ける女性・・・
この光景は何時だったか・・・
確かあいつと結婚して2年・・・莉沙が小学校に上がるか上がらないか位の日だった・・・
連れ子だった莉沙と暮らし始めて2年・・・初めはお互いぎくしゃくしていたし、同棲を始めてからお互い存在を知ったのだから口さえ利かない日だってあった。
それでも1年もすれば溶け込みあい3人の幸せな日々があった。
それまでの日々は花屋をやっていた俺だが、養う人が増えたので真剣に勉強をして花屋を閉めて今の職についた。
キツイ仕事だが年齢の割に多めの賃金を貰え、俺を含めて3人を十分に生活できる・・・というよりも普通よりも良い生活ができるほどだった。
クタクタになりながらも毎日を必死に働いて過ごしていた。
日々は充実していたはずなのに・・・同棲・結婚して2年目のある日・・・あの光景が飛び込む事になる。
当初あいつがベランダに星でも眺めているのだろうと思っていた。
しかし俺が帰ってきた時間は夜遅くというよりも朝早いといった方が正しい時間。
一応帰るというメールを送ったがいつも通りに返信はなく、寝ていると判断したのだが・・・
寝室には健やかな寝顔で寝ている莉沙の隣にはいつもいるはずのあいつの姿は無く、ベランダにその姿がある。
いつもと違う光景に戸惑いを隠せず唯ベランダに・・・あいつに目をやるだけだった。
唯朝焼けを待つ町並みをバックに微笑むあいつ。
景色がいい方が良いだろうと住み始めたマンションの6階・・・
今は唯風が吹き抜ける通路と化している。
その風があいつの自慢の長髪を揺らす・・・
嫌な予感は収まらないのだが、俺は立ち尽くしていた。
そんな俺にあいつは語りかける。
しかし流石は夢だ・・・
都合が悪かったり、忘れてしまっている事は再生されない・・・
「───ごめんね───花屋をさ────それに────いつも───・・・」
忘れてはいるが、この時のあいつは俺の予感以上の悪い内容を語っていた・・・
当初はただ出て行く・実家に帰るとかそんなレベルの内容だと思っていた。
しかしそんなやさしいものではなかった・・・
確実な死の予告・・・
そして俺に別れを告げるように一瞬微笑み、まるで町並みに溶け込むかの様に消えていくあいつの身体・・・
俺は消えていったあいつをただ見ていることしかできなかった。
どれだけたっただろうか・・・
もしかしたら1分と掛かっていなかったかもしれない。
俺は正気を取り戻し玄関を飛び出て階段を駆け下りる。
そして丁度部屋の真下に当たる道路に走っていく。
信じられない・・・否信じたくない光景が広がっていた・・・
「なんでもう少し早く言ってくれなかったんだよ・・・」
足が崩れ唯後悔と責任転嫁と自分自身に責めることの繰り返しだった・・・
そんな時に吹いた風は何故か温かく、あいつが好きだった紅茶の香りを運んできた。
(一体なんの銘柄だっけ・・・)
と今となれば考えるのだがその時は唯風さえも鬱陶しく感じていた。
今は2人だけにしてくれと・・・
目覚めは最悪だった。
時間は午後1時。
2度寝が危うく今日の本寝になるところだった。
(にしても何であんな夢見たんだか・・・あいつの夢ならもっといいのがあるはずなのにな・・・)
ふと腹が空いた事に気づく。
(丁度腹も空いたし『窓先の陽だまり』にでも行くか・・・)
そうして俺は玄関の扉を開け昼飯を取る為に家を出る・・・

時間は午後3時。
そろそろ莉沙が帰ってくる時間だ。
俺は飲みかけのコーヒーを一気に飲み干し勘定をする為にレジへと向かう。
「美波ちゃん。勘定よろしく。」
「あっ・・・は〜い。・・・にしても今日はめずらしい時間に来ましたね。」
レジを打ちながら話しかけるウェイトレス。
背丈が莉沙と同じぐらいでありパッと見小学生な女性である。
長髪にでもすればもう少し大人っぽく見えるのだろうが、本人が気に入っているのだろう、ショートカットにし、直すつもりが無いのか左右に髪が跳ねている容姿がなんというか守ってあげていたいと・・・
「偶々夜勤空けで2度寝したらこんな時間に・・・毎回思うんですがその癖っ毛(?)・・・治さないのですか?」
「ちゃんと規則正しく過ごさないと駄目ですよ?・・・う〜ん・・・私のトレードマークみたいなものですし♪はい、えっと・・・1050円ですね。」
そう言って彼女ははぐらかす様に答える。
(・・・ただ面倒なだけでは?)
「1050円か・・・高くついたな・・・はいこれ・・・ごちそうさん。」
そう言って丁度1050円を出し店を後にする。
「ありがとうございました〜またのお越しを〜」
後ろから美波さんの声が聞こえる。
(さて・・・長居しすぎた・・・早く帰らないと莉沙のやつ怒るだろうな・・・)

部屋に戻ると俺はテレビを付け適当な番組にチャンネルをあわす。
この時間は特に興味をそそる番組はやっておらず唯つけておくだけでBGMの代わりにし、黙々と読書に勤しみ始めた。
元々花屋をやっていたわけなのか、花が題材であったり下手をすれば図鑑を眺めていたりするのだが、今日も案の定花が題材にされている本であった・・・
物語も終盤へと差し掛かる頃に遠くからドタドタという足音が聞こえてくる・・・
そして急にその足音がやんだと思うと勢いよくドアが開けられ足音の主の開口一番が部屋に響き渡る。
「たっだいまー!!」
近所迷惑甚だしい訳だがこれが夜勤明けの休日の楽しみだったりする。
「莉沙・・・もう少し女の子らしくしたらどうだ?階段を上がってくる音まで聞こえてたぞ?」
「ここまでするのはお父さんがいるときだけだよ〜」
無邪気な笑顔で言う莉沙。
「まぁ・・・大目にはみるが、スカートであんだけの音立てていたんだ・・・少々破廉恥ではないかい?」
そう言うと莉沙は見る見る紅く染まっていき・・・
「むぅ・・・少し大人しくする・・・」
と言うと少ししゅんとする。
「まぁそんな元気な所がお前らしいんだけどな!!」
そういって俺は莉沙の頭をクシャクシャと撫でてやる。
「それでさ!!今日の晩御飯はなに!?」
少しは元気が戻ったのか突発的に質問を投げかける莉沙。
(しかし結局晩飯考えて無かったな・・・)
俺は適当に晩飯のメニューを巡らせるが結局・・・
「莉沙は何が食べたい?」
こうなってしまうわけだ。
(さて・・・面倒なオーダーがくる事覚悟でいるか・・・)

食後、食器を食器洗い機にぶち込み莉沙と共にテレビを見ていた。
「ねぇお父さん・・・明日どこいこっか?」
「うむ・・・近場でいいか?結構疲れが溜まっててな・・・」
投げやりな返答はいつもの事だ。
「ならショッピングにしよ?この街をぐるぐる見てまわるの!」
「そうだな・・・以外と面白いかもしれない。そうするか。」
簡単に了承し、俺は寝る準備へとはいる。
「明日は朝早くから出かけるんだろ?莉沙も早く寝ろよ?」
「はーい。じゃあ今日は一緒に寝よ?」
いつもと違う提案に少々戸惑いながらも、「今日だけな?」と了承する。
(明日は久々に出かけるんだ。興奮でもしてるんだろう。)
と自己完結させベットへと向かう。
(明日は早い・・・ちとばかり早いが本当にここで寝ないと明日持たないな・・・)
「おやすみ。」
「うん、おやすみ。」
お互いくっつきながらベットに入りそう言葉を交わし電気を消す。
昼間寝てしまったせいかベットに入っても眠れる気がしない。
ベットに入った直後にはそわそわしていた莉沙だったが今は隣で莉沙がかわいい寝息を立てていた。
(この調子だとどっちが興奮してたんだろうな・・・莉沙と出掛けるなんて何ヶ月だろう・・・)

辺りが明るい。
朝が来たのだろうか。
今日は莉沙と一緒に街に繰り出す日。
「朝だよ〜起きてぇ〜」
莉沙の声が聞こえる。
(そろそろ起きないと殺されるかもな。)
そう思いながらゆっくりと起きる俺。
そうすると何やら良い匂いがする。
パンの焼けたような匂いとコーヒーの香りが・・・
「莉沙が作ったのか?」
目の前に広がる拙くはあるがちゃんとした朝食に目をやりながら尋ねる。
「うん。調理実習で習ったやつなんだよ?おいしくないかもしれないけど・・・」
少々頬を染めながら言う莉沙。
宛らそれは彼女が始めて彼氏に料理を振舞ったかのように。

案の定お世辞にも美味しいとは言えない出来だった。
しかし莉沙が作ったという価値が美味しさとして引き立ててくれていた。
食器を片付け今日出かける為に着替える。
今日一日は楽しい日になりそうだ。

街に出てからは普段行かないような洋服店や宝石店を巡ったりした。
目を輝かせる莉沙に何か買ってやろうかと訊ねると、「別に見ているだけで十分だよ♪」と返ってくるばかり。
昼食も適当なファーストフード店で済まし、その後も軽くウィンドウ・ショッピングを続ける。
結局何も買わずに今日一日が終わりそうになる。
そんな時にふと案が浮かんだ。
「なぁ。喫茶店に行かないか?」
「喫茶店?」
「お茶しないか?ってこと。」
「お茶?ますますデートみたいだね♪」
無邪気ながら背伸びがしたいのだろう。
目を爛々に輝かせながら答える。
(さて・・・今日も『窓先の陽だまり』に行くとするか。)

カランコロン・・・
ドアを開け店に入る俺と莉沙。
「おっいらっしゃい。いつもの席でいい?」
美波さんに訊ねられ「もちろんいいですよ。」と答える。
いつもの窓際の席へと案内される。
いつも通り閑古鳥の鳴く店だ。
「にしてもこの子なんです?誘拐でもしましたか?」
冗談にしてはきっつい質問を投げかけてくる咲花さん。
「一応この子とは親子という関係になるな。」
「お父さんはここよくくるの?」
「おとうさん!!こんな幼い子をそう呼ばせるなんて・・・ロリコンだったんですか・・・」
「・・・煩い・・・なんだったら今から役所行って証明しましょうか?」
「大丈夫です。警察に連絡して真相を確かめてもらいます。」
「だぁー!!全然解決してねぇよ!!」
叫んだ俺に対してマスターは、「騒ぐなら他所でやってくれ。あとオーダーを早くな。」と言い放つ。
「じゃあコーヒーで。今日は体調も機嫌も良い。」
「?・・・じゃあ私はセイロンのオレンジペコーとキングジャンボパフェ!!」
(はてさて・・・オレンジペコーってどこかで聞いたが・・・なんだっけか・・・)
すこし考えていると答えが出た。
「莉沙・・・紅茶はやめろ。夜寝れない程度ならいいがおねしょされたら堪らん。」
「今日だけ・・・ね?大体注文しちゃったし。」
「はぁ〜・・・今日だけだぞ?」
大きくため息を吐き答える。
「にしてもお父さんはなんで今日の気分なんて答えたの?」
はじめての人なら当然疑問が浮かぶ質問を俺に投げかける莉沙。
「ああ・・・ここはお客の気分に合わせて茶葉とか豆をブレンドしてくれるんだよ。にしても莉沙はどうしてオレンジペコーを?ここのメニューには載ってないぞ?」
そう、ここのドリンクメニューにはコーヒーと紅茶とその他ソフトドリンクとしか書かれていない。
「わすれちゃったの?まぁとにかく知ってたの。」
メジャーな紅茶なので偶々知っていたのだろうと俺は片付けコーヒーを待つ。
そしてコーヒーと紅茶が届いた数分後、地獄を見る羽目になった。

「キングジャンボパフェお持ちしました。」
そういって目の前に置かれる1メートルはあるかと思われる生クリームの巨塔。
「なんだ・・・これ・・・」
「キングジャンボパフェですが?ではごゆっくりどうぞ。」
「莉沙・・・これ食えるのか?」
「甘いものは別腹だよ〜」
(本腹でも無理だろ・・・)
そう考える俺。
「それに一人で完食で1万円だよ?お父さんが手伝ってくれても5000円なんだから!!」
どうやら賞金が掛かっているらしくそれ目当てでもあるようだ。

しかし10分後・・・
「もう食べれない・・・」
そう漏らした莉沙。
目の前の巨塔は10分の1程度のみ減っていた。
「しょうがない・・・俺が食うよ。」
そう言って巨塔攻略に入る。

しかし同じく10分後・・・
「難攻不落とはこういうことを言うのか・・・」
結局半分も食べきれずリタイヤする羽目になる。
「すいません・・・お会計よろしく・・・」
そう言って席を立ちレジに向かう。
「6000円になります♪」
「はぁ〜・・・」
ため息一つついて払う。
巨塔攻略の為の代償は大きかった。
結局出来なかったわけだが。
「あれに挑むのは無茶ですよ。攻略できたのはたった一人なんですし。」
「へぇ〜・・・誰なんです?その人は・・・」
「私です♪」
満面の笑みで返ってくる返事にただただ笑うしかなかった。

街も夕暮れ帰宅路に付く俺と莉沙。
「今日は何が食べたい?」
「パフェで何も食べたくない・・・」
当然の反応に苦笑いする。
(だったらうどんとか蕎麦の麺類の方が食べれるだろうか。)

帰宅し夕食を食べ終わるといきなり莉沙が抱きついてきて、「ねぇお父さん。お風呂入ろ?」といいだす。
「おぅいってこい。風呂は焚いてあるから何時でも入れるぞ?」
「お父さんも一緒なの。」
「・・・はっ?」
いつもとは違う態様の莉沙に戸惑う俺。
「今日ぐらいはいいでしょ?ね?」
そうせがんでくるのでしぶしぶ了承する俺。
(しかし何故今頃になってだ?・・・あいつがいなくなってから一度も一緒に入るなんて言い出さなかったのに・・・)

風呂に入っている中湯船に浸かりぼぅっと今日を振り返っていると莉沙が「洗いっこしよ〜」と強請りはじめた。
「しょうがないな・・・」
「やったー」
しかしながら洗いながら思う。
(これは犯罪ではないよな?一応親子だし・・・)

風呂から上がり夜風に当たる為にベランダのドアを開ける。
「お父さん・・・アイス買ってきて?」
「冷凍庫にはいってるだろう・・・それで我慢しろ。」
しかしふと思い出す。
(アイス・・・切らしてたな・・・)
「しょうがない・・・買ってくるよ。何がいい?」
「イチゴ味ならなんでも〜」
「了解。」

そうして俺は部屋を出る。
近くのコンビニは徒歩で10分程度。
散歩程度には丁度いい距離だ。
コンビニ着くと目的のアイスを買い、歩いてきた道を少し足早に戻る。
(アイス溶けないといいけどな・・・)
夏も終わり、秋が近い涼しい中では解けることはないだろうがなぜか足は速くなっていった。

マンションの前に着くと何故か焦りが出てきた。
虫の知らせというやつか、何故か悪い予感がする。
普段ならエレベーターを使うが6階まで階段で駆け上がる。
ドアを開け急いで部屋に上がる。
そこには空けられたベランダへの扉とはためくカーテン・・・
そしてベランダの柵に腰掛ける莉沙・・・
どこかで見た光景・・・
「莉沙・・・危ないから降りなさい。」
「お父さん・・・ごめんね?」
「何をいって
「私・・・お荷物だったよね・・・」
俺の言葉を遮って莉沙がポツリポツリと話し出す。
「お母さんと一緒に勝ってに付いてきたし、私一人増えたから大好きだった・・・夢だったお花屋さん止めないといけなくなっちゃった・・・それに辛いお仕事を沢山しないといけなくなっちゃったし・・・だけどいつも私には笑顔で接してくれた・・・」
「別にお前のせいじゃ
「私知ってるよ?毎日疲れて溜息ついてるの・・・お花関係の本ばかり読んでるの・・・まだお店の権利書持ってる事・・・ずっと疲れた顔してるんだよ?お父さん・・・」
(気づかなかった・・・そんなに疲れている顔を見られてたなんて・・・そしてここまで知っているなんて・・・)
「だからね・・・私がいなければお花屋さんもまた出来るし、そこまで疲れなくて済むよね?もっと笑顔でいられるよね?だから・・・」
そう言って言葉が止まる・・・
莉沙の目からは1筋の涙が零れていた・・・
それと同時に一迅の風が吹き莉沙の髪を揺らす・・・
「・・・」
しかし俺は何も言うことが出来なかった・・・
なにもすることができなかった・・・
「だから・・・バイバイ・・・」
そしてまるで町並みに溶け込むかの様に消えていく莉沙の身体・・・
俺はあの時の記憶が鮮明に思い出され、必死にベランダに向かい走り、手を伸ばす・・・



「ご注文は何にしましょう。」
「セイロンの・・・オレンジペコーで・・・」
「かしこまりました。」
オレンジペコーはあいつが好きだった紅茶。
そして莉沙が唯一知っていた紅茶。
俺が唯一飲む事が出来る紅茶。
いつもの窓際の席で紅茶を啜る。
二度道中で嗅いだ香りが俺の鼻腔を擽る。
「あぁ・・・紅茶も悪くなかったんだな・・・」


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