冬のある日の夜空を見上げながら私は呟く。
「おおぐま…オリオン…カシオペア…」
夜空に輝く星々を繋ぎながら神話の世界の登場人物達を作り上げていく。
一つ吐く息は白くまるで一筋の煙のように宙にあがり霧散していく。
その煙は私の心の中の思いを形にしたかのように…
時刻は2時。
普通の人間なら活動を止めて眠りへと落ちている時間だろう。
この時間に活動している人間といえば夜の仕事をしている輩か昼夜問わず稼動している工場等で働いている…まぁ、結局は働いている人間が大半だろう。
そんな中、学生である私はこの時間に何故か空の良く見える周りに明かりもない野原で寝転がっていた。
それもこれも目的は一つ。
でもそれは達成されないかもしれない…
「来るわけないのにな…」
私はまた一つ思いを空へと霧散させた。

一瞬の瞬き、永遠の誓い。

──限りある時間の中で何をしてきたか。
それが人生をどれだけ充実させれたかの指標にできるだろう。
様<々な経験を持つのも良い。
1つの事を突き詰め続けるのも良い。
唯何もしないという事だけは人生において唯一の無駄な時間なのだ。──

突然だが、私は剣道部に所属している。
中学生の時は国体にだって出場している実力を持っている。
剣先に集中し、相手の動きを見切り打つ。
それが決まった瞬間は陶酔できるほどの歓喜が私の心を奪っていったものだ。
逆に私の動きを捉えられ打れた瞬間は悔しさに包まれるがそれもまた次の歓喜への道と知れば直ぐに立ち上がる事もできる。
だけれども最近どうも調子がおかしい。
今までの気持ちの高ぶりが無くなってきている…

確実な心境の変化に戸惑いが隠し切れなくなったのは変調に気づいて数日。
心が荒み始め次第に友人との付き合いや部活に顔を出さなくなり始めていた。
手持ちぶたさも手伝い校舎内をうろつく事が多くなった。
さっさと帰ればいいのにという話も出てくるがそれは家が許さない。
親たちにしてみれば今の時間、私は部活をしているはずなのだからだ。
親は遊びに対しては寛大なのだが如何せん其れにより学業に支障が出たら容赦なく缶詰にされるけれども。
そして何より部活動というのも学生の仕事だという訳のわからない持論を持ち出し部活動終了までの時間は帰宅を許されていない。
だから今の私には校舎をぶらつく事ぐらいしかできないのだ…

そんな毎日を繰り返していたある日、突如声をかけられた。
「ここんとこ毎日うろついてるが何してるんだ?」
突然の事に思わずその声の主の方へと顔を向ける。
「最近部室棟をうろうろしてるんの見てるが部活見学の一環かなんか?」
声の主は私よりも頭一つ分位大きい男子学生。
タイと校章の色にて私よりも一つ学年が上というのがわかった。
わかっただけで何か反応出来るわけでもないし、今は誰かと話す気分でもない。
「なんだったらうちこないか?ミステリーサークルっつうオカルトマニアの場所なんだがどうだ?」
「はっ…はぁ…」
私自身ミステリーやらオカルトやらに興味なんてない。
だからとりあえず曖昧な答えにしかならない。
「俺の名前は神楽山 岱智(かぐらやま たいち)っていうんだ。まぁ、部活見学って言うことで今日の午後9時校門集合。よろしく。」
と一通りしゃべりちらした挙句去っていく岱智。
なんとも騒がしい人間だった。
そんな思いの中チャイムが鳴り響く。
(さて、今日もやっと終わりか…)

午後8時。
私は自室にて一人考えに耽る。
もちろん今日の出来事についてだ。
夜やる部活はない訳ではないがオカ研には必要はないだろう。
それに本当にそれが部活の勧誘かはわからないのだ。
それでも私の中に去来する感情。
それが何かわからない。
でも私はそれを確認する為に
学校へと向かう事とした。

午後9時半。
約束された時刻から少々ズレた時間に私は学校へとたどり着いた。
(もし、いなかったら帰ろう。)
と思っていたのだが、岱智は待っていた。

「よう、苗代ちゃんと来たな。」
突如私の名前を呼ばれて吃驚する。
「あれ?違ってたか?苗代 真(なえしろ まな)。上代高校1年。剣道部のエースで限り少ない二刀流にて予選を突破した剣神の生まれ変わりとも称された人間…ってのが俺の調査の結果なんだが…」
剣道をかじった人間ならこの程度の事を知るのは簡単だろう。
しかし、この人間はまったく剣道について知らない人間のようだったはずだし、何より今私はそれで悩んでいるのだ。
それについて話されると気分が悪い。
「一体どこで知ったんです?」
っとまんま態度悪く言う私。
自分自身が嫌になるがたった数時間で調べてくるそっちが悪いのだ。
それにもしかしたらストーカーの類で今まで付けてきたのかも知れないのだが、それはそれで問題だ。
そんな思いを乗せた問いに岱智は軽々と答える。
「うちの部活舐めんな?この学園のデータは全て網羅されている。なんだったらキミのスリーサイズを上から言ってもいいぞ?確か上から…」
「わかった。大丈夫だ。だから止めてくれ…」
お世辞もひったくれもないが私のスタイルは“少々”よろしくない。
そんなスタイルを数値化したものを幾ら人通りが無いからって発言されるのは避けたい。
「そうか、ならさっさと行くぞ?宇宙は待ってくれないからな。」
そう言うと有無も言わさず私の手を取り歩き出す。
その瞬間私の顔は火照るような感覚が走り唯俯いたまま歩みを任す。
その言葉も理解しないまま。

1時間程度歩いただろうか。
その頃にはあの火照りも無くなりただ街灯もない暗闇の道を歩き続ける。
吐く息は冷たく白い。
その白さは暗闇と相まって一層白さを際立てさせる。
昼の青空を彩る白い雲のように…

「ここだ。」
その一言と共に歩みを止める岱智。
そこには唯何も無い草原があるのみ。
(あぁ、まだこのような場所が残っていたのだな)
そう思う程度のモノ。
たまらず私は問いかける。
「ここに何しに来たって言うの?」
その問いに岱智は大げさなアクションを付け加えながら答える。
「せっかちだな。空を見上げてみな。」
言われるがままに私は空を見上げる。
そこには…
「うわぁ〜…」
感嘆しかでない。
まるで空を埋め尽くすかのような星の数。
いつも見る空と全く違う空がそこには広がっていた。
「あれとあれとあれを繋いでいって更に…」
岱智が何かをしゃべっいるが私の耳には入ってはこない。
この空に対して私の心がいっぱいとなっているのだ。
「それでオリオン座。この時期の一番わかり易い正座の一つだな。っで次に…」
講釈を続ける岱智だがそれを無視し私は呟く。
「なんで今日はこんなに星が綺麗なんだろう…」
そんな呟きを聞き取ったのか岱智は少しトーンを変えて話し始める。
「それは、暗順応。暗闇に目を慣らしていれば自ずと適応し光を最大限取り込もうとする為に星の明かりを捕らえやすい。更にこの場所は辺りの住宅街や歓楽街から離れていて星や月明かり以外に光が少なくもれなく今日は新月で月明かりさえ消えたわけだ。これほど好条件な場所は結構少ないんだぞ?」
長い説明に私の耳は半ば筒抜けであったがたぶん聞いても聞いてなくてもこの星空の美しさは変わらないのだから別にいいのだろう。
だけど私は疑問に思う節が出てきた。
「この星空とミステリーになんの関係が?」
星を見るだけなら天文学部があったはずなのでそっちに行けばいいはずなのにオカ研なぞに入っている事に当然の疑問を投げかける。
「俺はUFOや宇宙人を追っているんだ。」
「それで?星座に詳しい必要は…」
「ある。UFOがいつも動いているとは限らないのだからいつもの星空に一つ明かりが増えていたらそいつがUFOかもしれない。だけど夜空を知らなければそれが本来ある星なのかない明かりなのかはわからない。だから星の情報は必要なんだ…」
「へぇ〜…」
正直に関心する。
自分の突き詰めたい事があるとそれと違うモノまで突き詰めないといけない事もあるのかという事を知らされた事とそれを実践している人間が岱智である事に…
それを知った瞬間。
「もっと星の事教えてくれない?」
自然とその言葉が生まれていた。
その言葉に岱智は綻んだような笑顔で
「もちろん」
そう答えてくれた。

「っと、これがオリオン座の神話の顛末だな。」
「へぇ〜…」
さっきからこんな返事しかしていない感じもするがしょうがない。
関心はあるが心得はないため感心するしかないのだから。
あれから数時間神話や星座を教えてもらっていた。
初期情報がゼロの為に苦笑いされたものだが岱智は嫌な顔せずに教えてくれた。
二人星空を見上げながら。
「ふぅ…ようやく良い顔になり始めたな。」
「へっ?」
突然のおかしな発言に私は素っ頓狂な言葉で返事をする。
「校内うろついているお前は顔暗かったからな。少しは気分転換になったか?」
「うっ…うん…」
人に心配されるほどだったのか…という気持ちと同時にたぶん誰かに気づいてほしかったのだろうという自分の気持ちに改めて向かい合えたような気がした。
「さて、そろそろ時間だな。最後に良いものを見せてやろう。」
そう言って端末を確認してカウントダウンを始める岱智。
「5…4…3…2…1…」
岱智の言葉が「0」を紡いだ時に星空に流星が降り注いだ。
「うわぁ〜…」
正直感嘆しかでない。
いつもより星を見る準備をしていた為なのだろう。
流れ星が本当にふり注いでみえた。
「ふたご座流星群。3大流星群の一つだ。最近は端末で流れ始める時間をカウントダウン出来るほどにまでになったんだよ。」
「っで、でもこれは多すぎない?映像かなにかじゃ」
あまりにも多い流れ星に非現実の感覚を覚える私。
「今日は極大日…つまりは一番見える日なんだよ。それにふたご座流星群は例年の数では一番多く流れるといっても過言じゃないんだよ。」
とそのような事を言っていた様な気がするが私の耳には届いていなかった。

流星群も終わりしばらく余韻に浸っていた所に岱智の声がかかる。
「少しは剣道の事忘れれたっすか?」
「うん…」
「それはよかったっす。」
彼は私の為にここに連れてきてくれた事に感謝した。
たぶん今日だって自分の活動をしたかっただろうにそれを取りやめてくれてまでなのだから余分に。
「にしてもなんで今日誘ったの?部室棟なら半月近くうろついていたのに…」
「はぁ〜…分からないっすか…今見たじゃないっすか。極大日に合わせたんすよ。この時期であれば見えるっすけど一番いい日がいいじゃないっすか。気分転換には。」
「へっ…へぇ〜…」
そのまま沈黙が流れる。
すると突然岱智が口を開く。
「限りある時間の中で何をしてきたか。
それが人生をどれだけ充実させれたかの指標にできるだろう。
様々な経験を持つのも良い。
1つの事を突き詰め続けるのも良い。
唯何もしないという事だけは人生において唯一の無駄な時間なのだ。」
「何?それ。」
「俺の師匠とも言えるヒトの言葉っす。そして俺の信条っすね。」
「いい言葉ね。」
「そう言ってくれると嬉しいっす…っともういい時間なんで帰りますか。」
「そんな時間?」
その言葉に岱智は時計を見ろというジェスチャーをするので確認する。
午前2時。
流石にこれ以上居るのはまずいかもしれない。

帰り道。
岱智と喋りながら私は家路に着く。
楽しい時間というのはあっと言う間に過ぎるもので既に私の家の前についていた。
「っと、着いちゃったけど…私オカ研にはいったほうがいいのかな…」
今なら入っても良い気がするが残念ながら今の動機だと天文学部の方が相応しい。
それにまだ入っていい気がする動機もあるけどそれはあまりにも不純のような気もするし。
「いや、気が向いたら手伝いをしてくれるだけでもいいっすよ。何せUFO追っているのは俺だけっすし一人夜出歩くのはいろんな意味で寒いっすから。」
「考えておく…でも今は剣道をやってみるからそれで気が向いたら…」
「了解っす。ではまた気が向いたら。」
そう言って今日は別れた。

それからと言うもの私は剣道を続けながら岱智の手伝いをしていた。
あの草原以外にも軽い山や越県するほどの遠出もした。
外泊…文字通り外で寝袋だけどしたこともあった。
半月程度の付き合いだけど私の心は限りなく揺れ動いていた。
そして、今日。
私はこの場所に来て夜空を見上げている。

「おおぐま…オリオン…カシオペア…」
夜空に輝く星々を繋ぎながら神話の世界の登場人物達を作り上げていく。
一つ吐く息は白くまるで一筋の煙のように宙にあがり霧散していく。
その煙は私の心の中の思いを形にしたかのように…
時刻は2時。
既にここに来て数時間。
私がここに居る事は誰にも伝えていない。
私の独りよがりな賭け。
もし、彼がここに来たならば…

私が諦めかけて帰ろうとした瞬間の出来事だった。
「そんな所で寝たら本気で死ぬっすよ?」
彼が現れた。
「どうして、ここに来たのよ。UFO探すのならここよりいい所あるでしょ?」
皮肉たっぷりな感じで私は言う。
だけど私の視線は彼ではなくあくまでも星空を。
「こんな良い日に星を見ない方が勿体無いっす。それに、なんとなくここにいる感じがしたからっすからね。」
そういう彼の足元は泥塗れだった。
ここまでの道乗りにそこまで汚れる道はない。
でも私達が今日までに行った場所なら…
そう思った瞬間星空が途端に滲んだ。
「となりいいっすか?」
「勝手にすればいいでしょ?」

彼が隣に来てから数十分経っただろうか。
私はポツリと喋り始めることとした。
否、勝手に私の口が紡ぎだしていた。
「私、剣道やめる事にした。」
「そうか…」
私の真剣な空気に彼はあの日星を説明してくれた時と同じトーンと口調に変えていた。
「私はこのまま剣道で生きていくんだと思っていた。それぐらいしか私は道がなかったし、見えてなかった…知らなかったんだ。」
段々と私の口調は早く饒舌となっていく。
「だけど、岱智が教えてくれた。人生は結局詰め込んだモノ勝ちなんだって。ただ、機械的にやるんじゃなくて自分のやりたいという事を突き詰める事を。それが一つのモノでなくていい事を。私は、剣道をやっているようでやっていなかったんだ。私の中で無駄な時間にしてたんだ。」
段々と私の口調がかすれ始める。
「だけど…私は…」
とうとう言葉が出なくなってしまった。
その中岱智は口を挟む。
「5…4…3…2…1…」
とカウントダウンを…
そしてあの時と同じ要に「0」の掛け声と共に星が流れ始める。
「えっ?」
「ふぅ…知らなかった?今日はしぶんぎ座流星群の極大日…の一日前。残念ながら月明かりがきついどころか満月だけどなんとか見えたな。」
「…」
私はその星を見た途端に再び言葉を紡ぎ出す事ができた。
「私、オカ研入るよ。岱智のサポートしたい。」
「そうか…ありがとう。」
「だからさ…」
私はそこまで言うと今まで星空から視線を岱智へと移した…
流星が流れ満月の夜空の中に私と彼の距離が始めてゼロになった。


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