一つの事件が終わった。
それは世界から見たら小さな事件。
氷山の一角でしかなかったけれどそれでも俺達にとっては大きな出来事だった。
そんな事件がやっと終わった。
長い2日間だった…

窓先の陽だまり〜すべての終焉新たな邂逅〜

俺はあの後美波を背負いながら七国病院に駆け込んだ。
救急車を呼べばいいだろうがと思われるだろうが俺達の捜査方法は十分法に触れるものなので警察が絡めばめんどくさいどころか臭い飯を食う羽目になる。
そんな中、警察も恐れる本間理留氏の病院に行けば穏便に済ませれるという訳だ。
そんなこんなで俺は今美波の病室にいる。
まぁ、その病室には一葉も入院しているわけだが…
理由は遡れば2時間ほど前。
丁度美波の治療が終わって病室に運ばれたあたりから始まる。

──2時間前
私立七国病院。
俺は美波を理留に任せて一人手術室の前のベンチで座りながら項垂れていた。
(俺の所為で…)
そんなどうしようもない後悔を繰り返しながら唯待つばかりの時間を過ごしていた。
そんな中手術中のランプが消え扉が開き理留が出てくる。
すれ違いざまに「ちょっと来い」と一言俺に言うとそのまま診察室へと歩いて行った。
俺はその言葉に従い、重い腰を上げ理留の後を追う。
もちろん美波の状態が気にならないわけではないが、どうせ付いて行けばわかるだろうし、後からいくらでも知ることはできるだろうから。
追った俺の背中で再び手術中のランプが点いた事に気付かないまま。

診察室に入ると腰かけていた理留はめんどくさそうにカルテを机に置き、俺の方を見てこう言った。
「何があったの?」
そう一言。
俺はいままでの事を洗いざらい話した。
あの後アパートへ行ったら炎上していたこと。
道端に倒れていた美波を運んできたことを。
理留は一通り俺の話を聞くとどうも納得いかないような顔をしてから言葉を紡いだ。
「美波ちゃんの怪我は火傷レベル2が背中全体に。だけどそれ以外に火傷の跡は見つからない。そのほかにも怪我らしい怪我は縛られたか何かしてただろう縄の跡だけ。君の話なら全焼してる家屋にいて背中だけって妙じゃないか?背中だけ焼かれたといっても過言でもないんだよ。」
そう言われて少し疑問に思う。
「まぁ、私は探偵でも警察でもない医者だから患者が治れば十分だ…だが、あの火傷の跡は残るだろうよ…まぁ、今腕のいい助手が治療痕等をどうにかしてくれているから大丈夫だろうけど。」
そう言い、カルテをしまった後もう一つカルテを取り出して話を続ける。
「まぁ、美波ちゃんの怪我はお前の所為だから十分責任を取ってもらうという事として、ここに来てもらったのはもう一人の患者についてね。」
「もう一人の患者?」
俺は当然のように聞き返す。
もちろん当然だ。
美波以外の患者なんて知ったことではないし、俺に答えられる事もないだろう。
そんな困惑した心情を読み取ってか、とりあえずのような形で理留は言葉を紡ぎ始めた。
「患者名は新山一葉。大きな精神的ショックの為か、道端に倒れており、心肺停止も見られた。現在は回復しているが大事を見て入院してもらってる。一応カウンセリングもできるが、苦手分野でね…少し下調べをしときたい。彼女についての情報はあるかい?」
そう言われて先ほど知った一葉の男性恐怖症である事を俺は告げる。
「ふむ…お前が話しかけたからトラウマスイッチでも入ったのか?」
「そこまで俺の所為にしないでください。第一知らなかったんですから…」
「それもそうだが、今回の発端はお前でもあるだろ?」
「まぁ、そうですけど…」
何か納得いかない感じであったが、ここで駄々をこねても意味がないので大人しく引き下がる事にする。
「とりあえず、お前もこのままじゃ嫌だろ?だが、私は生憎カウンセリングは苦手分野。原因の根本が解らない今、精々軽減させてやるか薬で強制的に感情をコントロールさせるぐらいしかできない。」
何故かいきなり身振り手振り大袈裟なアクションを付けながら台詞がかった文句を口にする理留に俺は
「この治療手伝えということでしょ?特に何があったかを聞き出すとか…」
そう答える。
その言葉は正解だったようで理留は何故かご機嫌な表情をし
「ご明察。では行くぞ?」 と一言言い、椅子から立ち診察室の扉を開けていた。

俺と理留が病室に入ると一葉はまだ意識は戻ってはおらず寝たままであったが、美波の方はぼーっとした感じで窓の外を見ていた。
「よっ、大丈夫かい?」
理留はいつもの調子で美波を尋ねるとふと我を取り戻したかのようにこちらを見て驚いた表情をしたかと思うとそのまま泣き顔へと移りそのまま俺に抱きつき、声を上げていた。
この状態、美波の心情を考えると無碍にもできないのでそのままにしておくこととした。
(とりあえず、無事そうで安心した。)
その思いも何故か声に出せずに美波が泣きやむのをただ待っていた。

「ふむ…あの子もすごいな。あの火傷をここまでとは…」
理留が美波を診察している間俺は同室であった、今だ目を覚まさずにいる一葉の元にいた。
診察中火傷の位置が位置なので上を脱ぐ形になるのだが、別に今更隠すような仲でもないが本人と医者の要望によりこのような形となっている。
なのだが…
「ちょっとこっち来て見てみろ。あの傷が此処までになるとは流石に私でも目を疑うよ。」
その言葉に少し興味が湧きカーテンで仕切られた美波の病室に顔を出した瞬間。
「死に晒せ?」
笑顔で美波特有の何がくるか判らない構えが待ち構えていた。

「しばらくそこで頭冷やすように!!」
しこたま鮮やかに俺をボコボコにした後美波はそう言い放つとベットに戻りピシャリとカーテンで再び仕切る。
俺が殴られたであろう頬を撫でながら立ち上がろうとしている最中に笑い声が聞こえた。
「ふぅ…一葉、目を覚ましたのか。しかし笑うのは酷いと思うのだが…」
尚も笑い続ける一葉に少し苛立ちながらも今の状態なら多少は聞き出せるだろうと話を切り出すことにした。

「私が、“こう”なった理由ね…」
言い難い事なのは当たり前だが、普通の言い難いという感じとは少し違う感じがしたのは俺の気のせいだろうか。
「裕也に迷惑をかけるかもしれないけどいい?聞くと多分今までの常識で生きれないと思う。」
そんな問いに俺はこの時できる最高の憎たらしいだろう笑顔を浮かべ
「生業上真っ当な道は進んでないから大丈夫だ。むしろ常識をひっくり返すぐらいの知識が必要な世界なんだからな。」
と言い放ってやった。
その瞬間一葉の顔が少しだけ綻んだような気もした。
俺の一言が終わると同時に仕切られていたカーテンが突如開いた。
「その話、私も聞く権利あるよね?」
笑顔を携えていたがその瞳には何か覚悟のようなモノが宿っていたようにも見えた。
「この部屋は防音はしっかりしてる。どんだけ大声出そうがキミの秘密は一切他には漏れないよ。」
そう言いつつ自分はきっちり聞く気満々である。
「その前に一ついい?」
俺はまだ何かあるのだろうかと身構えて一葉の言葉を待つ。
「そこの人だれ?」
一葉が指さす先には、季節はずれのロングコートを身に纏った青年が立ったていた。

啓次が病室にいた理由はいたってシンプルであった。
唯、被害者である美波に聴取を取りに来たらしいがカーテンが閉まっているため入りづらく立ち尽くしていただけ。
最初からいたらしいが俺は半分気が動転していたため気付けずにいたのだけど。
俺は知り合いであり、信用の置ける奴という事を説明し同席を許してもらった。

「私はとある事件に巻き込まれた。」
「事件?」
つい問いかけて話の腰を折ってしまったが一葉は気にせず進めていく。
「最近の事件に新山家惨殺事件ってのがあったと思うの。」
一同は自分の知識の引き出しからその事件の事を引き出す。
「その事件では4人家族の内の3人が死亡。まぁ、詳細としては両親と姉ね。」
そこまで珍しい事件でもないので記事を読み流してた為一葉の詳細を詳しく聞くことにした。
内容としてはこうだった。
事件当日──
新山家次女・・・つまり一葉は友人宅に遊びに出かけていた所、新山家に何者かが侵入。
休日であったその日、家には一葉を除く全員がいたのだが、その何者かが、一家を殺害、逃亡を図った。
遺体は個人の判別が不能な程破壊されていた。
だが、幸いにも世の中科学も発達しておりDNA鑑定等にて新山家の・・・一葉の両親と姉である事が判明した。
犯人はいまだ逃亡中であり、捜査はまだ続いている。──
との事だった。
「ふむ…新山一家殺害事件ね…だが、まだ男性恐怖症の部分がわからんな。犯人を見たなら言ってくれ。警察である俺が責任もって捕まえてやる。」
そう啓次は言うと煙草に火を点ける。
俺もそこに引っ掛かっている。
犯人を見て男性であったから…という理由でも十分考えてもいいが、それにしても一葉は友人宅にいたはずなので見ていないはずである。
そんな簡単な考察に更けている中、理留が禁煙である事を告げて啓次から煙草をひったくっていた。
何度もここに来ているのだからわかるだろうにとツッコミたかったが今はそんなことをしている場合ではない。
今は、何が一葉に起きていたのかだ。
一葉は一通り騒ぎが収まるのを見計らって再び口を開く。
「…事件はここで終わりじゃなかった。」
一同は少し頭を傾げながら一葉の言葉の続きを待った。
「私は、身元確認の為に死体をみたの。…両親のモノは解りにくかったけど本人だとわかった。だけどお姉ちゃんのモノだけはちがった。よく物語とかであるでしょ?ほくろの位置とか数が違うってやつ。私、よくお姉ちゃんとお風呂一緒に入ってたからたまたま覚えてたの。だけど死体にはあるはずの場所になかった。」
この場にいる人間は情報通に探偵に警察。
俺達は幼稚園児でもわかりそうな事件の真相に気づきはじめた。
だが、そうでない事を祈ってしまうのはヒトとしての性なのか。
「とりあえず、鑑定が本人として認められたから保険金も降りたしそのお金でお葬式も家のローンも払いきった。それ以上に私が一人で成人できるまでぐらいなら不自由ない程のお金がね。でも私は納得いかなかった。お姉ちゃんはどこに行ったのかが全く分からない。なのに警察は死んだ事にした。それが許せなかった。」
啓次は少し目をそらしながらも話を聞く姿勢は崩していなかった。
(あいつにも思う事があるのだろう。)
そう解釈し、一葉の話の続きを待つ。
「お葬式の後、いろんな親戚が私を引き取ると声をかけてくれた。だけど、私はこの家でお姉ちゃんを待っていたかったから全て断ってきた。…だけどひと組の夫婦、私の叔父に当たるヤツが私を強制的に引き取る形になった。いまの制度だと、15歳以下の児童は両親若しくはそれらに準ずるものと同居しない場合は施設にて保護するという法律があるから私から一番等身の近い叔父が引き取り人として勝手に役所に提出してた。」
ここまでくると濃厚に思い描いていた結末に近づく。
一同は固唾を飲んで話の続きを待つ。
だが、唯一人美波だけは今にも泣きそうな表情をしていた。
「別に準ずるものは結婚している夫婦で、一定の収入があればだれでもいいはずなのに勝手にね…それで私は半ば強制的に叔父の家に連れてかれた。…脂ぎったあの手は一生忘れないでしょうね。あの胸糞悪い表情も今でも夢に見るわ。」
一葉の口調が荒れ始める。
ここまでこれば事情は8割は分かったも同然であり、止めても良かったが、誰も止めようとはしなかった。
多分、実行に移しても誰も止める事なんてできなかっただろうが。
「私は連れられ家に入ってとある部屋に連れてかれたわ。その部屋に入った瞬間異様な匂いに吐いてしまったけど。アレの匂いの正体は後々嫌ってなるほど思い知らされたんだけどね。…その部屋には一人の女性が居たわ。まぁ、ここまで言えば分るだろうけど、お姉ちゃんだった。私はその部屋でお姉ちゃんと私の二人で監禁されていた。とは言っても1日の半分は叔父もいたけど。まぁ、いた理由は何となくわかってるでしょ?」
一葉はどこか儚げな笑顔で俺達に問いた。
たが、誰一人言葉を発する事はできなかった。
予想通りすぎる最悪の展開に思考までもストップしてしまっていたのだろう。
「とにかく毎日がレイプの嵐。お姉ちゃんが庇ってくれていたから私の被害は少ないモノだったけどお姉ちゃんの精神も身体もズタボロにされていったわ…最後は息するだけの人形みたいになってた…私は叔父に問いたわ。何故お姉ちゃんがいるのか、どうしてこんな事するのかって。そしたらどう答えたと思う?性欲発散の為だって。前の玩具が壊れたから身近に前から狙っていた候補がいたから貰ってきただけだって…正直殺してやりたかったわよ。だけど、ヤツのチカラは強かった。等々私の番というところでとっくに精神なんか尽きちゃってるはずのお姉ちゃんが最後に私を守ってくれたの。その隙に私は逃げ出したわ。最後まで、お姉ちゃんに守られながらね…」
俺達は既に一葉を直視出来ずにいた。
彼女がここまで悲惨な状況下にいたとはと…
「私は、とりあえず家に帰ったわ。だけどヤツは追ってこなかった。多分大事にしたくなかったのでしょうね。…これでおしまい。私がオトコが嫌いな理由ね。」
全てを語りつくしたかのように一葉は広言し、口を閉じた。
その表情は語り始めから変わらずの笑顔だった。
「なぁ、これの何処が迷惑をかけて聞くと多分今までの常識で生きれない内容なんだ?この手の事件なんてゴロゴロしている。」
啓次はそう口を開いた。
危うく俺も聞き逃すとこだった。
この手の事件は身内や知り合いがあってなくても今のご時世ゴロゴロしている内容だ。
決して天地がひっくりかえるような事件じゃないのは一葉自身も知っているはず。
「それに叔父が犯人って分かっているなら俺が捕まえてやる。それが事実なら今の法律なら死刑だろう。それなら少しは君も気が晴れるんじゃないか?」
啓次が刑事らしい発言をするが一葉の表情は変わる事はなかった。
「…今の上代市の頂点はどこだっけ?」
一葉がいきなりよくわからない質問をしてくる。
だが、職業柄か俺は思考に更けるが颯爽と啓次が応答する。
「現在は市政の役所、技術の上代学園に法治の警察・上代裁判所だ。これらは国に対しても発言できる。実質のもう一つの国って言われている市だからな。」
「…あなたは警察の端暮れでしょ?…なら逮捕なんてできないよ。たぶんできるのは本人か他の頂点のトップだけでしょうね。」
他の…これが決定打だった。
啓次は悔しそうに壁を叩き部屋を後にする。
それを見送ってから一葉はポツリと言葉を零す。
「ヤツは警察のトップ。警視総監と肩を並べる上代警察所所長。児童娼館賛成派トップになると思う。もちろん公表・公言はしてないけどね…」

啓次が出て行き、理留も診察終了として部屋を出ていくと俺と美波と一葉の3人が残された。
外を見ると陽も落ちかけ鮮やかに空が染まり始めていた。
「…なぁ、まだお前は叔父の戸籍にはいってるのか?」
俺は今の空気を打開しようと口を開く。
美波は相変わらずの表情であったし、一葉も不自然な笑顔のままではあった。
「うん、引き取り手はいなしし、真実話したって誰も本気にとりあってくれなかった。」
それを聞き俺は決心した。
「…叔父の戸籍から外れたら少しはお前の気持ちは楽になるか?」
「へっ?」
一葉は俺の言葉を聞いた瞬間に今までの不自然な笑顔を崩して驚いた表情に変わる。
「そりゃ…ヤツとの関係が切れるなら…でもとりあってくれる人なんていないし、お姉ちゃんの事も心配だし…」
俺はわざとらしく一つ大きな溜息を吐き言葉を紡ぐ。
「俺がいるじゃないか。お前を構ってやるぐらいは余裕はあるし、お前の姉ちゃんを助け出す手伝いだってしてやれる。」
「で…でも…」
一葉は言い淀む。
その気持ちもわからないではない。
何せ俺は独身なのだ。
一葉を迎え入れる事は法が許さない。
だが、俺は解決法を知っている。
「だから…」
俺はそこまでいい、美波の方は振り返る。
「否、そうじゃないな…美波、前からお前の事が好きだった。俺と結婚してくれないか?」
なんとも取ってつけた理由みたいな俺の告白に美波は、いつもの笑顔を取り戻し答える。
「嫌なんて言っても無理やりするんでしょ?書類関係でっちあげてでも」
「まぁな。」
そう答えると一つ溜息を吐くと美波は構え…
「一発殴らせてもらえたらいいですよ?」
そう言い放つと間髪入れず問答無用で
「もう少し、ちゃんと場所とか空気とか選んで告白しろよー!!」
渾身の一撃が俺の腹を打ち抜いていた。

陽も完全に傾き赤い日差しが窓から差し込み陽だまりを作り出していた。
俺たちは晴れてここで家族となった。
だけど、それは一つの事件が終わって、新たな事件の始まりでしかなかった。


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