これは今からほんの少し前の俺の記憶。
課題やら部活やらで毎日を忙殺されて、それでも充実した毎日を過ごしていた日々。
それからなんの変哲もなく仕事をして心が擦り切れそうだった日々。
愛して愛されて、そして冷めていった恋。
今となれば全て俺を象るに必要不可欠な出来事。
そんな出来事の一部始終たち。

窓先の陽だまり〜とある青年の記憶〜

俺の目の前には多くの教材と参考書が積み上げられていた。
そして俺の手元にはレポート用紙が置かれていて俺自身はペンを握り一人思考に更けていた。
無論、この山は課題でありレポート用紙に纏めなければならない。
しかしながら俺の手元の用紙は真白であり、参考書を開いたってまったく理解はできない。
それでもなんとかしないといけないと思考を巡らすも答えはでず、その代りにもう一つ纏めなければならない課題の方へと思考がシフトしていく。
(今月中か・・・)
俺は現実から目を背けるかのように部屋の隅の本棚に目をやる。
そこにはこの部屋の利用人の名前が書かれたプレートと共に本が並んでいる。
プレートの掛った本棚は私物として使え、内容に対しては原則他人は閲覧不可能とされている。
そう、ここは俺の部屋でなく学校内の一室。
国立上代学園中付教授の研究室である。
上代学園というのは最近できた国立学校であり、幼稚園から大学院まで完備されており国内最高峰のレベルを誇る難関校なのだが、小中学校は国立なので義務教育としては入れるし、高校への進学も楽になる。
だが、高校からはレベルは急上昇し卒業できるのは半分、大学に至っては3分の1とも言われており「夏休みが終わるとクラスメイトの半分は知らない顔になっている。」とレベルの高さを風刺されたりする。
でもあながち間違ってもいない。
なぜなら、夏休みまでに半数はリタイヤし、夏休み中に中途入学の試験が行われてるのだから。
だから知らない顔になるというのは本人が変わるのではなく、本当に本人はいなくなって違う人物になるからだ。
そんな学校に通う俺は中学時代に学園に転校し、そうそうととある部活に入部した。
その部活というのは園芸部であるのだが、俺はもとから植物に対して興味があり前の学校でも園芸部に所属していた。
こちらに転校が決まった時にはとても楽しみになったものだ。
なぜならこの学校は部活動にも協力的であり、同好会も好きに開け部室だって与えられる。
予算にも糸目を付けず、活動を認められれば数百万という金が動いたりするともっぱらの噂であり、実際本当であった。
そんな学校に転校して、好きな植物携われるという事を知った俺は狂喜乱舞物だったが現実は甘くなかった。
確かに噂は本当だった。
だけど、活動が認められればの話である。
この学校の園芸部は園芸として活動していなかった。
いってしまえば唯地面に穴を掘ってるだけ。
フィールドワークとして活動しており、どちらかと言えば発掘であった。
詳しく聞けば顧問が変わった瞬間こんな感じになり、昔は校内の花壇どころか、土地を貸してもらい本格的に農業までしていたそうなのだ。
そんな中、俺は高等部に農業科が存在する事を知り、其処を志願する事にした。
なにせここは国内最高のレベルを誇る学校。
追求するにはこれ以上の施設はない。
だが、それを顧問の先生・・・中付明希が許さなかった。
彼女の専攻は考古学であり、学園では歴史、特に日本史を教えている。
その明希教授が部活動の園芸部の元の活動に戻す代わりにこちらに来いとの話だった。
高校で専門科を選ぶと大学進学や就職時に他種に就くのは厳しいので避けたいところであるが、明希教授から「選ばなければ容赦なく成績を下げて高校にすら行かせなくする。」と脅しを掛けられたために泣く泣く俺はこの科を選んだ。
歴史科・特殊過去遺物研究チームに。
つまりの所オーパーツと呼ばれるモノの研究、解明をするのがこのチームである。
やっとのことで閑話休題だが、つまりはこの部屋は部室兼研究室兼教授の部屋である。
そして俺が見た本棚はもちろん自分のモノ。
その先には植物関係の書籍が並んでいる。
将来植物関係の仕事に就くために勉強した跡でもある。
そして、その努力が認められてか学園側から就職の斡旋があった。
バイオ関係の企業らしいが、学園からの斡旋ということもありかなりの知識が必要となっていた。
学園側と企業側から幾度も試験と課題が出されたがなんとか乗り越え、現在最後の課題が出されている状態だった。
今月までの締切でレポートを纏めること。
それが最後の課題であり、その内容はもう頭の中で纏まっていた。
だが、俺はそれをレポートに纏めてはいない。
たしかに今やってしまえばいいのだが、今目の前にある課題を終わらせなければ就職どころか卒業だって怪しくなる。
普段授業は聞いているが興味のない事と言う事で理解はほとんどできず、なんとか留年をま逃れているという程度な俺は怠惰な生活が祟りこんな状況であったりする。
俺はとりあえず、思考だけは働かせようと再び参考書を開き課題に立ち向かう。
だが、理解不能な単語の羅列にいつのまにか思考しているのかしてないのか、他の事をしているのかしてないのか起きているのか寝ているのかもわからなくなり、意識は混沌と化していた。

「・・・きろ・・・っかげんおきなさ・・・」
どこからか声がする。
しかし辛うじて聞き取れる自分の名前に対して無視をつづけ、ペンをひたすら動かし・・・
「いい加減に起きなさい!!この大馬鹿野郎!!」
「うぉっ!!」
耳元で大声で叫ばれ、なお且つ膝蹴りが飛んできた俺は咄嗟に身を起こす。
身を起こす?
自分の中で不可解な行動に「俺・・・何してた?」と大声の主に尋ねる。
「思いっきり寝てたよ?課題枕にしてね・・・」
と一言言うと「はぁ〜・・・」と溜息を吐かれる。
この大声の主は俺の幼馴染である。
小さい頃からよく一緒に遊び、結局高校、しかも学科どころかコースまで一緒になってしまうという腐れ縁振りだ。
その短めの纏めたショートヘアーと明朗活発な所は男女ともに好かれる要因なのだが、幾分所々どころか全てにおいて成長が足りない。
ただ頭だけは辛うじて高校生のようで、成績も真ん中という辺りをキープしてここまできている。
しかし・・・俺はあの思考中に寝ていたようだ。
ここまで来ると精神に異常が来ているのかもしれない。
今日で徹夜3日目だ。

「っでどうするの?教授は課題できるまでこの部屋に籠るなら出席扱いにはしてくれるらしいけど。」
なんとも魅力的な提案に俺はしばし考えて答えた。
「今日は午前中だけ出るとする。午後の授業はどっちだっけ?」
そう質問で投げ返す。
中付教授は夫婦で教師をしており、先の明希教授は出席等においては厳しく夫である燈司教授はその辺はおおらかなのだが活発的すぎて授業を放り出していそいそとフィールドワークに勤しんだりする。
つまりは午後が燈司教授であれば悠々とサボれる訳である。
「ん・・・燈司教授の方だね。と言う事はサボるの?」
「まぁ、そう言う事だ。」

午前の授業はあっと言う間に過ぎ去っていった。
特に知識として残ってないのは今後のテストや課題に致命的だろうと自嘲し昼休み屋上へと上がり昼食を取っていた。
貯水タンクの上は俺の指定席のようなもので、屋上に上がるという奇特な人間はそうそういないのでよくここで俺はサボっていた。
昼食を取ったところで今日までの徹夜もたたり睡魔が襲いあっという間に眠りに落ちていった。

「・・・なんでしょ?・・・なきゃ・・・」
何か話声がする。
そう思い俺は目を覚ました。
サボりということもあり、一応見つかったら不味いので浅い眠りだったのがその会話を聞きとった原因だろう。
俺は声のする方向に顔を覗かせた。
「全く、先生がアメリカに行くっていうなら追いかけたらどう?どうせ問題になっての島流しでしょ?なら追いかける義務と権利があるはずよ。」
ショートカットの妙に髪が跳ねている女性・・・制服を見るに上級生である・・・が同級生だろう長髪の女性に何かを話している。
話の内容はここの教師が問題を起こし、なんらかの関係がある長髪の女性がどうするかを相談したという所だろう。
ここは基本誰も来ない。
秘密の相談には持ってこいの場所でもある。
盗み聞きとは良い趣味とは言えないが、聞こえてしまったものは仕方がないしここで俺が出ていくのも筋違いだろうと俺は空を仰ぎながらそう考える。
空は夕焼け、どうやら放課後のようだった。

話が終わったようで2人の上級生は屋上から出ていった。
話の内容を纏めると教師と生徒の恋愛で、子供でできてしまい教師は職を失うほどまではいかないがアメリカの辺境の地に飛ばされるそうでそれを追うか追わないかだそうだ。
特に興味はなかったのだが、その女性の顔を見た時になぜか忘れなくなっていた。

それから数か月がたった。
無事に課題も提出でき、更に1年後俺は卒業と同時に就職をした。
この企業も18と言う高卒が入ってくるのが前代未聞だったらしく、冷たい風もあったが基本良くしてくれていた。
あの後・・・屋上の出来事があって数日後俺は幼馴染のあいつと付き合い始めていた。
あれから何故か心に空白ができたような気がして、その時いつもそばにいてくれたあいつの顔が横切り告白していた。

そんな何も変哲のない高校生活を送って数年がたった。
20の誕生日の日に、いつもの足取りで会社から帰る為に列車を待つためホームに立っていた。
最近雑務ばかり押し付けられ、自分のやりたかった理想と現実の差に押し潰されそうになりながらも一日一日を過ごしていた。
残業も多く、今日だってホームに立つ人間は俺と一組の母と赤ん坊。
列車を待つためにこのホームに立つのはたった2人と1人だった。

あいつとは付き合うという形は恋人という形から複雑に変わり、いつのまにか同居人というお互いの立場になっていた。
別れたという形になった訳ではない。
だがお互いに好きな人ができていた。
お互い気づいているが暗黙の状態。
愛し合う事もあるが、お互い二つの顔をちゃんと持っていた。
むしろ顔ではなく心であろうか。
お互い二人をちゃんと愛していたと思う。
だが、それも終焉を迎える日が来た。

俺はふと親子の方に何か突っかかりを感じ様子を見てみる。
特に何も変哲はないのだが、何かおかしな蟠りのようなモノを感じていた。
(どこかであったのだろうか。)
何故かそう思うが思い当たる節は無い。
赤ん坊を抱えた女性ということから高校の時のあの上級生を思い出したが考えてみれば今はアメリカだろうし、帰ってきたとしても赤ん坊ということとこんな夜中にいるという事がどうも結び付かない。
他人のそら似・・・・というよりもうあの女性の顔なんて記憶にほとんどないのだから本人だとしても見分けはつかない。
俺は(赤の他人だろう。)と片付け再び列車を待つ。
列車が来るというアナウンスが流れ同時に赤ん坊が泣き声を上げた。

その声に俺は女性の方に顔を向けた。
女性の姿が確認できた瞬間俺は走り出していた。
彼女に向って・・・

彼女はレール上に飛び降りようとしていた。
一か八かの賭けではあったが、俺はホームを駆けて彼女を引き寄せた。
彼女の長髪がレールの上の宙を薙ぎ難を逃れた。

「・・・なんで助けたの・・・」
彼女の言葉に俺は平然と答える。
「あんたが死ぬのは別にいい。だが、子供を巻き添えにするな。まだその子には未来も希望もある。」
「私の子供なのっ!!べつに私の勝手でしょ!?私にはこの子しかいないの!!・・・一人で死にたくないの・・・」
そう彼女は言うと泣き崩れた。
俺はその言葉を聞くと一つ溜息を吐き言葉を紡いだ。
「その子はまだ自分で未来を決めれない。そんな状態でその子の未来を終わらせるなよ。せめてその子が立派に一人で生きていけるまでお前も頑張れ。お前はこの子を殺す権利はない。その代りにこの子を育てる義務がある。・・・もしまた死にたくなったら・・・そうだな、ここに連絡しろ相談ぐらいは乗ってやる。だから死ぬとか言うな。」
そう言って俺はメモ帳の適当なページに自分のアドレスを書き彼女に握らした。
そのメモ帳を見て彼女は俯いたまま駅を去っていった。

俺は一人ホームで列車を待つ。
先の列車を逃したので次は終電。
「・・・明日も仕事だというのに。」
そう愚痴を零しながら一人寒空の下白い息を吐いていた。
そんな中、端末が着信を知らせメッセージを読み上げる。
知らないアドレスからただ一言。
「ありがとう」と・・・

あれから何事もなかったかの様に日々は過ぎていった。
変わったことと言えばあの日から数日後に会社を辞め、あいつとのアパートを出ていったことだろうか。
そして、俺は一国一城の主となった。
この日を夢見て貯めてきたかいもあった。
昔からの夢であった植物に関わる仕事。
フラワーショップを開いた。
機械的にとりあえず知名度を上げるために端末に登録されているアドレスに開店したことを一斉送信で知らせ、資金がない今は知人の口コミが唯一の宣伝方法だった。
俺は暇を持て余しながら花の世話をする。
最近は科学も発達し、何か無個性な植物・・・造られた植物という感じが強すぎたのだが、俺は自己流で昔ながらの方法で育てていた。

栽培モノの花屋というものが既に珍しくなってしまったこの時代に客が入る事なんてそうそうなく俺はとりあえずの感じで日々繰り返している作業を半ば機械的にやっていた。
それでもやっと自分のやりたい事も軌道に乗り始めた事は俺を夢中にさせるのには十分のことだった。
一通りの作業が終わり、店のカウンターで珈琲を啜りながらボーっとしていると一人の女性が訪れた。
俺が気づき彼女の方に目を向けて接客用の笑顔を顔に張り付けて彼女の顔をしっかりと見た時に彼女が一言発する。
「ありがとう。私、まだ生きてる。」
あのホームの出来事から2年という年月がたったとある日であった。

彼女と俺の関係。
彼女があの屋上の上級生であったこと。
彼女と教師のその後。
彼女の屋上で語った子供の事。
あの赤ん坊の今。
それらはまた別の話。


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