窓先の陽だまり〜いつもとは違う日々が訪れぬように・・・〜

いつもと同じ日々が流れていた。
いつも通りに店を開き、美波と一緒にまったりと一日が過ぎようとしていた。
最近人手が欲しいと思っていた事もありバイト募集の広告を店に張り出したりもしたがすぐには見つかる訳もないのでいつもと変わらない日々が過ぎていこうとしていた。
だが・・・そんないつもの日常はたった一つのチャイムで壊された。

本業である何でも屋の仕事が舞い込んできた。
依頼人のイイヌマによると内容は隣人調査。
正直、面倒臭い探偵モノの仕事だが、これが一番金になるのでしょうがない。
俺は適当に契約を済ませて美波を現場に向かわせた。
そもそもこれが事件のきっかけになるとは俺には知る由もなかった。

俺は情報端末に向かい、データを漁っていた。
「ふむ・・・少女連続誘拐・・・か。これはもしかするとだな・・・」
俺は顔がにやけるのを止めれないまま、美波にこの連絡をしてやる。
これが今事件で美波と連絡がついた最後の通信だった。

「妙に胸騒ぎがするな・・・」
時間は既に日付を超えて深夜となっていた。
いままでいくら調査でも日付を超える前に最低限連絡をするようにとこの店では決めている。
だがその連絡が一向に来る様子がない。
俺は気になり端末を手に取り連絡をいれる。
しかし一向に美波が出る気配はなかった。
胸騒ぎは加速していく一方。
俺は兎に角美波が行きそうな場所を片っ端から探す為に店を出た。

最悪の状態というのは誰しも考えたくないもの。
美波が捕まったという最悪なパータンは既に・・・否、当初から頭に入れていなかった。
深夜の街をひたすら駆ける俺。
だが何処へ行っても美波は見つからない。
商店街・娯楽施設・美波が住むアパート・・・思い当るところ全てを走って回った。
だが美波は見つからない。
焦りが冷静な判断力を失わせていく。

夜が明け、朝日が昇り始めた。
とりあえず、店に戻っているかもしれない。
すれ違ってしまったかもしれないという淡い期待を持ちながら店に戻った。
だが、やはり美波はいなかった。
回らない頭のまま、喫茶店を開ける準備をする。
本当はこのまま探し回りたいところだが、店を閉める訳にはいかない。

「美波、今日のコーヒーの・・・」
ここまで言いかけて俺は自分自身が嫌になった。
今、美波はいないというのに、呼びかけてしまった自分が・・・
(あいつがいることが日常になってたんだな・・・)
そのまま、自分でコーヒーを飲み、味を確かめ・・・
・・・・・
・・・
・・
俺は、店の看板に臨時休業の札を掛け、街に飛び出していた。
(心に不安があるときは、どんなに腕のいい職人でもいい物はできない・・・か)
今は亡き親父の口癖だった。
俺は、必死に走りとある場所に向かっていた。

七国病院。
それが俺の向かった場所。
この町には、上代の大学病院とこの七国病院が唯一といってもいいほどの病院であり、前者はこの国最大の医療機関であり、最新技術もゴロゴロしている。
しかし、その分、まだ未認可の治療法で診察料が高かったり、実習生が担当することもしばしばなんで、賛否両論というところだろうか。
後者の方は、要は町医者であるのだが、値段は全て保険対応レベルの物。
しかも、技術は優れており信頼はできる。
一応、前者の病院に勤めていた経歴もあるためである為、上代のお墨付きである。
これなら、こちらの方が繁盛するはずなのだが、特にそんな素振りはない。
それもそのはず。
この病院の一番の問題点は、他でもない医者兼医院長にある。
俺は病院のドアをあけ、受付に名前を書き順番を待つ。

どれだけ時間が経っただろうか。
時計を見たら十分と経ってないのに俺の中では何時間とも何十時間とも感じていた。
そんな中、看護婦に診察の順番になった事を告げられ俺は診察室に入る。
そこには、いつも見慣れた部屋と、この病院の医院長の本間理留(ほんまりる)がいた。
「おはよう、裕也君。どこか悪いのかね?」
いつもの気さくな笑顔で迎えてくれた。
しかし、俺の奥をチラっと見た後、「チッ・・・美波ちゃんいないのか・・・」っというボヤキが聞こえたのは空耳だろう。
この医院長の悪いところというのは、ガチ百合・・・レズの域ではあるが・・・というのが一番である。
ショートカットに纏めた髪とフィールドワーカーであったらしい適度に引き締まった身体はこの病院に通う男性が魅了されるものなのだが、露骨に男性を嫌い下手すると藪レベルの診療をしたりする。
逆に女性は老若関係なくセクハラレベルの触診したり、下手すると診察料取ってない等の犯罪レベルまで行く徹底とした差別が存在する。
そんな本間氏に会いにきたのは勿論診察してもらいに来たわけではない。
まぁ、結果的に診察になりそうなのだか・・・
「・・・仕事の話でな・・・」
この一言を発した瞬間本間氏・・・理留は傍らにいた看護婦を部屋から退出させ俺に対し真剣な眼差しを向け俺に話しかけた。
「美波ちゃんはどうしたの?」
いつもは柔らかみのある暖かな声も、冷たい物へと変化していた。
彼女の病院が流行らない理由のもう一つ。
それは、彼女の情報網であった。
彼女の手にかかれば、プライバシー等無いに等しいらしい。
そんな理留だからこそ気付いたのだろう。
その上で質問して聞いているのだ。
だから俺は正直に答えた。
美波が仕事から帰ってこないこと。
そして、守秘義務があるはずの仕事内容まで。

「何か、お知恵を貸していただけないでしょうか・・・」
俺が全てを話し終えると診察室に重い沈黙が訪れた。
そして、この重い沈黙を打破するかのように理留は先ほどと比べ程にない程にドスの利いた声で俺に言い放った。
「あんた・・・美波ちゃんをなんだと思ってるの?」
一瞬何を言われているか分からなかった。
(美波は大事な従業員だし、世話になってるし・・・それに)
俺がどうなのかを思考している最中に理留は言葉を続けた。
「今回の仕事・・・確かに一見ただの虐待かもしれない。だけどあんたは気付いたんでしょ?このところの連続誘拐事件・・・“少女”連続誘拐事件の発生が調査地域に多発してること。」
確かにそうである。
あの時、おもしろそうな事になったと思ったし、上手くいけば知名度も上がると思っていた。
「そして、あんたは満足な忠告もしていなかったんじゃない?・・・それにあんたは・・・」
説教を受けながら俯いていた。
「・・・ったく、結局は自分の利益だけ見つめていて美波ちゃんの事を何も考えてなかったのね・・・正直、あんたに美波ちゃんを任せたのは間違ってたのかもしれないわね。」
「そんな事は・・・」
立ち上がり、反論をしようとはしたが言葉は続かなかった。
「ふぅ・・・まぁ、今回は貸しとしておいてあげる。今度、こんな事があれば次は私が美波ちゃんを引き取るから。」
一つ溜息を吐き理留はそう言うと一つの可能性を提示した。
それは俺が一番考えたくなかったモノではあったが、理留の提示によって明確となった。
(やっぱり美波は捕まっているか・・・)
俺は診察室を出ると、受付で診察料を払い七国病院を後にする。
ちなみに診察料が明らかにボッタクリだったことをここに付け加えておく。

俺は兎に角走っていた。
あのイイヌマ氏のアパートの位置は頭に叩き込んである。
昨日は其処に寄らないようにとの意味で覚えていたが、今は違う。
美波を助ける為に、其処に行くためにその記憶を呼び覚ます。
その途中、小学生の下校時間にでもなったのか、ランドセルを背負った集団の中に見慣れた後姿があり、店が閉まっている事を告げる為に声をかける事にした。
「よう、一葉。」
唯この一言を後ろからかけ、頭を軽く叩いた。
その瞬間に一葉は振り返るが身長差から顔は見えない。
というか、見上げる所か俯いてしまっているので顔なんぞ見えるはずもなかった。
(どうしたんだ?もしかして怒ったか?)
等と思って戸惑っている中、顔を覗き込もうとしゃがみ一葉を見ると明らかに表情は強張っていた。
その確認が取れた瞬間、一葉は大声をあげて泣きだしていた。

しばらく泣いていたが、友人であろう小学生に宥められてまだ混乱をしているがとりあえず声をあげることはなくなっていた。
とりあえず、あまり人目のない所であったので通報はまのがれそうだったのでさっさと去りたい所だったが流石に知り合いに泣かれた、というか知り合いでなくても泣かせてしまったのだから謝罪はしなければならないので落ち着くのを待っていた。
その状態の中、慰めていた少女が俺に対して身分の証明を求めてくる。
最近の世情これが当たり前なのだ。
俺は身分証明書を見せ、一葉との関係を明かす。
そうすると、何か納得したのか少女はポツリと語った。
「一葉は、男の人に突然声かけられるとこうなっちゃうの。相手の顔が見えていたりすれば緊張するぐらいだし、知り合いなら平気で喋れるんだけどね。」
俺はそう言われ思い当たる節があった事が思いだされて当時の疑問が解決した。
(男性恐怖症か・・・)
なんとなく一葉が巨乳主義であった理由がわかったような気がした。
女性が好きというより、男性が嫌いだから母性や女性を表す方が好きであったのだと。

そんな考察が終わった頃一葉は泣きやんでいた。
大分落ち着いた用で俺の顔を見て多少まだ目は赤かったがいつもの笑顔を見せてくれた。
その顔を見たら美波の事は喋れそうもないので当初の目的通り店を閉めている事を伝えると俺はその場を去った。

俺は唯唖然としていた。
イイヌマ氏のアパートへと辿り着いたはいいが、そのアパートは火の塊と化していた。
原因は何かは解らない。
だが、燃えているという現実は変わりはしない。
しばらく呆然としていると突然後ろから声を掛けられていた。
「派手に燃えてるな。」
俺はその声に我を取り戻し振り返る。
其処には見慣れた顔があった。

振り向いた先にいたのは樋野啓次(ひのけいじ)。
万年ロングコートと咥え煙草がトレードマークの刑事。
昨今の法律の改正で中卒にも警察の採用試験の受験資格が与えられ昇進は絶望的と言われている中卒組で若干21という年齢で警部までのし上がった男。
中学の時の友人であり、いろいろと持ちつ持たれつの関係だったりする。
その啓次が俺に声を掛けていた。

「あいつ等もう少し手加減しろって言ったのに・・・何をどうやったらアジトが炎上するんだよ・・・」
そう言うと啓次は慣れた手つきで煙草を取り出し火を点けていた。
「ったく・・・お前はここに何か用だったのか?無いなら民間人は帰れ。」
あくまでも淡々と言い放つ啓次。
俺はその言葉に意識もしっかりと戻ってきた事を確認すると啓次に一連の事を説明をした。
「ふむ・・・そうか、同じ事件を追ってたみたいだな。とりあえず俺たちが先手をとれたみたいだからさっさとお前は帰れ。商品はおおよそ押収済みだし・・・美波はそこらで倒れてるだろうよ。」
紫煙を吐き出して啓次はそう言った。
「おっと・・・当然医者呼ばなかったとか恨むなよ?あいつはお前を求めてるんだ。俺が助けたところであいつに噛み付かれるだけだしな。死にはしないだろうけど早く行ってやれ。」
駆けだしたい気持ちはあるが、怪我人と言う話だろうけど探索範囲は上代市全体へと行きわたる。
流石に探せるわけがない。
俺が戸惑っている時に啓次の端末が鳴る。
「こちら啓次、状況報告を頼む。」
啓次はその一言を発するといそいそと報告書なのか、聞き取りながら何か手帳に書き込んでいた。
そして一段落すると俺に向かって一言。
「あいつはお前に会いに行ったんだ。あいつとお前を繋ぐ場所を目指してたんじゃないのか?あいつは・・・」
そう言うと啓次は手帳を閉じコートを翻しアパートへと歩み始めた。
そして振り向きざまに一言
「また、お前の珈琲が飲める事を祈るよ。」
そう言われ俺は歩み始めた。
窓先の陽だまりへの道を・・・


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