窓先の陽だまり〜主人とまったりな日々〜

喫茶『窓先の陽だまり』・・・閑古鳥の鳴く平凡などこにでもある喫茶店。
それが私の働く店の名前。
常連客が帰ってしまえば店じまいもいいところのこの店に見知らぬ顔がいた。
(今日は厄日だ・・・というか仕事放り投げて帰りたい・・・)
新しいお客というのは大切で嬉しいものだけど、どうして私がここまでブルーなのかというと・・・
「別にいいじゃん!!そんなのどうでも!!」
「そんなこと言ってると店から摘み出すぞ!!」
・・・その新顔とうちのマスターが言い争っているわけで・・・
その言い争い・・・うちのマスターらしい幼稚な事で始まっていた。

──遡る事数時間前。
「ありがとうございました〜またのお越しを〜」
一人の常連客が店を去っていった。
(英人さん大丈夫なのかな・・・娘さん亡くしたみたいだけど・・・)
ふと先ほど会計を済まし出て行った常連の事を考える。
(しかも今まで一切飲まなかった紅茶に手を出してるし・・・ショックで味覚が変わっちゃったのかな・・・)
考えれば考えるほどブルーになり、マイナスな方向に考えが向いていく。
こんなのでは接客業失格だろう。
「美波。ちょっといいか?」
とこの店のマスター・・・裕也が呼ぶ。
このマスター接客業の癖に身なりを整えるような事をせずにいつもボサボサの髪と店のエプロンのほぼ着たきりすずめであり、追い討ちをかけるように平気で店で煙草を吸う。
全くの如く接客業としては最悪だ。
(はぁ〜・・・どうしてこんなヤツ好きになったんだろう・・・)
そう溜息を付きながらも「なんですか?」と返事をし、マスターの元に行く。
「接客業なんだ。その暗い顔と溜息は止めろ。唯でさえ少ない客の足も遠のく。」
(・・・コイツに言われたくない!!)
と思いながらも、今日の私を反省する。
「しかし・・・英人も大変だったな・・・奥さんに引き続き娘までもか・・・」
「ええ・・・相変わらず私には笑顔で接してくれますけど・・・」
英人さんの笑顔を思い出し先の言葉に付け加える。
「無理しているみたいで・・・」
「だろうな・・・なにせ紅茶を飲んでやがる。しかもオレンジペコーオンリーで。」
「紅茶はいいですけどなんでオレンジペコーだけなんでしょう。」
そう疑問を投げかける。
この常連の英人さんはなぜかオレンジペコーしか頼まない。
ただオレンジペコーとだけ注文するので茶葉はいろいろと変えてはいるが気にはしていない様子である。
「やっぱり飲みやすいからでしょうか・・・それなら分かるような気がします。」
との私の意見に対しマスターは否定しこう続けた。
「あいつの奥さんの方とクラスメートだったんだが・・・その奥さんが紅茶好きだったんだがな?知識は浅いし、あまり口に合わないみたいで唯一飲めたのがオレンジペコーだったのさ。」
「何故口に合わなかったのに紅茶飲んでたんでしょう・・・」
当然のような疑問を口に出す私。
「最初は家の意向かなんかで嫌々紅茶を飲んでたそうだ。」
「どういう家なんですか・・・それ・・・」
「流石にそれは解らないが、変な家柄らしくてな。それから偶々飲み続けてたらオレンジペコーに行き着いたそうだ。」
「まったく意味がわからない・・・」
「それには同意する。聞いた話だけだからなんとも言えないがそんな感じらしい。」
なんか釈然としないけど話が進まないので流し始める。
「っで・・・話はそれだけですか?」
っと話の流れを切り替えるために話題を振る。
「ああ・・・まぁあいつは下手すると一生引きずるだろう・・・だからといって下手に触れるのもよくないし、客の贔屓はよくない。」
「はぁ〜・・・」
「だからあまり関わるな。それと、自分がソレによって凹んでたりしてれば他の客にもあいつにも失礼だ。」
なんか同じような事を数分前に聞いたような気がするけどやっぱり当然の事なので素直に受け止めるのだが・・・
「最後に・・・煙草切れたから買ってきてくれねぇか?いつものやつで・・・」
「はぁ〜・・・シバかれたいのですか?だったら閉店後に思いっきりヤってあげますので我慢してください!!」
と言い放つ。
毎度の事なのでスルーしたいけど後々めんどくさいのでスルーはせずに適当に反応してやることにした。 しかし絶対に買いに行ってやるものか。
「お前は少しは発言に注意した方がいいな・・・オーダー待ちがいるぞ?いってこい。」
「・・・?は〜い。」
少しニヤニヤした表情で言うマスターの忠告に疑問を抱きオーダーを取りに行くため振り向き客席へと目を向ける。
その瞬間にお客さんは私から目を背ける・・・
なぜだろうと少し考えるが直ぐに理解した。
(・・・うん・・・男性の前でヤるとか言っちゃ駄目だったな・・・)
少々顔が紅くなるのがわかった。
(恥ずかしい発言は自粛しよう・・・)

昼時という多少混む時間も過ぎ、ひと時の暇が訪れる。
この時間からティータイムである3時程度までは比較的お客さんの出入りは少ない。
うん・・・少ないのだ・・・決していないわけで・・・は・・・
「はぁ〜・・・」
「いい加減溜息は止めろ・・・コーヒー飲むか?」
「だったらもう少しお客さんを入れてください。・・・私は紅茶で。」
(この状況はどうにかしないといけないな・・・という悩みの溜息なのにこのマスターは・・・)と思いつつマスターが淹れてくれている紅茶に心を躍らしているのは隠しきれなかった。
「っでどんなの淹れてくれるの?」
「少し落ち込んでるだろうからな。とりあえず心を落ち着かせるようなヤツを淹れてる。」
(このマスターは・・・心憎いっていうかなんというか・・・)
「茶葉の種類は?」
「知らん。」
このマスター・・・喫茶店開いてるくせに全く知識がない。
なのに人の心に合う・・・その時の気分に一番いいモノを淹れてくれる良くわからない能力を持ってたりする。
(全く、むちゃくちゃな能力だよ〜・・・)
といい思いながらもやっぱり顔がにやけてくる。
この時間がもしかしたら一番幸せな時間なのかもしれない。
そんな今日の幸せな時間は・・・
カランコロン・・・
この1人の客に来訪によって崩れ去った・・・
「美波。客来たぞ?」
「はぁ〜い・・・」
ものすごく不機嫌そうに言う私。
まぁ本当に不機嫌なんだけど・・・
「いらっしゃいませ〜」
しかし流石に数時間前に反省した事をまた繰り返す私ではない。
渾身の笑顔で迎える。
「どこに座ればいい?」
この第一声の主・・・今入ってきたお客さんなんだけど・・・
私と同じ位の身長の女の子・・・ショートカットの似合うボーイッシュな感じな女の子だった。
同じ位の身長・・・まぁ私が小さいだけですよ・・・小学生の平均身長と同じという事を知って落ち込みましたから・・・
(なんか生意気な子だなぁ〜・・・)と思いながらもいつも通りの接客をする。
「今はどこでもいいですよ?お好きな所にお座りください。」
自由に、楽にしてもらうのがこの店のスタイル。
「それはココがガラガラだから?」
そのスタイルを一発で崩してくれるような発言のお客様。
(たしかにそうだけど!!だけどそれを言わなくても!!)
ここで私は嫌な予感がしてくる。
(このお客・・・マスターの地雷を踏むだろうな・・・)
めんどくさくなりそうな予感に内心溜息を吐きながらも接客を続ける。
「当店はお客様が楽にしてもらうのがモットーですから。」
「ふ〜ん・・・っで、あのカウンターの向こうで煙草吸ってるのがマスター?」
「ええ・・・恥ずかしながら・・・」
(あの糞野郎また煙草吸ってやがるのか!!というかさっきまでコーヒー淹れてて、更に客が来たと分かったのに煙草に火を点けやがったのか?)
だんだん心の中の言葉使いが荒れてきている。
「まぁいいわ。とりあえずあのカウンター席で。」
「かしこまいりました。」
その一言を聞かずこの少女はカウンター席に向かい、座っている。
なんとなくやりきれない気持ちを持ちながらもいつも通りの対応をしよう心がける。
「マスター!!カウンターなんでお願いします〜!!」
この一言を言い私はレジの方で一休みをする。
カウンター席はマスターの領域であり、お客さんの対応の全てをやってくれる。
これが本来の『窓先の陽だまり』のスタイルなんだけど今回ばかりはちょっと嫌な感じがするのでカウンターの方に入ってマスターの横に座る。
「ご注文は?」
ぶっきら棒に聞くマスター。
「・・・このメニュー・・・なに?喫茶店名乗るならもう少しメニュー増やしたらどう?」
(この子は口に絹を着せるとかを知らないのだろうか・・・)
確かにこの店では不親切極まりないメニューしかない。
メニューはコーヒーと紅茶と表記されているのと、ソフトドリンクが数種と軽食程度としか書かれてない。
これでも良くなった方で以前なんてサイドメニューなんて一切無かったものだったし。
「大体このコーヒーと紅茶ってなに?どんなの淹れるかさえ分からないじゃない。」
「あ〜・・・オーダーはまだか?」
「それよりもこのメニューについて訊いてるの!!」
(とんでもないお客様が来てしまった・・・)
今日はとんでもない日になりそうだ・・・

少しばかり間が開いた・・・
この少女・・・一体何者なのだろうか。
マスターの地雷を踏みまくるこの少女。
説明不要な程マスターに訊いてはならぬ事を全部訊いていく。
ある意味この子の才能なのだろう。
ここまで地雷を踏まれて流石のマスターも堪忍袋の緒が切れる寸前らしく、「オーダーをおねがいします。」と少々顔を引きつらせながら言う。
「だから〜・・・」
この一言が完全に爆発させたようだ。
「・・・この店になにしに来たんだ?てめぇ〜・・・」
「お客様にその態度?」
完全に接客態度でないことは認めよう。
だけどもうここまで来ると私は巻き込まれたくないので徹底的に無視のモードにはいる。
(とりあえず他のお客さんが来るまでは放置決定ね・・・)
横でごちゃごちゃ言い合いしている二人をよそに、マスターが淹れてくれていただろう紅茶を啜りながら新聞を読み始める。
「大体ウェイトレスがいきなり紅茶を啜り始めて新聞読み始めるなんてどういう状態なのよ!!」
何か私の事を言われたような気がするけど無視。
「うちのウェイトレスはデフォルトこれなんだよ!!仕事は客がいないとやらずに来るまで寝る始末だぞ!?」
私の事を言われたような・・・というかそれはマスターの事だろうと言いたいけど無視。
「大体私と一緒の小学生を雇うってなに?学校通わさせなくていいの!?」
私の事を・・・
「てめぇこそ何だ!!こんな時間に来るなんて学校どうした!!」
うん・・・もういい加減口挿もうかな?
「サボったの!!それでいい?」
・・・もういいや。

数時間前からこんな言い合いが始まっている訳で・・・
「こんなとこ来るぐらいなら学校行け!!」
「別にいいじゃん!!そんなのどうでも!!」
「そんなこと言ってると店から摘み出すぞ!!」
うん・・・まぁマスターは信条を変えずに以外と冷静にいるみたい。
とりあえず学校だけは真面目に行けというマスターの信条はこんな状況下でも律儀に守り通すマスターに少々関心しながらも一度席を立ち、店の入り口へと向かう。
(しかし・・・同じ話の堂々巡りをよく何時間もできるわね・・・)
何度同じ事を繰り返すつもりなのか分からないが、とりあえずマスターがこの調子だと店は閉店と同じなので店の看板をクローズに架け替え席に戻る。
「このツルペタ小学生をウェイトレスとして雇っている時点で駄目駄目よ!!」
・・・いい加減この子ぶっ飛ばしていいよね?
「ツルペタのなにが悪い!!しかしな!!貴様は間違っている!!美波はツルペタではなく貧乳なんだよ!!」
・・・マスターの方を先に粛正した方がいいかも知れない・・・
「・・・貧乳?・・・貧乳よりでかい方が世の中の人間は好きなのよ!!」
「時代は貧乳だ!!ただの脂肪の塊に興味はない!!」
なんかカオスな方向に話が動いてるんですけど・・・
しかし聞くに堪えない内容なので本格的に私の記憶から抹消しつつ聞き流す。

そして流れていく時間は午後7時を回った頃───
「・・・あなた・・・相当な貧乳主義のようね!?」
「貴様こそ只ならぬ巨乳主義だな?ツルペタの癖に!!」
「・・・いい加減頭の痛くなるような話は終わった?」
このままだと変な友情とか芽生えそうなので口を挿む私。
「「頭が痛くなるとはなんだ!!とても大切な話し合いだぞ!!」」
うん・・・当初のメニューとかの話なくなってる。
「とりあえずお客様・・・帰るか注文するかしていただきます?とりあえず閉店時間でもありますし・・・」
(とりあえず、注文して帰りなさい?とりあえず常連さん3人は今日来れない状況になったのがキミのせいなんだから・・・)という本音を隠しながら伝票片手に尋ねる。
「そう?・・・なら帰るわ。マスター・・・また来るから首洗って待ってなさいよ?」
(・・・こんな状況にして帰るんだ・・・)
「そうか・・・なら名前を名乗ってけ。いい好敵手になりそうだ。」
なぜか少年漫画のノリになる二人。
「一葉・・・新山一葉よ。」
「裕也・・・戸島裕也だ。また談議に花を咲かせようではないか。」
「次こそあなたに巨乳の良さを認めさせるわ!!裕也、じゃあね!!」
「おう・・・」
カランコロン・・・
巨大な嵐が去っていった・・・

「なんか・・・本当に嵐のようだったね。」
「俺は疲れた・・・家の方で寝るかな・・・」
疲れたのはわかる。
あそこまではしゃいでいたのは久々に見たぐらいだし。
「うん・・・とりあえず今日はこれで本当に閉店ね・・・」
「しかし・・・本当によくあそこまで白熱したな・・・」
「うん・・・とりあえず白熱したのはいいけど、小学生と話す内容でもないし、お店で話す内容でもないよ・・・というか男子中学生が放課とかで話してるような内容だったよ・・・」
というより聞いてる私が一番疲れたよ・・・
「さて・・・明日も早いわけだし・・・お疲れ〜」
「お疲れ様です。」
今日はハプニングがありましたけど、なんとか一日が終わりました・・・
(・・・というか二度とあの子に来て欲しくないな・・・大口常連さんの売り上げ無しか・・・売り上げ明らかにマイナスだよ・・・)

──次の日
「流石に今日は来ませんね。」
「ああ、一応学校だけは行ってこいと言っておいたからな。土日ぐらいじゃないのか?来るのは・・・」
日も傾き、窓越しに下校している小学生を見ながらなんでもない会話を交わす。
「にしてもどこで言ったんですか?明らかに胸についてしか話してた所しか記憶にないんですけど?」
そういうとマスターは自身満々に言う。
「白熱してる時にお互いのアドレスの話になってその時に知ったアドレスにメール送っただけだ。」
ゴスッ!!・・・
無言で蹴りをマスターのお腹に決める私。
ど変態と認定し正当行為でしょう。
(・・・本当に何でこんなヤツ好きになったんだろう・・・)
カランコロン・・・
そんな中一人お客さんがくる。
「いらっしゃっ・・・」
「裕也!!今日こそ巨乳のすばらしさを認めさせるわ!!」
「おう!!望むとこだ!!」
私の頭痛の種が増えたようで・・・
(とりあえずこの変態共を一度粛正するべきだよな・・・)


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