『HAMSter』序章―噛みあう歯車

5月某日。
的下高校の教室で私はぐったりとしていた。
どうもこうもない。
学生であり、部活に入っている人間ならこの時期がいかに大事かわかるだろう。
そう、この時期は新入部員の勧誘時期…をとっくに超えて新入部員の指導に熱心の期間のはずなんだけども…
「部員集まんない…」
私はそう零し机に突っ伏している。
理由は単純明快、勧誘疲れと新入部員が集まらない心労である。
私の所属している天文部は由緒ある部活で過去の二度も彗星の発見を成功し天文誌などにもすごい学校として何度も取り上げられてきた。
そんな部活が今、存続の危機に立たされている。
部活である以上、どんなに成果をあげていても一定の条件から外れてしまえば潰されてしまう。
その一定の条件の一つが部員数であって現在の天文部の部員数は2年生の私…浜仲沙由莉ただ一人のみ。
3年生の部員はおらず今年新入部員をあと4人入れなければ廃部が決定する。
昨年、彗星を発見し認められて学校側でも表彰されたし地域にもその話が広まったので楽勝だと思っていたのだが…

「何、倒れこんでるの?」
私が机に突っ伏しつつ策を巡らせていると声が掛かる。
私が顔を上げるとそこには馴染みの顔があった。
「佳南か…わかるでしょ?」
その一言に彼女は苦笑いを浮かべた。
彼女…樋野坂佳南も私とにたような状況下にいる。
彼女とは幼馴染なのだが昔、父親にアマチュア無線をやっている所を見せてもらった際に魅せられて中学生の時に免許を取得してこの的下高校にてアマチュア無線に所属している。
彼女、綺麗な長い黒髪と物腰や喋り方等から優等生のような印象をよく持たれるが残念ながら頭の出来はすこぶる悪くアマチュア無線の資格試験の勉強では私が一度参考書を読み解きそれを噛み砕いて教えていた。
「あぁ、部活の勧誘ね。正直殆どの子が決めちゃってるからね。」
アマチュア無線部も現在、佳南ともう一人の部員の2名だけで存続の危機にあるはずだ。
本来なら4月いっぱいで入部の届けは一度締め切られこの時点で5人以下の部活は廃部となる。
私の天文部と佳南の無線部は実績が存在し学校の校外へのアピールに使えるので5月いっぱいまでの特別処置をもらっているのだが…
少し他人事のように言う佳南に文句たれながら私は言う。
「佳南も他人事じゃないでしょ…そっちは後3人でしょ?市屋先生も「2つの部活見るのは面倒だったが両方いっぺんに潰れてくれるのはありがたいな」とか言ってたし。」
市屋先生…天文部と無線部両方の顧問。
ボサボサにした髪型とひたすらズボラを貫いて面倒なことは大嫌いというぐーたら教師。
しかしの所、天文の実績もアマチュア無線の腕もすこぶるよく人脈も広い先生で上代市では下の方になる的下高校ではなく名前にもなっている最高峰の学校、上代大学に赴任してもおかしくないのだし研究者としても一人前なのだが本人曰く「あっちは面倒だ。」の一言で蹴っている。
噂によれば彼女の研究成果を纏めて学会に発表すれば天地がひっくり返るような事実まで明かされたりするらしい。
そんな先生の下で私達は部活をしていたりするのだが…
「あの先生、夜活動するの面倒くさそうにしてたからね〜…」
そう、天文部と無線部の性質上夜によく活動する。
私もよく知らないのだが、アマチュア無線の大会は24時間やったりするらしい。
正直、大会がある事自体にびっくりしていたんだけども。
「それで…なんで、佳南の方は余裕そうなのよ…廃部受け入れたの?」
そんな私の問に佳南はコロコロ笑いながら「まっさかー」などと答える。
相変わらず一挙一投足全部がカワイイ。
私は席から立ち彼女の後ろに回ると胸を揉みしだきつつ問い詰める。
普通ならセクハラだが同性だし幼馴染だしなにより昔っからこんな感じでやってきているのだ。
スキンシップの一つとして彼女にはそう捉えられている。
「もう、学校ではあんまりそういう事やらないの…って、まぁ、実のところ後一人なんだよね〜存続まで。」
その言葉を聞き、私は思わず服の上からブラを外そうとしていた手が止まる。
「えっ?今なんて…」
私は詳しく話を聞こうとした瞬間に大声が教室内に響いた。

「駄目だ、全然駄目だった。チラシ一枚受け取ってくれねぇッ!!」
そう言いつつ教室に入ってきたのはナミ…波口蓉美。
私より少し髪が長く黙っていれば可愛いのだがその少々キツ目なツリ目と粗暴な感じが残念感を出している。
元々運動部出身で尚且つトップアスリート。
それこそ、ありとあらゆる運動・武道に精通し最も得意とするのは銃剣道というどマイナーな物で尚且つスポーツの方より米国・米軍式の刺突を含めたものらしい。
そんな彼女が何故、無線部に入っているかはよくわからない。
佳南曰く、誠心誠意心をこめて真実を話して勧誘した結果らしい。
「なぁ、カナンよう…後一人あつめなきゃ本当につぶれ…ってん?天文部、いたのか。」
私はひとまず揉みしだく作業を再開しながら不満気に波口の発言に不満気に答える。
「そりゃ、私もこのクラスですし、いるのは当たり前でしょ。」
「いや、多分波口は勧誘とかしなくていいのかって話だと思うわよ?波口はこの下校時刻ずっと勧誘してたし。」
「そうだよ、天文部も潰れそうなんだろ?こっちは私の成果で二人も新入部員入ったんだぜ?」
そう言われて私は何も返せなかった。
「まぁ、なんとかなるでしょ。それでやっぱりまったく引っかからなかったのね。そりゃ、この時期に転部なり入部はしないだろうからねぇ。」
そうなのだ、この時期に二人も無線部に入るというのは凄いことなのだ。
私も死ぬ気で勧誘なりしないとこれは不味いのだが…
「それより、私に一つ提案があるのよ。少なくても私達が卒業するまで2つの部活を存続させる方法がね?」
そんな提案に完全に煮詰まってしまっている私はとても魅力を感じてしまった。

私とナミは特に何も知らされずに佳南が行先を付いて行く。
この様子だと向かう先は職員室。
はて、どんな作戦があるというのだろうか…
「お邪魔します。市屋先生います?」
案の定着いた先は職員室で尋ねた先生はお互いの部活の顧問である市屋先生。
既に佳南には腹案があるようだ。

「あん、なんだ?俺に何か用?あと1週間もすれば俺はお前らとはオサラバなんだが…」
面倒くさそうに頭を掻きながらこちらを見つつ対応してくれる市屋先生。
「ええ、その一週間を2年ほど伸ばしてもらおうかと」
その言葉に市屋先生が少しだけ真剣な顔に変わった。
「ほう、そこに浜仲が居るって言うことは…」
「まぁ、そんなところです。市屋先生も少しは楽になるでしょ?」
「しかし、それでも後二人は…」
「昨日提出したはずですよ?新入部員二人の入部届。」
「あぁ、たしかそんな紙が…っておい、浜仲も波口も固まってるがどうした?」
私はその言葉でようやく口を挟めれた。
「えっと…いったいどんな状態なのかと…」
その言葉に市屋先生は少し佳南を睨む。
その視線は「お前、説明ししてなかったのか」と恨むかのように。
「えっとな、ひとまず天文部と無線部は本日を持って廃部だ。」
「「はいッ!?」」
私とナミが思わずハモる。
その横で佳南はニコニコと笑顔を絶やさない。
「それで、新たな部活を同時に発足する…名前は…」
「無線天文部でいいでしょう。」
「ということだ…つまりは合併だ。これで5人となり部活を発足できる。部活の性質上現在の器具はそのまま使える。…まぁ、部室と部費に関しては一つになるがそれらはお前らがどうにかしろ。」
その言葉に私は少し救われる。
(あぁ、天文部を続けれるんだ)っと。
「それで、近日の予定はどうなんだ?色々と面倒な大会とか無線部あったろ。」
「1年マラソンですよね。出ますよ。学校側の手続きはそのままお願いします…っということで部室の整理しましょうか。とりあえず部室が大きい天文部の方に統合しましょう。」
「ああ、それとな。今回統合やると一応無実績になって安全上、アンテナは屋上に建てれないから裏山の使用許可が下りた。どうせお前こんな感じでどこかしらに寄生するつもりだったんだろ?」
なんかドンドン話が進んでいってついていけていない私とナミ。
頭が悪い佳南も無線と部活に関することになるとすこぶる頭が回る。
「ええ、それで夜間の方は…」
「お前、狙ったんじゃないのか?天文部が昼間だけ活動してどうする。コメットハンターで名の知れた天文部だぞ?」
「あぁ…そういえば…なら…」
「お前ら、無線天文部は24時間裏山の使用許可が出た。自由に使え。生徒・教師以外の立ち入りを原則禁止とするがあれは観光登山用にもあるから完全閉鎖はできない。どうするかは後々伝える。以上、帰れ。お前らが余計な仕事を増やしてくれたから大変だ。」
その一言を言い放たれて私達は職員室を後にした。

「それで、結局どうなったんだ?」
波口は部室に向かう途中でそんな言葉を投げかける。
「無線部と天文部が統合したのよ。天文部の夜間活動許可と無線部の裏山使用許可二つ合わせていいとこ取り。部室はひとつの部活になったから一つになる。さゆ〜が5人目の部員。以上。」
簡潔に述べられたその言葉で波口はやっと状況が飲み込めたみたいだ。
「そうか…んじゃま、天文部これからよろしくな。」
「これからは、ナミも天文部なんだけどもね。」
そんな会話を交わした5月の中頃…

「っで、なんで毎日私は裏山に居て無線やってるんだ…」
「それはあれよ、1年コンテストという1年間通してのアマチュア無線の世界大会第一回大会に参加してるからよ。勿論同時に他のコンテストにも参加してるけど。」
「それが、おかしい…私は天文部なんだよ?星見させて…」
「はいはい、愚痴るのは休憩になってから。あと10分よ?」
「…はい…」
私達はそれから1年掛けて行われるアマチュア無線の大会に出場することになり裏山に住み込む形となった。
天文部の活動は基本的に休憩時間のみと限られてしまったがそれでも活動できている事に感謝しないといけないのかも知れない。
さて、後10分で休憩。
ナミがこっちに来れば私の活動時間が始まる。
変な形だけどもこれからも私は星を見続ける。
時折電波の海に漂いながら…


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