No42 悪魔っ子

悪魔とはなんだろう。
偶々引いた辞書にはこう書かれていた。
人の心を惑わし悪の道に誘うもの。
極道・非道・性悪の例え。
仏教の修行の邪魔をするもの。
しかし、俺にはこういうやつも悪魔に思える…

冬休みに入り気が滅入る通知表も配られ山とまでは言わないがそこそこの数の課題も提出されたがそれさえも忘却させてしまうほどの悩みが俺にはあった。
単刀直入に言おう。
恋煩いだ。
そこそこ友人関係が広い為何人か女友達はいる。
友人の恋人という関係も何度か見てきたしその2人とも俺の友人だったりもした。
結構恵まれている環境であったと自分でも思うが不思議と彼女というものを作ろうとも思わなかったし何だかんだで友人以上の関係になる事はなかった。
そんな俺の初恋とも言えるものが今年から急に発症した。
恋は病みたいな事を言うから発症でいいだろう。
…相手は去年から共に学級委員をやり今年になって妙に接点が多くなっていた柳川恵だった。
しかし相手には思い人がいるような事を先日聞いてしまった。
(やっぱり…諦めた方がいいんだろうか)
こんな事は初めてなので誰かに相談していいものなのか、そもそも誰に相談すればいいのかもわからない。
俺は取り合えず携帯を開きつつ雪が降ってきそうな寒空の下適当にぶらついていた。

「…ったく出ないか」
こんな事を相談できる人物を思い浮かべて掛けてみた一発目ははずれ。
最近…というか終業式目前で突如学校に来なくなったとある人物であったが携帯に電話を入れても出る気配どころか電源が切られているようだ。
おおよそ風邪でも拗らせたのだろうが電源を切るのは少々おかしい。
となると俺の中で考えがたどり着く。
(これだと裕也の方も掛けても無駄だな)
「真昼間から羨ましいな。コンチクショウ」
俺は悪態をつきながらももう一組の片割れの方に電話をしてみる。
(クリスマスが近い…というか冬休みになっちまえばどいつもこいつも一日中イチャついてんのか?)
そんな事を思いつつも相手が出るのを待つ。
『もしもし〜?どなたさん?』
「すまん。羽間だが相談がある…」
相手が出ると俺は正直に話していた。

「へぇ〜…羽間が珍しい」
電話の後俺たちはファミレスで待ち合わせ詳しく話しをする事になった。
相手は同じクラスである漉早えり。
先ほど一発目に電話をかけた向山のクラスの学級委員の戸崎涼馬と付き合っている。
なんだかんだで漉早とは長い付き合いで小学校の時からの悪友とでも言おうか。
戸崎と付き合い始めた中学の後半ぐらいからはあまり共に行動する事はなくなったので高校のメンバーには俺と漉早の間に付き合いがあるという事を聞けば疑う程に付き合いが薄い。
「まぁ、俺だって今までこんな事がなかったから戸惑ってるんだよ…じゃなきゃお前に相談なんてしない」
そこそこ内容は電話で話してあったので話はスムーズに進み始める。
「それで、確か何とかして相手の気持ちを知りたい…できるなら付き合いたいだっけ?」
「あぁ…相手は好意を持っている人間がいるみたいなんだ…言葉は悪いかもしれんが付け入る隙があるならそうしたい」
そう言うと結構真剣な表情で俺の話を聞いてくれる漉早。
「それで相手は誰なの?私なら涼馬一筋だけど」
訂正、以外と思考は真剣じゃないかもしれない。
「…ったく。今更お前と付き合いたいとか思わねぇよ…同じクラスの…」
少し口篭りながら言うとなんとなくで何故か察しがついたのか漉早は「やっぱり…」の一言。
それでもとりあえず名前を言ってみた瞬間に漉早の携帯が鳴る。
「ごめん。ちょっと電話」
その一言を言うと一度席を立ち店を出て窓際の席を陣取っていた俺たちの席の前で電話をし始める。
少し騒がしいこのファミレスでは電話するのはちょっと辛いのだろう。
(相手は戸崎だろうか。にしても、幸せそうな表情だ…)

「さて、とりあえず相手を呼びましょうか」
電話から戻ると漉早は早々にそう切り出す。
「はぁ?流石に早すぎるというか今日は相談を受けてもらうだけで良かったんだが…」
「折角私が乗り気なんだからさっさとしなさい。あの子は確か携帯持ってないから家電だけど多分出るだろうし1時間後ぐらいに駅前広場集合という事にしておいて」
そういいながら電話する事を催促されるので俺は言われるがままに電話をかける。
どうせ出ないだろうと高をくくっていたが超能力なのか予知能力でもあるのかすんなりと電話の主は出た。
「もしもし…羽間だが今日ちょっと会えないか?漉早と居るんだがちょっと遊びにでも行こうかと思ってさ…」
俺は適当な理由を勝手に付けて言うと目の前で電話の応対をチェックしている漉早が額を押さえながら一つ大きなため息を吐いていた。
それでも何とか約束を取り付け電話を切る。
「さて、後一時間しかないんだから告白の台詞でも考えておきなさい?格好は羽間が日常ちゃんとしてないほうが悪いんだからそのままでね。着替えに戻ったり髪整えてる時間なんてないんだし」
そう言うと漉早は店員を呼び止め注文を始めている。
「あっ…もちろんここの料金はそっち持ちね?まぁ、成功したらでいいけど」
そういいながらかなり高めの品を注文しているところを見ると結構自信があるみたいだが何となく今日の出費は大きくなりそうだ。

あれから30分程経ってから俺たちは駅前広場へと移動していた。
呼び出した手前とこれからしようとしている事を考えれば遅刻は厳禁だ。
一応、漉早には何か作戦があるようだが俺は特に聞かされていない。
少々不安もあるがなけなしの財布の中身を吸い取った分は働いてもらわないと困る。
「それで、告白の台詞は決まった?」
暢気にそんな事を聞いてくる漉早に俺は質問で返す。
「漉早達の方はどんな感じだったんだ?まだ決まっていないから参考にしたい」
「そんなの言えないわよ。こういうのは参考にするものじゃない。自分でちゃんと考えなきゃ」
当たり前ような事でお茶を濁されたような気もするが確かに時間はない。
もし今日そこまで行って何もできなかったというのでは絶対後悔する。
「なぁ、本当に手はあるんだよな?」
「相手の気次第よ。私の見立てでは羽間次第になりそうだけど」
ここに来る際に自販機で買った缶ジュースを片手で玩びながら言う漉早に少し不安を覚えながら俺は時間を待つこととした。

「っと、そろそろね」
時間は10分前。
待ち合わせと考えるとそろそろ来てもおかしくない。
漉早は玩んでいた缶をそこそこ遠かったゴミ箱に放り投げると見事に入れている。
そんな見事なシュートを決めた瞬間に再び漉早の携帯が鳴る。
メールの着信だったようで素早く確認し返信をすると一言漉早にしては珍しい物凄く真面目な表情をしながら俺に一言。
「急用ができた。健闘を祈る」
そう言いながら素早くこの場から駅の方へと去っていった。
偶然にも目で追った先に柳川を見つけてしまい追うことは残念ながらできなかった。

「ごめん、待った?」
「まだ十分前だし呼び出したのは俺の方だから気にするな」
普通の会話であるのだが今の状態が少々異様になっていた。
俺には本来居るはずだった漉早はいない。
柳川の方には何故か漉早の恋人である戸崎が立っていた。
「何でお前が居るんだよ」
特に仲が良い訳でない戸崎に悪態をつくような形で突っかかる俺。
「そりゃ恵ちゃんに呼ばれたからさ。えりも居るみたいだから一緒にどうだ?ってな」
俺はよく考えればこうなりそうな事を自ら言ってしまっていた事に後悔するも今になってはどうすることもできない。
だがお引取りを願える可能性を少しだけ秘めているので俺は颯爽とそのカードをきる。
撤退していただければ後は漉早を何とかして引き戻せばいいだけだ。
「残念ながらその漉早は急用でどこか行っちまったよ。お前がここに居るということは浮気でもされてんじゃねえのか?追いかけたらどうよ。駅の方へお前とすれ違うように向かっていったぜ?」
そんな小悪党のような台詞を吐いてみせるが特に戸崎は気にする素振りは見せない。
「なら今日一日は恵ちゃんの相手でもしますか。そっちはえりと予定があったんだから恵ちゃん呼んだんだろ?お前こそ帰ったらどうだ?」
よく考えれば何故柳川は戸崎を呼んだのかわかりそうな気がする。
漉早が居るからというのはやはり口実ではないか…と。
あの時振り向いてほしいと言っていた相手ってのは戸崎ではないのか…と。
(まったく…気にいらねぇ)
「お前は漉早がいるじゃねぇか。なんだ?浮気でもする気か?」
そんな言葉も相手には何も気にかける様子もなく飄々とした態度で対応する。
「別に恵ちゃんに特定の相手がいる訳じゃないしむしろえりの方に俺がいるってわかっていて両手の花の状態作ろうとしていたお前はどうなんだ?」
そんな言葉に俺として切り返す言葉がでない。
そんな状態で相手を睨む程度の事しかできていない中柳川が戸崎の腕にしがみ付いた時に怒りの中に絶望も生まれていた。
それでもその中から僅かでもいいから希望を得ようと言葉を紡ぐ。
「あぁ、確かにこんな事誰かに手伝ってもらうべきことじゃなかったよな…」
俺は柳川の真横にいるはずの戸崎を意図的に視界から、意識から外す。
今の俺には柳川しか見えていない。
「正直俺は柳川の気持ちはわからない。柳川があの時誰の為に変わろうとしていたかわからない…だからこそ今俺は正直に言う。俺は柳川…お前の事が好きだ」
正直な気持ちをぶつける。
この状態を少しでも打破する為に俺ができる事はこれだけ。
これが失敗すればもう打つ手はない。
俺は柳川から目を離さず返事を待つ。
柳川はそっと戸崎から離れると最近片鱗しか見せていなかった鋼鉄の乙女の風格が漂い始める。
「それは、告白ととっていいのかしら」
気のせいかもしれないがとても威圧的な雰囲気があり思わず気圧されそうになるが俺は止まり半ば無い刃を振るってみる。
「あぁ。なんだったらもう一度言ってやる。俺は柳川の事が…恵の事が好きだ。付き合ってくれッ…」
「はい」
間髪いれずの返事。
それこそ俺の言葉が終わる前にかぶって聞こえたほど。
俺は思わず聞き返すような言葉を零していた。
「へ?えっと…これからよろしくお願いします?」
なんとも間抜けな言葉だったが柳川の…恵の雰囲気は鋼鉄の乙女から最近の…否、どちらかというと初めて見舞いに行った時の暖かいような雰囲気になっていた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
その言葉に俺の思考回路は正常に戻り始め戸崎の顔が視界に戻り始める。
思わず戸崎の顔を伺うがその顔はとても憎らしい表情。
人の往来のそこそこある駅前広場。
待ち合わせによく使われるこの広場に足を止めている人がいるのは不思議ではない。
だから気にしてなかったがそこに確かにいた。
俺達のやりとりが何とか聞こえる距離に去っていったはずの漉早がこれまた憎たらしい程の良い笑顔でこっちに手を振っている。
「おまえらッ…」
俺が文句を言おうとした瞬間に恵が俺に抱きついてくるので思わず言葉を止め抱きとめる。
とりあえず言いたい事は山ほどあるが今はこの状況を味わっていたかった。

「それでどうしてこうなったんだ?」
今更だが完全に鋼鉄の乙女の二つ名が消滅しているような恵が俺にくっついているが話しを進めようとする。
あの時遠くから見守るもとい見張っていた漉早も呼び状況を説明してもらう事にした。
「そりゃ、お前がえりに相談かけてた時に電話かかってきたろ?それの相手が恵ちゃんで内容がお前と一緒。そこから俺とえりでお前らくっつけちまおうって話になったのさ」
あの状況下でそこまで話が進んでいるとは思わず俺は思わずポカンとする。
「それで、どうせ気持ちが伝わればくっついちゃうんだしいっその事本当の気持ちを全部さらけ出して出してもらおうって事で一芝居打ってみました。まさか恵があそこまで演技してくれるとは思わなかったけどね…是非演劇部に」
「えぇ〜…折角付き合える事になったのに二人っきりの時間減るのは嫌」
頬を膨らませて言う恵の姿に戸惑いは隠せないが俺は話を続ける。
「なんだ?という事は俺は担がされたという事か?」
「なかなか面白い見世物だったぜ?…さて、俺達はこれから行く所あるから後は2人っきりで」
「冬休み明けの学校で会おうね」
そう言って去っていく二人をしばらく見送った後叫ぶ訳にもいかないのでポツリとつぶやく。
「あいつら悪魔だろ…」
「私にとっては天使だったけどね」
あの時のような砕けた喋り方じゃないがそれでもどこか固かった喋り方はなくなっていた。

悪魔と言うのはどうやって人を惑わすのだろう。
魅力的な条件を差し出すのだろうか。
人を演じ誑かすのか。
架空のモノに興味はないが、人の感情を動かす人間は最早悪魔だろう。
俺の愛する事となった彼女のように俺の心を動かしたのは彼女が悪魔だったのかもしれない。
愛するべき人を君だけと決めて独占させてしまう道へ誘っていったのだから…


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