No39 乙

貴方に少しでも近づきたい。
貴方に少しでも私の気持ちを伝えたい。
今のままじゃ近づけないし伝わらない。
だから私は変わりたい…変わらなくちゃいけないんだ。

12月に入りもう終業式も間近という時期の日曜日。
私は一人悩む事に明け暮れる。
いつもなら友人に相談する所だが今回の悩みというのはそう他人に相談できるものではない…というかしたくない。
「これじゃ3年生になってもこのままだよね…」
むしろ3年生になってクラスが離れれば今の私なら会うという事もしなくなるだろう。
今はお互い学級委員という名目があるから話ができるがそれも来年になれば解散だ。
接点はなくなってしまう。
せめてこの思いを伝えたい。
でも今のままの私じゃそんな事はできない。
どうすればいいだろう…と考える内に一つの案が浮かぶ。
(いっそ、私でなくなってしまえばいいのか)
私は偶々気になった記事があったというだけで買った情報誌を思い出し引っ張り出すと読みふける。
こんな事をするのは初めてだ…

月曜日となった今日、私は教室のドアの前で情報を反芻していた。
「えっと…確かこういう反応されたらああして…」
あれから私は情報誌のとあるコーナーを暗唱できるほど読み漁り携帯を使って更に情報を追求した。
それから必要なものまで買い出したりもした。
(今の私は…今までの私じゃない。むしろ私じゃないんだ)
今月の携帯の請求代金の危惧を今までの私というモノと一緒に心の奥底にしまい込みドアを開ける。
いつも通り彼が自分の席で談笑をしていた。
(今日、ここからがスタートなんだ…変わって見せるんだ)
私は決意の下に彼に一番に挨拶へ向かう。
今までは絶対にやらなかったことだ。

「おっ…おはよう」
しどろもどろのような気もするが挨拶はできた。
これで踏ん切りがつきそうだ。
「柳川か…おはよう。珍しいな、お前から…」
彼がこちらを見た瞬間に固まる。
彼と談笑していた人間は私と気づいた途端に離れていったので特に反応は窺えなかったが今はどうでもいい。
彼の反応が知れればいいのだから。
「なっ…何よ、何か変?私から挨拶しにきてあげたのだから感謝しなさい?」
何度も素に戻りそうになるがそれを殺しなんとか演じきろうとする。
何時もとは違う髪の長さに気を取られそうになるがむしろその髪を弄る事でなんとか落ち着きを取り戻せそうだ。
「いや…なんというか…ずいぶんと大胆なイメチェンしましたね…」
彼のほうが何か緊張しているような口調で私に言う。
周りもそんな事を言いたそうな空気で溢れていた。
「べっ別にあんたの為にやった訳じゃないんだからね!!」
私は暗記してきたパターンに嵌ったので攻勢に移ってみる。
(大丈夫…雑誌ではこれで良いと書いてあった)
私は鞄を漁り一つの包みを取り出し彼の机に置く。
「後、これ私が丹精込めて作ってあげたのだから何が何でも全部食べなさいよ?残したりしたら死刑だから」
私はそう言い放ちその場で踵を返し自分の席に戻ろうとしたときだった。
「イタっ…」
私の行動に文句や問題点でもあったのだろうか、私に向かっての発言の様な気がして私は再び踵を返す。
(ここまでやったんだからそういう反応は…)
半ば涙目になりそうになりながら我慢をして彼を見ようとすると振り返りきった時に私の髪が彼に直撃していた。
「柳川…どうやってこの2日間でその髪を伸ばしたのかは知らんが…自分で扱いきれてないなら元の長さに戻してくれ…まさか人生に置いて2度もツインテールで攻撃を受けるなんて夢にも思わなかったぞ…」
元々私の髪の長さはセミロング程度。
編んだり結んだりするには少し短い。
だから今の髪の長さと髪型には慣れていないのだ。
「そっ、それは謝るわ。でも私の髪については別にどうでもいいでしょ」
その言葉を私が吐くと彼は私のツインテールの先を少し引っ張るので私は慌てて髪を抑える。
「やっぱりカツラか…何のつもりでそういう事したかはわからなんが校則違反じゃなかったっけ?一応華美な装飾品に当たると思うぞ?」
確かにそうだ。
別にカツラ…基ウィッグを着用してはならないという校則はないが華美な装飾品を禁止しているので該当してもおかしくない。
今の私の金髪の超ロングとも言えるウィッグは流石に怒られるだろう。
「…だったらあんたが被ってなさいッ!!」
私はかなり乱暴にウィッグを取り外すと彼の頭に半ば叩き付けるように被せ一度退散する。
(校則の事をまったく考えてなかった…失敗だ…だけどまだ手はある)
私は次のプランへ変更する為、思考を巡らせる。
そして次のプランへの筋道が立ったので決行の為に教室から出るがその前に彼に今のキャラのままで一言言っておく。
「それはカツラじゃなくてウィッグなのよッ!!」

私はあの後、カバンを片手にトイレに駆け込み鏡の前で髪型を整える。
私の長さでは足りないとわかっているが少しでも形にしようとする。
「あぁ…もう、いつもやってないとこういうのは無理なのかしら」
ヘアゴムを口に咥えながら唸る。
髪を編む手はやはり不器用。
ある程度の事は自慢ではないがそつなくこなす事ができていたのにこういう時に限ってできない。
始業ベルまでまだある程度時間があるけどこのままじゃ間に合わない。
(このままで終わるのは嫌だ…)
少し涙目になりそうになりそうになった時に突如声を掛けられる。
「どうしたの?…って、髪解けちゃった訳か…私がやってあげよっか?」
その声の主は私の胸元程にしか身長のないちいさな女の子。
隣のクラスの向山さんだった。
「すみません…お願いできますか?」
正直に言うと向山さんはご機嫌な表情をしながら私をトイレから引っ張り出し彼女のクラスまで連れて行かれ彼女の席であろう椅子に着かされる。
「恋する女の子は何もしなくてもかわいいけどやっぱり少しでも彼の好みに合わせたいよねぇ〜…っでどんなのをご所望で?」
既に鏡と櫛を取り出し私の手からヘアゴムを取り上げていた。
私は向山さんの言葉を半ば無視して答える。
「えっと…三つ編みがいいのですが…」
無理だろうなという諦めの気持ちを込めて放った言葉だったのだけど彼女は快く承諾してくれた。

「っと、これでよし。さてさっさと行ってきなさい?がんばれ恋する女の子」
私は鏡でチェックすると満足し立ち上がる。
向山さんに感謝しながらカバンの中からもう一つアイテムを取り出し付ける。
(お母さん…ちょっと借ります。私を見守っていてください)
私は決意を胸に再び教室のドアを潜った。
先ほど派手に出て行ったからか私が戻ると視線が私に向けられると同時に皆が困惑の表情を浮かべた。
私は構うことなく再び彼の席へと向かった。
そこには先ほどまで私が被っていたウィッグをそのまま付けている彼がいた。
やはり先ほどと同じく私が彼の前に行くと周りの人間は避けた。
(今回は失敗しないはずだ)
今日から変わると決めた私。
一歩を再び踏み出す。
「まったく…こんなものは持ってくるのは校則違反よ。没収です」
私は眼鏡のブリッジを触り位置を修正すると一言そう言って彼からウィッグを取り上げる。
一応高い物だったので回収するという意図もあったけど今は違う。
いつもと同じような台詞のはずなのに少し変だったのはたぶんその他の意図が邪魔をしたんだと思う。
「同じ委員として呆れるわ…今日は修学旅行関係の仕事があるみたいだから放課後までには少しでもまともになっておいてよ」
私はそう言い放ち自分の席に着く。
周りはざわめくがとりあえず今は興味はない。
後は放課後までの間に少しでも彼に近づくだけだ。

それからはあっという間だった。
世話を焼こうにも残念ながら彼は手出しできるような程不器用でなく彼自身が全てやってしまっていたので何もできずに放課後となっていた。
考えてみれば私がいない間は彼が全てやっていたのだ。
できた事と言えば今回のキャラで吐いてしまった嘘を本当にする為に先生に頼み込めたぐらいだろうか。
選択肢として間違っていたのかもしれないが私の今の知識ではこれが精一杯。
朝一番のあっちに戻すという手はたぶん使えない以上これを突き通すしかないのだ。
私はクラスの人間が全員出て行ったのを確認すると建前上ではあったけど何とか手に入れた修学旅行関係での仕事を彼と共に始めることにした。
それも長くは続くはずもなく頼み込んで貰った仕事はたった数十分で終わってしまった。
もちろんその間はお互い無言のまま。
完全に裏目に出たような気がして私は泣きたくなるがそれこそ私が素直に話せなかったのが悪いので泣くに泣けない。
そんな状態で彼は口を開いた。
「んじゃ、帰りますか。今日は一緒に帰ろうぜ。送っていく」
その言葉に私は最後のチャンスを見出した。
これを逃すと多分一生後悔しそうだし、一生告白なんてできないと思う。
だから私は二つ返事で承諾していた。

もう冬と言ってもいいこの季節。
既に空は茜色になり物悲しさをかもしだしていた。
そんな空の下私達は帰路へと着いていた。
「にしても、一体なんの風の吹き回しだ?」
気丈な感じを私は演じ続ける。
まだ演じるという感覚が取れないがいつかその感覚がなくなるように頑張ってみせる。
そんな決意が私の中でできた時に彼が急に足を止めるので私もつられて足を止めた。
「…柳川、絶対にそこから動かずに何もするなよ?」
そう彼が言うと私の方へ向かって歩いてきて私の前までくると足を止め顔を近づけてくる。
(まっ…まさか…でも)
私は思わず目を閉じ行われるだろう行為に備えて構える。
目を閉じてちょっとした時間が経つと私に感触が伝わった…おでこに。
思わずキスだと思っていた私は目を開け呆然と立つ事となった。
「うん…熱は無いみたいだな。安心した…どうした?」
飄々と言う彼に思わず小突いてみるが私の力ではびくともしない。
「まったく…何がしたいんだか。柳川の様子が今日おかしかったからまた熱でも出たのかと思って心配だったんだぞ?」
彼は頭を掻きながら言ってくれる。
そんな彼の顔が赤かったような気もしたけど夕日のおかげで確認はできなかった。
その様子と彼の気持ちがわかって私は正直に答える事にした。
多分、このまま続けてもただ心配させるだけだろうから。
「あぁ、あれは少しイメチェンてせもしようと思って…私は少し固いというイメージが付き纏っているみたいで少しおちゃらけた人間には評判が悪そうでな…」
それでも私の本当の意志を伝えられないのはやっぱり今までの私がまだいるからだろう。
そんな私の答えに彼は少し難しそうな顔をして私に問う。
「朝一番のはそれで何となく納得はいくが、今のはどうなんだ?型にはまった委員長みたいだし、結局ほとんど髪型変えて眼鏡着けただけじゃねぇか…というかもっと固くなってるし」
彼の指摘に私は思わず少し唸る。
確かにそうだ。
さっきの本心を全部出していない言い訳じゃやっぱり無理みたいだ。
「…わかったわよ。少しは男子に良いように見られたかったのよ。私、結構避けられているみたいだし。雑誌とかネットとかみたらこういうのが人気が出るみたいのをみたのよ…ツンデレと委員長だっけ?」
私は少し邪魔になっていたので向山さんに結ってもらった三つ編みを解く。
「まったく、柳川は所々間違ってるよな。俺が初めて見舞いに行った時もヤンデレを勘違いしてたし」
そんな事を言う彼に私は少し反論する。
「今回のは間違ってなかったはずだ。休日全部使って調べ上げたのだから」
私は少し胸を張って言うと彼から軽いチョップが来る。
「キャラ付けはあってるかもしれんが元を知ってる奴らにやっても気でも狂ったかと思うだけだぞ?夏休みだとか長期連休でも挟めばいいかも知れんがな…」
確かに一日や二日で性格が変わっていたら不気味に思うか心配に思うだろう。
だけど私の決意を踏み弄られたような気もして反論しようとするが言葉が見つからない。
「今日一日、妙だと思ったら男にモテたいだからとか…心配してた俺が馬鹿みたいだわ…」
軽く項垂れて言う彼を見て私は思う。
多分彼は本当に心配してくれて尚且つ今大きく勘違いさせてしまっている。
その勘違いへのミスリードさせてしまったのは私だ。
私は内心臍を噛みながら心を悟られないようにと言葉を選んで言い訳をしようとする。
もう前の私とまったく同じになってしまうが彼が私の目の前から消えてしまうよりましだ。
私が言葉を捜しているうちに彼は一人歩き始めようとした。
「私はモテたくてこんな事をしたわけじゃない!ある人に振り向いてほしかったからしたんだ!」
咄嗟に出た言葉だった。
咄嗟にこんな言葉が出た事にも驚いたがこんな時でも本心を出せ切れなかった事にもビックリだ。
「…まぁ、柳川がそうしたいというなら止めないけどな…俺は今までの柳川の方がかわいいと思うぞ?」
足は止めてくれたがこっちを向いてはくれずに帰路に目を向けたまま言う彼。
私にとって嬉しい言葉である半分今までの私を変えないと一歩踏み出せないという現状への苛立ちが混ざる。
「でっ、でも…私はこのままじゃ…」
言葉が上手く紡げなくて口篭ってしまっていると彼がまた言葉をかけてくれた。
「柳川が誰の事を思ってやったかは知らんがやっぱり今までの柳川の方が良いと言ってくれると思うぞ?…柳川が変わらないといけないと思うのならそれでも良いと思うが、俺は柳川なら見た目や性格を変えようとしなくてもちゃんとできると思うのだがな…」
やさしいのか厳しいのかわからないけど私にとって今欲しい言葉が貰えたような気がする。
(そうだよね…無理やり変えて私じゃなくなったら意味がないんだよね…)
私は一度吹っ切れて彼の横まで走りその腕に抱きついてみる。
「おい、柳川!?どうした!?」
ものすごく慌てている彼だけど放してやったりはするつもりはないし彼も振り解こうともしない。
それを好機として私はちょっとだけでいいから前に進むこととする。
「女の子は大好きな相手にはちょっとでも良く見られたいから変わろうと思っちゃうの…むしろ女の子は変わりたいのよ」
今できるだろう最高の笑顔で言ってみせる。
顔が絶対に赤いがどうせ夕日で隠れてしまうはずだ。
「でも…今日の英人の言葉は嬉しかった…ありがと」
彼の表情は窺い知れないがこれだけでも言えた分私は満足だ。
少しこのまま歩いていると彼が一言。
「しかし、眼鏡はいいな…是非今度は黒髪のロングで眼鏡に」
その言葉に私は彼の耳元で大声で言ってやる。
「そのままの方がかわいいって言ったのはそっちでしょ!!」
彼がこの大声で耳がマヒしてそうな状態の時に透かさず小声でポツリと言ってみる。
「…今度機会があればね…」

貴方に少しでも近づきたい。
貴方に少しでも私の気持ちを伝えたい。
今のままじゃ近づけないし伝わらない。
だから私は変わりたい…変わらなくちゃいけないんだ。
だけどそれは見た目なんかじゃなくて、偽る外の性格じゃなくて…私自身の根本の怖がりで弱虫の部分なんだ…
少しずつ変わっていくからどうか待っていてね。


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