No38 びっくり

恋というのは客観的に見たら負けなのかもしれない。
その人と釣り合っているかとか他人から見ておかしくないかとか考えれば考えるほど怖くなっていく。
恋は盲目であり続けないといけないのかもしれない。

「まったく…理留に突然呼び出されたと思ったら乃依の回収だもんな」
「なんかごめんね。忙しかったんでしょ?」
ボクは歩きながら一つ謝る。
昨日幼馴染で尚且つ今の彼氏である彼の妹の理留の部屋にて宴会を開いていた。
一応、理留の医学部合格祝いだったのだけれどもバイト先の先輩で理留の同級生である真理香さんがものすごい勢いで潰れていったのでグダグダになりながらお開きに。
その際に理留が彼に対して「女の子に夜道を一人で帰すつもり?街の方の危なさはお兄ちゃんがよく知ってるんでしょ?」と明らかにボクを押し付けていたのだ。
そして今日、どうせならとお礼も兼ねて彼とデートである…でもまぁ、そんな簡単にはいかない訳で…
「あんたがいなければ今日は啓次と二人っきりだったのに」
ボクの恋敵でもある長坂莉沙まで付いてきているのである。
今はデートも終わりという帰り道で時刻は既に夜の9時を回って10時を指そうとしている。
今日はちょっと遠出をしていて街の外れにある彼の事務所まで歩いて帰ろうとすれば下手すると11時とかになっていそうだ。
「だから今日はボクが奢ったじゃない。というか、ボクのお詫びというのは樋野さんにだけなんだけど」
ボクは莉沙を少し睨み付けるように言ってやると莉沙も同じように返してくる。
「私にも十分迷惑かけてるから当たり前でしょ?」
そんな険悪な空気の中彼が割って入ってきてくれる。
「喧嘩すんな。今回は乃依が奢ってくれたって事でチャラでいいじゃないか…ありがとな」
ボクに向かってやさしい笑顔でそう言ってくれた事に思わずびっくりし立ち止まってしまう。
「まったく、立ち止まってると置いてくわよ?早く帰らないと街経由は避けたい時間になるわよ?」
こっちを向いて言ったかと思うといつ買ったのか知らないけど今日一日着ていた彼とお揃いのコートをはためかせて帰り道へ向き直し歩き始める莉沙。
「という事だ。面倒事は避けたいだろ?街を回避して行くと日付を越えちまうしな」
そう言いながら彼はボクの手を引いて歩き始めた。

丁度街に着く寸前の所。
莉沙に追いつく頃には手は離されていたけどボクの隣には彼が居てくれている。
そんな時にふと彼が言葉を漏らす。
街が近い為喧騒で掻き消えそうだったけどそれでも近くにいればちゃんと聞こえる声。
「…莉沙、乃依…気づいたか?」
一体何のことかわからないので多分それらしい表情で彼をボクは見ていたと思う。
そんなボクを余所に莉沙は会話を始める。
「…街の近くでこれは不審よね…最近風俗関係でおかしな噂もあったっけ…一応私もあんたも売れそうではあるしね…」
「俺への個人的な恨みの線も消せないな…まぁ、さっさと消えるとしよう…1、2の」
何を言っているのか理解をしきる前に2人は話を終えていたようで…
「さんッ!!」
その一言で二人は走り出す。
出遅れたボクは置いていかれまいと理解もできずにとりあえず追いかける事になった。

街に入り込み路地裏を駆ける。
ボクはただ離れないように後を追いかけて走っていると突如四方が建物で囲まれた広場に出る。
その場所は何本かの道に繋がっているけどどれもメイン通りには少し遠い場所。
彼と莉沙はそんな場所で立ち止まった。
「はぁはぁ…いきなりどうしたの?」
ボクは何とか追いつき息を荒げながら尋ねる。
その問いに彼と莉沙はボクの方に振り返って答え始める。
「乃依は気づかなかったのか…」
「私達の後ろをつけている奴らがいたのよ…不自然にそこそこの数が」
「まぁ…何故俺たちが狙われたかはわからんが面倒事は避けて…」
そこまで言うと彼と莉沙の表情が少しびっくりした表情の後に落胆の表情へすぐ変わる。
その表情の理由が直ぐにボクにもわかった。
ゴリッとでも音がしそうな感じでボクの頭に何か金属製の物が…というより銃口のような物が押し当てられている。
ボクは思わず手を挙げるが極度の緊張の所為か急に身体に力が入らずその場に座りこんでしまった。

「あの…今どういう状態なんでしょうか…」
解りきっている状態をあえて訊こうとするがこの場はそんなボクの言葉なんて誰にも届いていなかった。
「いいご身分だな…ロン、両手に花なんて今までのお前らしくないな」
ボクの頭上から声がする。
「こいつらの前でその名前は止めろ。マスターの仕事からは足を洗ったんだよ」
彼の知り合いなのか彼は自然と応対する。
「ほぅ…まぁ、んなことはどうでもいい…こっちの用件はわかってるよな?」
「どうせ、私達二人を差し出せって話でしょ?最近、売女が街から消えたって話と夜の街での女の失踪事件が妙に多いって話からみて売るつもりなんでしょうけど…客になのか店になのかは知らないけど」
コートのポケットに手を突っ込んだまま話に参加する莉沙。
この様子だと何一つ知らないのはボクだけみたいだ。
「そういうことだ…こっちとしてはそっちのちっこい方が高値付くんでそっち一人で十分なんだがな…だから取引と行かないか?こいつの命の代わりにそいつを差し出すというのは…」
ボクは内心悔しがる。
何もできない状態のボク自身が憎い。
(せめて身体が動いてくれれば…)
ボク自身には昔祖母に教えてもらった格闘技術がある。
護身術の派生で祖母は人を守る為の護衛術だと言っていた。
そんな技術も腰の抜けた状態では役に立たない。
「そう…私が行ったらちゃんと乃依を開放するのよ?」
そう言いながら一歩ずつ歩いてくる莉沙。
「ちょっと!!ボクならいいから二人で逃げてよ!!」
もちろん良いわけ無いがボクの所為で二人に危害が加わるのは嫌だという一心で叫ぶが莉沙は止まらないし彼も止めようとしない。
「だから…逃げてって…」
そこまで言おうとした瞬間だった。
「あんたは黙ってなさい」
ボクの前まであと少しという所で一度莉沙は立ち止まりさっきまでポケットに突っ込んでいた腕の内右手を引っこ抜くとボクの後ろにいるだろう男に向ける。
「ばんっ」
そんな可愛らしい銃声のモノマネを一つ放つと同時に莉沙の手元から何かが発射され、同時に後ろの男が一つ呻き押し付けていた銃口が少し緩んだ瞬間だった。
「一回で倒れろよッ!!」
いつの間にかボクの眼前まで走り迫っていた彼が拳を振り上げ放つ。
それと同時に虚空へ銃声が一発轟くとボクの後ろの方で何かが倒れ落ちる音がした。

「まったく…腰抜けて動けなくなるってどうなのよ…」
莉沙が呆れた顔でボクを見下ろしながら言う。
「あはは…面目ない…だけど今回は上手く行ったけどあの場合ボクを見捨ててくれた方が…」
そこまでいうと彼がボクを軽く小突いた。
「バカか。俺がお前見捨てれる訳ないだろう。それにちゃんと作戦を立てた上での行動なんだから成功するのが当たり前だろう…っと、結局莉沙はどうやってこいつの目暗ましをしたんだ?」
地面に転がっている男を蹴りながら言う彼。
その男は何故か莉沙が持っていたロープで手足を縛られている。
もちろん拳銃は取り上げている。
「ん?輪ゴム鉄砲よ。弾に使ったのは私が時々使ってる髪を縛る時のヘアゴムだけど」
「それならもうちょっと遠距離でもよかったじゃない。ボクの目の前まで来る必要は…」
そうボクが言うと呆れた顔に溜息まで追加されて返事がきた。
「一応あんたの安全を確認しないといけないでしょうが…あんまり遠距離でやると威力も弱まるし何よりあの銃の安全装置が掛かっているかどうかわからないじゃない…下手に啓次が殴りに行って暴発なり狙って撃たれたりしたら下手すると誰か死んでたわよ?」
ここでボクはやっとわかる。
全部この二人がボクの為に全員無事に帰れる方法を取っていてくれていたのだ。
ボクが一つ安心すると同時に回りに殺気が生まれたのに気づく。
「どうやら…まだ安心できないみたいね…流石にボクも気づけたよ」
彼と莉沙の表情も真剣な眼差しが生まれる。
それと同時に殺気の生まれた先から声が聞こえ始める。
「リーダーの合図が鳴ってるんだ。集合場所へ急げ」
その声にボク達はハッとする。
あの銃声は暴発でも狙いが外れた訳でもない。
殴られた瞬間から意識を途切れさす間に安全装置を外し合図の為に狙って撃ち放っていたのだ。

「まったく…乃依は相変わらず動けないか?」
頭を掻きながらも相手を見据えつつボクに問う彼。
「ごめんね…ちょっと無理っぽい」
ボクは本当に申し訳ない気持ちで答える。
事実ボクの足は震えて立ち上がることさえままならない。
「しょうがないわね。私も前線に立つから精々そこの男を見張っておきなさい?」
そう言いながらコートを翻し歩き始める莉沙。
(ボクより小さな子が戦うって言ってるのに…)
思わず拳を地面に叩きつけるが何も解決はしなかった。
ボクはせめてでもと彼らの戦いを目に焼き付ける事にした。
次はこの震えを止めそこに立てるようにと…

「そこのチビとあの姉ちゃんは回収対象だ!!コートの男を全力で殺せ!!」
サブリーダー的な人間が声を張り上げると10人程で徒党を組んでいた男達は狭いこの空間でありながらも散らばる。
明かりは月明かりだけ。
暗い色のコートを羽織った彼と莉沙の身体は闇に半分溶け込んでいてそこには男達しかいないようにも見えた。
「まったく…私も舐められたものね…本気で来ないと私が貴方達を殺しちゃうかもよ?」
不敵な笑みを湛えながらコートに手を突っ込む莉沙。
「殺しはするなよ?そういうのは俺の仕事だ」
彼の方は逆にコートから手を出し明らかな喧嘩作法での構えを取る。
それが合図の様に男達は襲い掛かり始めた。
彼と莉沙は散らばり各自、各個撃破を始める。
「よっと…お前らこんなんでマスターの仕事こなせてるのか?」
彼の方は全く危なげなく急所を射抜きながら倒していく。
前に見た半ば不可視の一撃は健在で闇夜と同化した彼の動きを捉えている人間はいない。
はためく彼のコートの裾が目印になっているがそれも男達には単なる邪魔でしかない。
そんな彼の方は心配はいらないがやはり気になるのは莉沙の方だ。
とても戦闘なんてできるとは思えない。
ボクは彼から莉沙の方へ視線を移すとそこには信じられない光景が繰り広げられていた。

「これで3本目」
月明かりが銀色の何かが反射したかと思うとそれは直ぐに鈍く赤く染まる。
「くそっ…この糞ガキが…」
呻きながらその銀色の物体を身体引き抜く男。
その物体はナイフだろうか。
深く刺さっていたようで刀身の半分は赤く染まっている。
「まぁ、そこそこ頑張ったんじゃない?」
その一言を莉沙は吐くと空手のはずの右手を男に対して振ると再び男の腹にナイフが突き刺さる。
「4本目はちょっと刺激的に…ね?」
ボクは全く捉えれなかった。
その一言が発せられたのは男の直ぐ真下まで迫った所。
そのまま莉沙の膝蹴りがナイフの柄に当たる。
そのまま呻き声を挙げながら男は転がる。
しかし事態を重く見たのか直ぐに莉沙の元に別の男が現れる。
「まったく…少しはレディに優しくできないの?せっかちなのは嫌われるよ?」
そう言い振り向き様に左手も引き抜き何かを吹き付けると男は苦悶し立ち止まる。
「最近の小学生は物騒だから催涙スプレーぐらい持ち歩いているのよ?まぁ、咄嗟に使えるはず無いでしょうけどね」
そう言いながら当身で転がし頭部に蹴りを入れて失神させる莉沙。
正直強すぎる。
どうやってナイフを出現させているのかとかどうでもいい疑問に思える。
何故ここまで戦えるのかというのが目下の疑問だ。
「啓次、あとそっちは何人?」
目の前の光景に怯んでいた男に再び空手の右手を振りつつ尋ねる莉沙。
「あと…全体で5人ぐらいか?こっちは後2人だ」
あれほど善戦していた彼も一度に2人を相手するのはキツイようだ。
(ボクは…結局足手まといか…)
そう考えた瞬間にボクの目の端に何かが映る。
「莉沙!!危ない!!」
ボクは思わず叫んだ。
その声に気づく莉沙だったが一歩遅かった。
辺りに耳を塞ぎたくなる様な数度の破裂音と硝煙の香りが包む。
莉沙のいた場所の宙には彼女のコートが揺れ落ちる。
「莉沙ぁー!!」
ボクの叫ぶ声は空しく響くだけ。
「へへッ…まぁ、あっちの姉ちゃんだけでも今回は黒字だ…それに抵抗したガキが悪いんだ…」
震える手で引き金を引いた男はそう言いながら次に彼に銃口を向ける。
彼は気づいてはいるものの2人の相手で対処ができていない。
そんな状況でありながらも彼の表情はむしろ少し笑みが零れていた。
(こんな状態で笑うなんて…)
少し彼の思考を疑っていた所に銃口を向けていた男の方を見るとおかしな状態になっていた。
「あのコート高かったんだけどあんたの財布の中身で足りるかしら?オーダーメイドって結構時間も掛かるし迷惑なんだけど代金ぐらいは置いていってもらわないとね」
そこにはいつの間にかコートを脱ぎ払って無傷のまま男にナイフを刺している莉沙がいた。
莉沙のベルトには数本のナイフをストックする為のホルダーがありその内の一本を抜き取り今度は突きつける。
「なッ…なんで、殺したはずなのに…」
動揺が隠せず銃口を莉沙に向けようとしても震える所為か莉沙の方へ持ち上げるのもやっとという状態。
「ん?マジシャンなら瞬間移動の一つや二つ持っていておかしくないと思わない?結構古典的な方法で移動したのだけど見破れなかったのね…まぁ、これ以上喋っていて冷静さを取り戻されてもめんどくさいし…」
そう言いナイフを突き刺す。
先ほどのは余程腕がいいのだろうか痛覚を上手く避けていたようで次は苦悶の表情を浮かべる。
「やっぱり更に奥に差し込まれると痛いのかしらね」
そう言って素早く身体を捻り回し蹴りで先ほどまでのようにナイフを男の身体にめり込ませる。
「コート代の徴収は全部終わってからね」
やはり男は地面に転がり痛みで悶え立ち上がる様子はない。
そんな男の手を莉沙は踏み潰し拳銃を放させるとボクの方へ蹴り飛ばす。
たぶん見張ってろっていう事だろう。
ボクは大人しく回収し事態を見守った。

それからは速かった。
莉沙の無事が確認されると彼は2人を瞬殺し残り2人となった時だった。
「これでナイフも最後だし一回で終わらせてあげる」
「ったく…こっちとら休日だったというのにな…」
莉沙と彼がそう言うと2人同時に蹴りを繰り出し沈黙させた。
辺りには呻きながら転がる男共という阿鼻叫喚にも似た光景が広がる。
2人がこっちを見た瞬間にこの場に拍手が響く。
思わずびっくりしてボクは拍手の主の方へ向く。
そこには髭面の大男とボクと同い年ぐらいの男が2人立っていた。
「お見事。おかげで楽ができたぞ。ロン」
大男が満足そうに豪快に笑いながら言う。
残りの2人は颯爽とこの場を駆け倒れている男達を回収している。
「今回はマスターの仕事はしてないからその名前は止してくれ」
うんざり気味に言う彼がそう言うのだからこの大男が彼がよく言うヤバめの仕事を回してくれるマスターなのだろう。
「だったら私の方も名前で呼んでほしいな。燈司という名前があるのにな…っとそれでも今回は君に助けられた。これは今回の報酬だ」
そう言いながらマスター…燈司がなにやら封筒を2つ取り出し一つは彼に、もう一つは莉沙に渡す。
「報酬って…だから今回は仕事を請けては…」
「今回は私の個人的な理由で動いて私が潰すつもりだったから誰がこいつらを潰しても良かったんだよ。早いもん勝ちだ…おっと、ちゃんと安心しろ?そいつらは単なる回収班だ。横取りされたと逆恨みなんてしないからな」
その言葉に莉沙は少し嫌な顔をしていた。
「それだと私までこれから先こういう仕事しないといけないみたいじゃない…というかこいつらはなんなの?」
莉沙の問いにこれまた豪快に笑いながら答える燈司。
「まぁ、嬢ちゃんには一つ将来の仕事の選択肢が増えたということでな。私の所は仕事は強要しないから仕事が欲しかったら店に来てくれればいい。腕は確かだからいい仕事回してやろう。今回のはお小遣いとして取っておいてくれ。ロンの方は仕事だから正当な報酬と仕事の取引証明書だ…っと、こいつらだよな…最近の変な噂は知ってるか?」
その言葉にボクを含めて全員が無言で頷く。
「こいつらは元々私の仕事をやっていたんだが品物取引の際に金持ってトンズラしやがってな…10人で割ったら大した金にならないからそれを資本に娼館を開きやがってそこらの女を拉致りやがってたんだよ…知り合いのパブの女もやられたみたいでな…この街を任されている身としてはここまでアホな事をやられる訳にもいかねぇし私の娘もそういう目にあって欲しくないんで芽は潰しておいた訳だ…っと回収も済んだみたいだし騒がせたな…」
長々と喋った後にそのまま帰ろうとする燈司に彼は呼び止める。
「今回のは仕事でいいんだな?」
その問いに燈司は足を止め答える。
「そりゃいいさ。成績表に加算しておくから少しは良い仕事が回ってくるかもな」
よくわからない単語が出てきたが聞ける雰囲気ではなかった。
「なら、今回の経費を請求したい」
彼は莉沙が羽織っていたコートを拾い上げそう伝えると燈司は少し真剣な顔で口を開いた。
「この散らばっているナイフか?嬢ちゃんの武器だったみたいだしこれぐらいなら払ってやろう」
「否、それも含みたいが今回はこっちだ」
そういいコートを放り投げると燈司はそれを受け取る。
「そういえば嬢ちゃんのコートは穴開いちまってたな…しょうがない。普段は衣服の保障なんてしないんだが今回は私の我侭で巻き込んだようなものだし嬢ちゃんの将来性を見越してサービスしよう…っで同じものでいいんだな?なら2日程待ってくれればお前さんの所へ送れるだろうよ…んじゃまたご贔屓に」
それを言うと今度こそ去っていった。

「これで…終わったの?」
今までいた空間にボク達だけとなって少し経った所でボクは呟く。
「まぁ、そうじゃねぇの?」
「あんたも少しは使えるようにならないとだめよ?啓次と付き合うって事考えればこれぐらいまではいかなくてもある程度危ない橋渡るわけだし」
莉沙はボクの手を引き腰が抜けているボクを起こそうとしてくれているが一応既に治っているので一応借りるが殆ど自力で立ち上がる。
「まぁ、そうだよね…これぐらい」
そう一つ呟くと彼はそれに答える。
「俺と付き合うとそうなるって死神か何かじゃないんだから…そういう関係になりゃ色々と策は練るし何よりこういう仕事は既に請けていねぇって…」
一つ懐からタバコを取り出し火を点けようとすると莉沙は素早く取り上げる。
「まったく…いい加減やめたら?早死するわよ?というか私達を早死させるわよ?」
そんなやり取りを見て…否、先ほどの戦闘や今までの事を思い返してボクは一つ思う。
(あぁ…莉沙には敵わないな…)

「ねぇ、いくつか質問いいかな…」
そろそろこの場から離れようという所でボクは2人を引き止める。
「なんだ?別に事務所まで行ってから…というか明日でいいんじゃねぇか?どうせ来るんだろ?」
「そうよ、また襲われたいの?」
そんな事を口々に言うがボクは半ば無視して質問を始める。
「莉沙は何時からあんなに戦えるように?」
「前からよ…マジシャンとしてある程度名前を売ったら窮屈な世界だったんで街にある小さな小屋だけで披露してたんだけど、マジックを使ったイカサマギャンブルの店が数件ある事を知って潰して以降面倒な連中がきたからかな…マジックを応用してのスタイルは啓次と付き合い始めて危ない橋を渡りそうだからその時から考えてた…あそこまで上手くいくとは思わなかったけどね」
少し自慢げに言う莉沙に続けて質問を始める。
「樋野さんの好きな飲み物ってしってる?」
大分さっきの質問から外れた質問。
だけど今のボクには必要な質問。
「ん?確かコーラだっけ。コーヒーは飲めないけどカフェオレぐらいまでにすれば大丈夫だけどそこまでして飲む事はないと…」
記憶を探りながらなのかちょっと歯切れの悪い言い方をしながら彼の方を見て確認している。
その答えに無言で頷く。
という事はあっているのだろうけどボクが知らない情報がその答えに含まれている事を聞き逃していない。
「じゃあ好きな食べ物だとかは…」
立て続けに質問を繰り出す。
「特に好き嫌いはなかったはず。…でも駄菓子が異様に好きなんだっけ?啓次のデスクの一番下の引き出しにいつも入ってるし…あっ、ヤバ…」
「お前だったのか…いつも少しずつ無くなってると思ったら」
そう言いながら莉沙の頭を乱暴に弄る彼。
「妹…理留の存在は?」
「一応は会う前には知ってたわよ?名前とか顔は知らなかったけどいる事は知ってた…まさか苗字が偽名って所まではわからなかったけど」
「そういえば理留と乃依は幼馴染だっけか…俺が家に居るときは色々ゴタゴタしたしお前らも何かあったらしいし会う事はなかったよな」
「なら…なら…」
ボクは次の質問をしようとしても何故か声にならない。
でも泣いていたりしているわけでもなさそうだ。
こういう時はあの時身についた技術…感情を表に出さないようにする技術は役に立つ…
「まったく…なんなの?確かに啓次と付き合い始めたのは私の方が早くて情報が手に入るのは早かったけど…そうか、これで一応フェアな状態になるのか…っというならとっておきの情報。啓次のエロ本の隠し場所は書庫の3列目の真ん中の棚の奥ね。巨乳好きみたいだからあんたには有利かも」
そう言い莉沙は彼の方をみると何故それをというような感じの表情。
前に一度バレて場所を変えたのか元々見つからないと思っていた場所なんだろう。
でも今のボクにはどうでもいい情報になり始めていた。
「あはは…やっぱり敵わないや…隠し事を持ったままじゃちゃんと曝け出した人には勝てないよね…」
ボクは自嘲じみた笑いをしたまま懐に手を入れる。
(変わろうとしなかったボクには最初から勝ち目はなかったんだよね…)
そのままボクは1つのメモリーカードを取り出す。
そのメモリーカードにはとある数字がマジックで書かれている。
莉沙にはわからないだろうけど彼はわかるはずだ。
これがなんなのか…
ボクはそのメモリーカードを彼の目の前で力を入れてみる。
それは案外簡単に2つに割れた…
その行為に彼はびっくりした表情を一瞬するがそのまま冷静さを取り戻しこの行為について問おうとしていそうだけどボクは遮り言葉を紡ぐ。
「大丈夫…バックアップとかは取ってない。これでボクと樋野さんの関係はお終い…ちゃんと恋人らしい事できなくてごめんね…」
こういう時でさえ涙を出さないのは特技ではあるけどやっぱり苦しい。
「ちょっと、何なのよ一体」
莉沙が少し慌てながらボクと彼に質問してくる。
「…ボクにはどこか樋野さんが信じきれていなかったのかもしれない…だからかな…ふと莉沙と樋野さんの関係を見ちゃったら勝てないってわかっちゃって…さっきのだってボクがいない方が上手くいっただろうし何より息もぴったりで…嫉妬よりも諦めがでちゃった…ボクは樋野さんの横には立てないよ…だからボクの分まで樋野さんをよろしくね?」
そこまで言い一つ区切りをいれる。
すると彼が口を開いてくれた。
「それでいいんだな?今なら俺はお前を迎え入れる事はできる。だがここで去れば契約はそちら側の解約という事になる」
冷静に半ば冷徹に言う彼にボクの心は救われた。
ここで下手にやさしくされたら絶対に迷いが生まれてしまう。
ボクは決心したのだ。
勝てない勝負に何時までも乗っかる必要はない。
それに彼から十分ボクに必要な事を教えてもらったのだ。
これ以上の事をもう望んではいけないと…そう思う。
だからボクは2人に向かって決意の意思表示として声高らかに言う。
「いままでありがとうございました。これからは一人前の写真家になる為に精進していくんで、もしボクの作品が世の中に出回ったら是非見てやってください。お別れの前に2人には今までのお礼と言ってはなんだけどボクのフルネームを…ボクの名前は───」

夜の街を抜け町を駆ける。
あの宣言の時に気づいてしまった。
あそこはボクと彼が始めてあった場所だった。
(まさか出会いと別れが同じ場所になるなんてね…)
只管駆けるボク。
目的地も何も決めずにただ走る。
今は立ち止まる事が怖い。
そんな中ふと気づくとそこはボクのバイト先である『トワイライト』沿いの海岸線。
ボクが彼に告白をしようと決心したマジカルアワーと少年に会った場所。
その道沿いに見覚えがある人影が一つ。
ボクはその人影に向かって猛ダッシュし抱きつく。
その人影であるこの人は一つびっくりしたような表情を取っただろうけどすぐさまボクを受け止めて頭を撫でてくれる。
そこで初めて今日…涙が零れ嗚咽を上げた。
(ボクはちゃんと彼を好きでいられたんだ…だからこんなに、悲しくて苦しいんだ…)
何も聞かずにただ抱きしめてくれるこの暖かさにボクは甘えながらただ泣きじゃくるだけだった。

恋というのは客観的に見たら負けなのかもしれない。
その人と釣り合っているかとか他人から見ておかしくないかとか考えれば考えるほど怖くなっていく。
恋は盲目であり続けないといけないのかもしれない。
そして隠し事もあってはならなかったのかもしれない。
それはただ自分を蝕んでいく自虐の刃にしかならないのかもしれない。
ボクはその刃に負けていた。
盲目であり続ければ傷に気づかなかったかもしれないのにボクは見てしまったから…


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