No37 沈没

─沈没
@船などが水中に沈むこと。
明鏡国語辞典より

(まったく…やっぱり少し重いな…)
背中に預かった重みはやっぱり重かったが降ろすわけにもいかない。
微かに伝わる暖かさと頬にかかる規則正しい小さな吐息。
俺は思い人を背に抱え月夜の町を只管彼女の家を目指していた。
こんな状態になったのは数時間前の一本の電話から始まった。

晴陽祭に期末試験という俺の通う晴陽高校の2学期のイベントも終了し慌しかった日々に平穏が戻り始めていた休日。
「あぁ…まったくどうすればいいやら…」
俺はそんな休日を部屋でベッドに転がりながら雑誌を読み過ごしていた。
いつもならカメラ片手に飛び出していたりしているのだがここ最近はこの調子。
それもこれもこの時期が悪いのだ。
「クリスマスぐらい…誘ってどこか行きたいよな…」
12月に入り街中はクリスマスムード全開。
嫌でもクリスマスの事が過ぎりそして彼女…真理香さんの事が頭に浮かぶ。
そして先日…という程最近でもないがあのファミレスでの出来事がフラッシュバックしベッドの上で悶える。
今まではなんとか抑えられていたこの感情も今では一人になれば抑えることなんてできなくなっていた。
誰かが近くにいれば隠したいという一心でなんとかなるけど最早それさえできなくなるのも時間の問題だ。
「…よし、今度会ったら告白してやる。成功したら今の有り金全部使ってでも最高のデートプランを立てる!!」
俺はあえて失敗するという可能性を頭から除外し告白の言葉を考え始めると突然携帯が鳴る。
「ん?誰からだ?」
携帯の画面に表示されているのは少し前に出会った人間の名前だった。
「もしもし…」
その応対の言葉も待たずに相手から大声で第一声が飛び出す。
「秀次君、ちょっと関環大の駅までダッシュで来て!お願い!!」
その言葉が発せられたかと思うと直ぐに電話は切られていた。
電話の相手であった乃依さんとは何度か撮影の手伝いをして欲しいだとか言われて借り出された事はあったが今回みたいに当日に強制的に呼び出される事なんてなかった。
(まさか、何か事件に巻き込まれているとか…)
俺は何となく嫌な予感がするとすばやく身支度をして家を出る。
親には何時に帰宅できるかわからないと告げて駅へと駆ける。
しかし、あの時は考え事をしていたのといつもとは違う行動を起こしている乃依さんで頭が回っていなかったのだ。
よく考えれば電話をかけれる状態なら俺じゃなくて警察なり怪我なら救急に電話してるだろうと…

何が起きたか特に確認も取らずに電車に乗り込み関環大の駅…関条環境大学前駅へと辿り着く。
(そういえば、真理香さんはここの大学に通ってるんだよな…)
そんな事が頭に過ぎったが今は乃依さんの方に頭の回転をさせなければならない。
(ったく…どこにいる!?)
俺は駅の構内から出て駅前広場を見渡しても件の乃依さんは見当たらない。
俺は焦り始めまず連絡を取ろうと携帯を取り出した時だった。
「ごめん…秀次君…ここにいるからとりあえず肩貸して…」
その言葉と共に俺が着てきていたコートの裾が引っ張られる。
俺が視線を落とすと妙に顔が赤い乃依さんがしゃがみこんでいた。
「だっ大丈夫ですか!?こんなに体調悪いなら俺じゃなくて病院の方に…ん?」
俺は肩を貸そうとしゃがみ込んだ時に気づいた。
「あはは〜…心配させてごめん…ただアルコールが入ってるだけだから」
そのアルコール臭に…

「にしても…その荷物なんです?…というかどこに行くんですか?」
俺はある程度乃依さんのアルコールが抜けて歩けるようになっている事を確認すると乃依さんに連れられて町を歩き始めた。
「これ?これは追加の買出し…これを口実に秀次君を迎えに行けたんだよ。それで、今から行くのはその宴会場…秀次君には相手というか少し黙らせて欲しい人がいてねぇ〜」
(はて…黙らせて欲しい人?)
少し俺は考えてみると何となく思い当たる人が出てきた。
「もしかして、その人はアルコール飲料が飲める年齢ですか?」
その質問に乃依さんは乾いた笑いを一つ残して答えてくれる。
「まぁ、バレてますよねぇ〜…さて、ここが今日の宴会場のボクの幼馴染である理留の家ね」
そう言って乃依さんが立ち止まった所は一つのアパート。
藍葉荘と掛けられた木造の看板が古めかしさを醸し出している。
この藍葉荘は関条環境大学の学生が多く住むという事で半ば学生寮と化している有名なアパートの一つ。
有名な理由の一つとして小学生の管理人がいる事だろうか。
まぁ、その小学生もここ数年全く容姿を変えていないので人間なのかどうかも怪しいという噂もある。
その他にも色々と噂が絶えないアパートなのだが流石にこのアパートを訪れる事になるとは思いもよらなかった。

「ただいま〜」
「お邪魔します」
玄関に本間と書かれた表札の部屋に入り挨拶をして上がるとそこは既に酒の匂いで充満していた。
「おかえり〜…ろこにいっれたのよ」
「私にこの酔っ払いの相手させ続けないでよ…んで隣は誰?」
ツマミにしていたのだろう焼き鳥の串で俺を指す女性。
部屋に居る2人の内、既にほとんど倒れながら酒を煽っているのは真理香さんなので普通に考えればこの女性がこの部屋の主なのだろう。
乃依さんの言葉と玄関の名札を思い出して自己紹介を始めることにした。
「本間理留さんですよね?俺は上山秀次。一応乃依さんとそこの酔っ払いの知り合いです」
この言葉ではまだ信用されないのか疑いの目でこっちを見てくるので以前乃依さんに勝手に入れられた名刺を理留さんだけに見えるように見せてみると納得がいったらしく俺を招き入れてくれた。
「一応男子禁制のアパートではあるんだがね…乃依の信頼の置ける人間なら大丈夫だろう」
初めてここが女性専用アパートだと知って俺は少し怖気づいたのだけれども。

俺が部屋に上がりカーテンの開かれた窓の正面に立った瞬間だった。
大きな殺気が部屋…というより明らかに俺に対して生まれる。
それに理留さんも乃依さんも気づいたのか一つ理留さんは乃依さんにジェスチャーで指示すると乃依さんが部屋を出て行く。
「まぁ、これで今日は気兼ねなく飲める」
その理留さんの一言が乃依さんが出て行って少しした後に出ると殺気が無くなっていた。
それから少しすると乃依さんが戻ってくる。
「さてさて、ボクもまた飲み始めますか…っで、秀次君は飲めるの?」
その問いに俺はウーロンハイ用にでも買ってあったのだろうウーロン茶を手に取り答えた。
「高校生なんで俺は今日はこれで付き合います」
「えぇ〜、高校生なら飲もうよ〜」
そんな乃依さんの我侭に何処から取り出したのか理留さんがハリセンで叩く。
「こいつを潰したら真理香の相手は誰がするんだ…ってそろそろ真理香は私から離れてくれないか?」
いつの間にか理留さんに抱きついていた真理香さんを離そうとするとあっさりと手を離す真理香さん。
そのまま机にだらしなく伏せながらも一杯煽りそのまま愚痴を溢し始めた。
「らってぇ〜…一葉は彼氏できて今日はお泊りとかいっれるし店長は最近わらしに仕事増やすし秀次は最近海きてくれらいし…秀次に会いたいよぉ〜理留ぅ〜」
そんな事言いながら再び抱きつこうとする真理香さんに理留さんは阻止をしながら俺に相手をさせようと仕向け始める。
「その台詞、今日何度目だよ…その秀次とやらはそこにいるぞ?」
「はぇ〜?ほんとら〜…」
さっきから呂律が回っていない真理香さんがそのまま俺に擦り寄ってきたかと思ったらそのまま俺の膝を猫のように頬を擦り付けていた。
「…いつも酔うとこうなんですか?」
俺は思わず理留さんに尋ねると新たに乃依さんが買ってきた缶ビールを開けグラスに注ぎながら答えてくれる。
「真理香は酒弱いくせに飲むからな。今日は鬱憤が溜まっていたから特に酒癖は悪いみたいだが…」
注ぎ終わると同時に俺の方に嫌な視線を送ってくる。
さっきの真理香さんが言っていたように俺は最近海の方へ顔を出していない。
というより勝手にもう海へ来ていないと思っていたのだ。
なにせもう秋を過ぎて冬へと季節は向かっているのだからサーフィンなんてやっているとは思っていなかった。
「…つまり俺が悪いと?」
「そこまでは言ってないさ。ソレが勝手に舞い上がってただけだしな」
お互いグラスを傾け喉を潤すと再び口を開き始めて。
隣に座っている乃依さんは只管割って飲むという作業をこの部屋にたどり着いて数十分の間に数十回繰り返していた。
「最近、真理香の惚気が激しいんだよ、私としては付き合ってもいないのにここまで惚気られるのは面白くない」
続く話は明らかに俺に刃を向けている。
「付き合っていれば良いわけですか?」
俺の返す刃は弱々しいただのオウム返し。
「私は人が不幸になるのが嫌いなんだ。振ろうが付き合おうが私は真理香がこの先の糧として成長してくれればいいと思う。アレがある以上どうせ真理香が言ってるように今まで男と付き合った事…というかここまで惚気る程男と触れ合うなんて事なかったと思うしな」
その言葉に俺は言葉を汲み取ってみせる。
「つまり…今のままの中途半端はやめてみせろと…」
「そうだよ〜?中途半端なのって楽かもしれないけどやっぱりモヤモヤして辛いからねぇ〜…ボクもどうかしないとなぁ〜…」
突如会話に横槍を入れてそのままフェードアウトし窓の外を見始める。
乃依さんも何か想う事があるのだろう。
「まぁ、そういう事だ。お前さんはどうかは知らんけど真理香にとっては初めてに近い恋人になれそうな思い人がお前さんなんだ。もう少し真理香の事を考えてやってくれ」
その一言に俺は思わず真理香さんの方へ目を落とす。
そこには満面の笑顔で眠りに落ちている真理香さんがいる…
(全く…これだと俺が来た意味って寝かしつけるだけみたいじゃないか)
俺はとりあえず起こそうと頭を回し行動する。
「…貴方…寝るなら帰りますよ?」
俺は少し真理香さんを揺らすと何とか起き上がってくれる。
「…もう少し飲む」
そう言いながら危ない手つきで缶を開けようとするが開く気配すら見せない。
「まったく…俺が注ぎますからこの一杯ぐらいにして帰りますよ」
そう言いながら俺は缶を取り上げて開けると真理香さんの持つグラスに注ぐ。
真理香さんは酔いのせいであろうけど顔を赤くしながら一言「ありがと」と言いグラスに口をつけ始めた。
「まったく…弱いんでしたらちゃんと自制して飲まないといけませんよ?」
俺はウーロン茶に口をつけながら真理香さんの方を見るが一口飲んでグラスを置いた真理香さんは2口目へ行く様子はない。
(ん?流石にこれ以上は飲めなかったのか?)
真理香さんま周りに散らかっているビンやら缶やらを見ればアルコールに強い人間でも酔いそうな数が積まれていた。
「乃依はそろそろ止めろよ?ラストスパート用に買出し行くって言ったんだからその一本で帰れよ」
理留さんの一言に乃依さんの方を見ると両手に山ほど持っていたあの袋の中身は既に乃依さんが持っている一本のみとなっていた。
「えぇ〜…今日は泊めてよ」
「残念ながら明日、綾花ちゃんと咲花さんとでここで打ち上げパーティをしてくれるそうでな…掃除もしないといけないし、だからお前等を泊めて置けない」
「えぇ〜…ならそれに参加させてくれれば…」
「半ば彼氏持ちのお前等なんか参加させてやるか。私のハーレムは邪魔させない」
その一言が放たれると不満を漏らしながらも乃依さんは最後の一杯を飲み干し帰り支度を始めた。
「俺達も帰りますよ?」
それに便乗するようにそう言いながら真理香さんの身体を揺すってはみるものも起きる様子はない。
「あらら〜潰れちゃったかぁ〜理留、いつものお願い」
乃依さんがそう理留さんに言うと先程使っていたハリセンを理留さんは構える。
「さて…毎度毎度、面倒な酔っ払いだッ!!」
一つ息を吐きながら繰り出されたハリセンは今まで聞いたことのないような大きな破裂音をさせて真理香さんの頭に一撃を与えていた。
そのハリセンは叩かれた後粉砕しているという不可解な壊れ方をしているが多分力の掛け具合や力学的だったり何だったりで壊れたという事にしておく。
「むぅ…もうおひらき?」
暫く寝ていたのが良かったのか呂律は言葉が聞き取れる程度にまでは復活している真理香さん。
それでもまだ何時倒れてもおかしくないような舌の回りかたではあるのだけれども。
「お開きだ。そうだ、少年は真理香を送っていけ。男ならそのぐらいはやれよ?まだそこまで深くなくても女性を、しかもこんな状態の女性を一人で帰す訳ないよな?」
そんな言葉を発する理留さんにはどこか俺に対して挑戦的な態度が見られる。
何となく理留さんにまで少年扱いされているのに少々不満があったので少し皮肉るように返してみる。
「というか、最後まで面倒を見させる為に呼んだのでしょ?俺の名前を連呼するから乃依さんが知っているなら呼べって感じで」
「わかってるならちゃんと送れよ?真理香は酔っている間の記憶は決まって無くしてるがだからといって手を出したら少年の頭を紙ではなく鉄扇で殴る羽目になるだろうからな」
どこまでも何故かハリセンに拘る理留さんに何故か可笑しくなったが一つだけ疑問と更に生まれた不満を理留さんにぶちまけて置く。
「それなら乃依さんも送らないといけませんね…後、突然呼び出されて酔っ払いの面倒みるのに報酬も何もなしですか」
少し不満げに言って見せると一つ笑い飛ばしながら理留さんは答える。
「乃依の方は大丈夫だ。何せ引き取ってもらう奴を呼んであるからな…んで報酬ねぇ…こんな美人だらけの飲み会に男が一人だけ参加しているっていうのも十分な報酬だと言いたいが…そうだな、酔ってる内なら真理香の乳の一つでも揉んでおけ。醒める前にやっとかないとどうなっても知らんけどな」
そんな冗談めいた言葉をとりあえず受け取っておくとふらつきながらも立ち上がり玄関の方へ向かっている真理香さんを追いかけた。

妙にしっかりとした足取りで駅へ向かう真理香さん。
(この調子だったら告白しても大丈夫だろうか…)
ここへ来る前に考えていた会えたら告白するという事にどうも酔うと記憶を無くすという真理香さんの今の状態にするべきかどうか迷っていた。
そんな迷っている状態で歩いていると無言のまま駅に到着し俺が切符を買っていると真理香さんはそのまま改札を通ろうとする。
(…やっぱり酔ってて頭回ってないのか?)
俺は券売機から切符をふんだくると真理香さんの方へ急ぐ。
一方の真理香さんは最近導入されたというこの路線のICカードを持っていたらしく反応させて改札の奥へと通っていっていた。
俺は慌てたのが馬鹿みたいだったなと思いながらも見逃しはしなかった。
真理香さんがほんの数ヶ月前に切れた定期をICカードの入っていた定期入れに入っていた事を…

相変わらず無言のまま電車を待ち乗り込み駅に着き降りる。
何か話せば良かったのだが話題も見当たらずとは言えさっきの定期の事を聞くわけにもいかない。
駅から出ると電車の中で暖まった身体が寒気晒されて思わず身震いする。
「さて、さっさと帰って暖まりますよ」
そう言いながら俺の後ろをついて来ているはずの真理香さんの方をみると改札を出てすぐあたりで蹲っていた。
「どうしたんですか?貴方、こんな所でしゃがみ込んでいると邪魔ですよ」
そう言いながら近づくと案の定酔いか何かで動けなくなっていたようだ。
「まったく…ほら、おぶさって下さい」
俺はしゃがみ真理香さんの身体を背中に預かるとそのまま真理香さんの家に向かうこととなった。

(まったく…やっぱり少し重いな…)
背中に預かった重みはやっぱり重かったが降ろすわけにもいかない。
微かに伝わる暖かさと頬にかかる規則正しい小さな吐息。
「貴方じゃなかったら置いていったかもしれませんね…」
聞いているはずもない言葉を投げかける。
もちろん答えは返ってこない。
(やっぱり告白しなくて正解だったな…)
そんな思いで家まであと半分という所で耳元で言葉が紡がれた。
「…秀次…大好きだよ…」
その言葉にたとえ聞こえてなくても、記憶に残っていなくても関係ないと俺は決心して思いを言葉にした。
「俺も、真理香さんの事好きです」
その言葉を発して空を見上げる。
(あぁ、月が綺麗だ)

─沈没
@船などが水中に沈むこと。
A酔いつぶれて動けなくなること。
明鏡国語辞典より


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