No32 扇風機

嫌な予感はしていたのだ。
あの事件の後全く顔を見せない部長。
その代わりのように綾花が正式に女陸へ入部。
そんな9月が始まり晴陽祭の準備が本格的になってくる時期。
次期部長候補でもある私を差し置いて先輩と綾花で会議が連日行われていた。
それも、部長が私達のいない内に書き置いた手紙によって決まっていた人選だった…

「さて…今日も元気に部活動しますか」
私は大きく伸びを一つして部室へ向かう。
その途中携帯が着信を告げる。
「ん?…えっと、美波さん?…またかぁ…」
相手は、私の父の店のアルバイトさんで尚且つ同学年の向山美波さん。
最近彼女が習っていた護身術をある女の子に稽古付けていて小学生と小学生並の体格をしている二人では暴漢対策にならないという事で平均身長はあり身体能力がある程度ある私が半ばサンドバックの役目を担っているのである。
(まぁ、一方的に殴られている訳でもないし、私も稽古を付けてもらっているからいいか…)
美波はその容姿から想像できないがその流派の師範代クラスの実力の持ち主だそうだ。
参考にはならないが格闘術も喧嘩もしたことのない私ではとりあえずいつの間にか地面に叩き付けられていた程だ。
(授業の柔道ちゃんと受けててよかったよな…受身取れなかったら骨の一本ぐらい折れてるって…)
そんな事を思い出しながら携帯のメールを確認し案の定稽古の事だったので私は快諾の返事を送った。

「それで、これぐらいの風量でいけば上手く…」
「否、やっぱりソレは最終手段としてハプニングを演出してソレは死ねば諸共と言う方面の方が…」
部室の前に立つと何やら不穏な会話が聞こえてくる。
カーテン等で仕切ってあって中は見えないがそれで暑いのか閉め忘れたのか微かにドアが開いていてそこから声が漏れている。
(まったく…一体何を考えているのやら…)
私は変な事になる前に止めるべく部室へと入っていった。

「藍葉ちゃん、やっぱりここはもう少し作戦を練るべきかと…」
「それもそうね…まぁ、私とて新入部員の身だしあんまり口は出したくないけど部長の推薦だし…これは一度持ち帰って議論のし直しね。できれば本人入れての実践がいいけど流石に先輩にコレを話すと反対され…」
そんな事を喋っている綾花の裏に私は立つが周りの反応なのか勘が鋭いのか口を閉じる綾花。
私は変に構えられる前に後ろから綾花に抱きつく。
「な〜に話してたのかな?」
そのままの格好で綾花に尋ねる私。
同じ机にいた先輩達が机上の資料らしきものを慌てて片付けているのはわかるがここはまぁスキンシップも含めて綾花から問いただす事にする。
「先輩には言えません」
そんな強情な事を言い始めている綾花にすこしお仕置き。
「ふむ…これでも?」
そう言いながら私は綾花の胸を弄る。
「ちょっ…ちょっと」
驚きながらも手を振りほどこうとはせずにいるけどもそれでもこの様子だと話してはくれなさそうだ。
「強情だねぇ…服の上からじゃまだ言えないか…」
「なっ…何を…」
少しだけ頬を赤らめた綾花は私の顔を見るためか上を向く。
その時を私は待っていた。
上を向く事によって無防備になった胸元に私は素早く作業をこなす。
学校指定の模範ともなるような着こなしの綾花の制服姿。
構造は頭の中に嫌となるほど叩き込まれている。
胸元のリボンを外しブレザー下のワイシャツのボタンを適度に開け手を滑り込ませる。
「ひにゃ、先輩それ以上は!!」
「いい加減喋っちゃいなさい?なんならもう一枚下まで手を入れちゃおっかな?」
その一言に綾花は私の手を掴み少し抵抗したかと思うと諦めたのかすぐに力を抜いて一言。
「うぅ〜…わかりましたよ…言いますってば」
半ば泣きそうな感じで言う綾花にちょっぴし罪悪感を感じながら私は先ほどと逆の手順をてきぱきとこなす。
(もうちょっと弄ってたかったかな)
なんて思いながら最後にリボンを締めると私は再び綾花に抱きつく。
「っで、何の話だったの?」
「それより先輩…なんで私のその…」
何やら言いたそうな感じで口篭る綾花の言葉を何となく汲み取る。
「あれだよ、綾花かわいいし。それに感触も良くて肌触りは最高だね。病み付きになる」
そう言いながら私は綾花に頬ずりをすると綾花が思いっきり目に涙を溜めているのがわかった。
わかった瞬間には綾花は半ば爆発していた。
「どうせ、無い乳ですよ!!先輩みたいに大きくないですし、いくら揉もうが牛乳飲もうが変化なしですよ!!というか牛乳飲んでも背も変わらないですよ!!かわいいって胸無いっていう事指してるでしょ!!」
止まりそうに無い綾花の頬に私は口付けをする。
「本当に綾花自身がかわいいって言ってるの。それより私に内緒で何かしてた綾花も悪いんだよ?」
自分を棚に上げ誤魔化すかのような私の発言に納得がいったのか綾花は少し不機嫌そうではありながらも「…私が悪かったです」と言いながら先輩達に説明する許可を得ていた。
「このレズップル共が…」
そんな先輩達の溜息と共に出た言葉は聞き流すことにして…

「別に隠し立てという訳じゃないよ。ちょっと晴陽祭用の制服とアトラクションの議論をね」
瀬那先輩が頭を掻きながら私にそう説明する。
「制服?アトラクション?…一体何やるんですか…」
私は今回、綾花と先輩達に晴陽祭の実行委員が任された以降部員の半分ぐらいと一緒に陸上の練習ばかりをしていた。
この時期ならもう全員で晴陽祭の準備に入っていて当たり前なのだがまだ何をするのか知らされてもいない。
「喫茶店…朝菜の家でバイトしていた事もあるし…決めるのは制服と付加要素ぐらい…」
いつもどおり少し暗めな美奈先輩がそう言う。
相変わらずの長い黒髪はカーテンの締め切ったこの部室で更に漆黒を湛えている。
この美奈先輩と一部の先輩は私の家がファミレスを始める前の喫茶店時代のアルバイトさんだった。
ファミレスになった時に多くの人が(とは言ってもアルバイトなんて精々5人ぐらいしかいなかったのだけどもね)辞めてしまっていた。
(まぁ、先輩達なら淹れる事も接客も上手く回るだろうし結構他の所に力を入れれるっていう事か)
案外考えている事に私は感心してその話に加わろうと一つ提案をする。
「制服なら家のをもう一度使いません?使い勝手もいいでしょうし喫茶店の時の先輩達の制服もまだありますから」
父がまた戻ってきてくれたらと未練がましく辞めてしまった先輩達の制服は残っている。
後は予備の制服を出して呼び子なりすれば十分回るはず。
呼び子なら着まわしだってできる。
エプロンなので制服の上から付ければそれで十分なので楽だと思ったのだが…
「それは駄目ですッ!!制服は喫茶店の華!!ここは点数稼ぎも含めて手作りです!!」
綾花が何故か力説し却下される。
「とは言っても裁縫できる部員なんていたっけ…」
私は頭を掻きながら部員の趣味や特技等を思い返す。
しかし裁縫なんてできる人間は思い当たらない。
「やっぱり無理だって。できない事やって怪我でもしたり予算を下手に浪費するのは得策ではない気がするけどなぁ…」
そうぼやいて見ると先輩達どころか綾花まで含み笑いをし始める。
「先輩…確かに今までの部員にはいませんでした…しかし、私が入った以上その常識は覆ります」
高らかに宣言をする綾花の傍で何やら探しているような行動を取っている先輩。
「…まぁ、観念することね」
その一言と共に美奈先輩が一つの紙袋を私に差しだす。
「藍葉ちゃんの手作りなんだからささっと着てきなさい?今回のデザインは私達でちゃんと決めたから保障はする」
そんな後押しをされながら私はしぶしぶ受け取ると更衣室へと向かっていった。
よくよく考えるとそんなに体格差のない瀬那先輩が着てもよかったはずなのに綾花が作ってくれたという事で頭の中が一杯でそこまで頭が回っていなかった。

「とっても似合ってますよ!!私の見立てに間違いは無かった!!」
もの凄い笑顔で着替え終わった私を迎えてくれる綾花。
少し照れるが私は見逃さなかった。
先輩達が完全に笑いを堪えているのを。
「先輩方…言いたい事は分かりますよ。私だって学校生活を除けばスカートなんて穿きませんし、こんなにヒラヒラしたの着ませんから」
私に手渡されていた制服は屈めば下着が見えるんじゃないかって程に短いスカートにロリータ風とでも言うのだろうかヒラヒラした装飾が付けられた洋服。
普段Tシャツにジーパンだとかラフな感じな服装しかしない私にとっては慣れない格好。
はっきり言って恥ずかしい。
「まぁ、今回はこれで決定だな。美奈、あれの用意は?」
瀬那先輩が笑いを堪えながら美奈先輩に尋ねる。
当の本人は何故か私の裏にいつの間にか移動していた。
「大丈夫…そっちの準備は?」
「大丈夫だって。ちゃんとやるから心おきなくやっちゃって?」
私の存在を無いかの様に私を挟んで会話する二人。
その会話の内容がかなり不穏な空気を含んでいる事に私が気付いた時にはもう遅かった。
「スイッチ…オン」
美奈先輩の言葉と共に私の下の方から突然猛烈な風が襲う。
突然の出来事に私は暫く立ち尽くしているとニヤついている瀬那先輩と綾花を確認して状況が把握でき始める。
(えっと…あの短いスカートで足下から風が送られれば…)
そこまで頭を整理すると私はすぐさまスカートを抑えとりあえず瀬那先輩を睨むとその手にカメラが握られている事に気付く。
「ちょっと!!なにするんですか!!」
慌ててカメラを奪おうとした瞬間私は何かに躓きそのまま床とキスしていた。

「まったく…さっき私が入ってくる前に話してたのってコレ?」
私は足元に転がっている扇風機を指さす。
私が転んだ原因はこの扇風機のコードに足を引っ掛けた事だった。
「そうです…やっぱりお色気とかのハプニングが欲しいと思いまして…」
「右に同じく…」
「…これは失敗ですね…恥じらいが少ないと面白くない…」
先輩達まで正座させ言い訳を聞くが若干一名反省してない先輩がいる事に私は文句をだす。
「正座までさせて悪かったですけど…こんなトラップ作ってどうするつもりなんですか!!」
「だから言ってるじゃない、お色気が欲しいって…まぁ、朝菜はもう少しかわいい下着選んだら?藍葉ちゃんもいる事だしねぇ…」
そう言われて何となく今日穿いていた下着を思い出していると綾花がなんとなしにだろうけど口を開いていた。
「私は、スパッツでもいいですけどね。先輩らしいし」
「…確かに躰のラインがよくわかるスパッツは素晴らしい…」
その先輩と綾花の会話を聞いて私は一つ反論しておく。
「一応下に下着は付けてますよ…というかコレを本番でもやるつもりだったんですか?」
私の怪訝そうな声がわかったのか瀬那先輩が慌てて喋り始めた。
「い、いやね?ちょっとした実験だよ。風が吹いても見えないようなギリギリなラインであれば危うい感じが人気でるかなぁって」
その言葉から察するに本当はやるつもりだったのだろうけど今回ので懲りたのだろう。
私はその言葉に免じて許そうとした時だった。
「…まぁ、元々木下の制服のスカートを捲る為だけにあった物…文化祭でなくても日常で使える…だから明日からはスパッツじゃなくて普通の下着を…」
美奈先輩の言葉が紡がれる。
主犯の残り二人を見ると明らかにやっちまったというような表情。
私は一つ深く溜息を吐き一言。
「次期部長として命令します!!今日から扇風機使用禁止!!」
私のその言葉は部室を揺らすような程大きな声だったそうだ…

嫌な予感はしていたのだ。
あの事件の後全く顔を見せない部長。
その代わりのように綾花が正式に女陸へ入部。
そんな9月が始まり晴陽祭の準備が本格的になってくる時期。
次期部長候補でもある私を差し置いて先輩と綾花で会議が連日行われていた。
それも、部長が私達のいない内に書き置いた手紙によって決まっていた人選だった…
それこそ今回の事以外にもまだこの3人は何か仕組んでくるだろう。
まぁ、でもそれもまた晴陽祭の楽しみになるのかもしれない。
あと僅かに迫った晴陽祭。
色々と大変な年になりそうだけど綾花…あなたと一緒に回れたらいいな。


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