No30 うめぇ〜

誰かの為に料理を作る。
考えてみれば別に他人の為に料理を振舞うなんて事はしなくてもいいはず。
自分が生きていける分だけやればいいし、今の世の中手作りなんてしなくても解決する。
でも私が…料理のできない私が料理を勉強しているのは多分…

「明日、私がお弁当作ってくるから」
そんな一言を昨日のお昼、裕也に言ってしまい今現在その作ったお弁当を持って登校する。
私にいつもお弁当を作ってきてくれる裕也に申し訳なく思いそんな事を言ってしまっていた。
その時は裕也は笑顔で「楽しみにしているよ」と言ってくれていたけど私が料理が全くできない事を知っている裕也の本心はわからない。
私の家庭環境を考えてなのかいつもお弁当を作ってくれる裕也に仇となって返す事にならないだろうか…と考えてしまうも今更引き返す事もできない。
「昨日は一葉ちゃんに付きっ切りで教えてもらったし…大丈夫よね」
バイト先の同僚の従姉妹である一葉ちゃんを独占する形で何とか形になったお弁当。
(お世話になってしまったし何かお返ししないといけないな…)
なんて考えながら教室へ入る。
「おはよう」
「おはよう、美波。ちゃんと登校できたみたいだな」
いつもは待ち合わせて一緒に登校する私達だけど今日は泊りがけで一葉ちゃんから教わっていたので別々の登校になってしまった。
「そりゃ、約束したもん」
そんな会話をしながら席に着き荷物を置くといつもの他愛のない会話の中に加わりに行った。

チャイムが校内になり響く。
お昼休みの合図が鳴り授業の終礼が終わると教室は購買に行く人間や弁当を食べる為に席を動かしたり移動したりする人間でごった返している。
そんな中私は鞄から弁当箱を引っ張り出し裕也を見つけると手を引っ張って校舎の外へと向かっていった。
その裕也の手には何故か鞄が握られていた。

たどり着いた先は校舎間にある中庭。
整備はちゃんとされていて昼休みはちらほらとここで弁当を食べている人もいる。
私達はそんな中の一員となって木陰へと入る。
周りはカップルと数人のグループで談笑しながら弁当を広げている人達のみ。
そんな中一組増えたって誰も気にしないし、校舎間であっても校舎から誰かが見るなんて事はそれほどない。
そんな場所で私の周りから言わせれば小さいかも知れないけど私にとっては大きな挑戦が始まる。
「こっ…これ、作ってきたから…」
緊張して言葉がつっかえるが何とか渡せる。
「ありがとうな」
そんな声が聞こえたけど何時もなら見れる裕也の顔が今は見れなかった。

無言で過ぎる時間。
何時もなら何か話をしながら食べている時間なのに何故か今日はこんな感じ。
裕也が箸を進めているのかどうかもわからない。
私はそっと裕也の方を見ると手をあわせ小さく「いただきます」の一言を言い箸を進める所だった。
ただ、その前に携帯を取り出して写メしてたけど今の私に笑顔で撮っていた裕也を止めるほどの余裕はない。
ガチガチに身体が固まるような感じで緊張して動けない。
見ていると無言で箸を進める裕也。
「なっ…何か言ってよ…」
私が何とか出せた言葉。
(まずいとか言われたらどうしよう…)
そんな事が頭を過ぎるが思い切って言えた言葉。
正直な返事が欲しい。
そんな思いを込めて裕也を見る。
そうするとおちゃらけたような表情でこっちを向くとしゃべり始める。
「うめぇ〜!!これ、まじうめぇ〜よ!!」
そんな一言に私は思わず笑ってしまう。
「何よそれ、裕也のキャラじゃない」
その私の言葉に笑いながら裕也は返してくれる。
「そうだな。でもうまいのは本当だ」
私はその一言にほっとし、そのまま裕也が箸を進めてくれる姿を見続ける。
おいしいと言いながら笑顔で食べてくれる姿がとてもうれしい。
(いつも私はちゃんと裕也においしいって伝えれてたかな…)
そんな事を思いながら見ていると裕也がいきなり箸を止め何故か持ってきていた鞄を探りだし何かを見つけ出したのか引っ張り出すとそのまま座っていた私の膝の上に乗せてきた。
(ん?これって…)
私は吃驚した表情で裕也を見ていたと思う。
「美波、どうせ昨日から誰かから教わってたんだろ?美波の母さん料理作れないって言ってたし美波の事だから俺に作るって言えないだろうから一つしか作ってなかっただろう…だからさ」
そこまで言って裕也は口を止め手で弁当を進める。
私は乗せられた包みを開いて出てきたお弁当箱に一つ手を合わせ一言。
「それなら…頂きます」
「どうぞ、召し上がれ」

お互いのお弁当を交換し黙々と食べ続ける。
そんな中、裕也が声を掛けてくる。
「味の方はどうだ?」
先ほど感想をちゃんと言えていたか悩んでしまった事に対して私はそのまま感想を言うのが少し憚れてちょっと皮肉を入れて答えてみる。
「うめぇ〜よ、本当にうめぇ〜」
先ほど裕也が冗談交じりで言ってきた言葉をそのまま返してみる。
裕也は少し驚いたような顔をした後直ぐに笑い出し私が返した言葉と同じ事を返してくる。
「何だそれ、美波のキャラじゃないぞ」
そんなやり取りにお互いまた笑いだしそのまま箸をまた進め始める。
「でも、おいしいのは本当だから。いつもありがとう」
そんな本音を後出しで少し零して…

そのままお互いに箸を進め続け最後の一口を口に放り込む。
そしてお互いに手を合わせ一言。
「ご馳走様でした」
その言葉の後にお互いを見つめあって更に一言。
「お粗末さまでした」
お互い弁当箱を返すとそのまま一服する。
「美波、本当にうまかったよ」
その一言と共に頭を撫でてくれる。
その言葉に私は「裕也のも、いっつもおいしいお弁当ありがとう」と食べていた時と同じ言葉を交わし合う。
馬鹿みたいかもしれないけどこんなやり取りが私には一番幸せだった。
お互いまったりとしながら午後の授業が始まるまでの間過ごす。
「さて、美波がうまい飯作ってくれるようになりそうだし、俺ももう少し料理を頑張らないとな」
「ちょっと、それじゃ絶対に追いつけないじゃない」
ちょっとした言い合いも幸福へのスパイスになる。
だから裕也と一緒だと私の笑顔は絶えない。
(こんな日々がこれからずっと続きますように)
そんな事を祈りながら時間が過ぎていく…

誰かの為に料理を作る。
考えてみれば別に他人の為に料理を振舞うなんて事はしなくてもいいはず。
自分が生きていける分だけやればいいし、今の世の中手作りなんてしなくても解決する。
でも私が…料理のできない私が料理を勉強しているのは多分…
多分、裕也が居るから。
裕也が笑顔でおいしいと言ってくれるからこそ私が頑張れる理由。
次も貴方においしいと言ってもらいたいから…


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