No29 コタツ

身体に加わる重み。
微かに当たる吐息。
無防備な表情。
この狭い空間はこういう事を感じる為に狭くなっているのかもしれない。

晴陽高校最大の行事である晴陽祭が迫っている。
夏季休暇の課題テストも終了し赤点ペナルティーも発表され後は中間と準備の二つだけ。
放課後となれば会議というのは最早この時期の名物。
本格的な準備は開催週だけども大まかな準備はこの時期に終わらせてしまう。
教師達の手も空くこの時期でしかできないことだって結構あるものだ。
そんな中、俺たちは文化祭の定番でもあり競争相手の多い喫茶店をやる事になったのだが…
「なんなのよこれ…」
学級委員である俺の相方の柳川がぼやく。
しかしそのぼやく理由には同意できる。
今の教室は机は粗方片付けられ俺たちの足元には武道場から借りてきたのか畳が敷かれ、そこにはコタツ。
そのコタツに並んで座らされている俺たち。
「まったく…どこからこんなの引っ張り出してきたんだよ…」
コタツの天板を指で小突きながら俺は目の前で陣頭指揮を執っている漉早(こしばや)に尋ねる。
「というか、お前隣のクラスまで顔出してたみたいじゃねぇか」
一言文句を付け加えると指揮を一通り終わらせこっちを向く。
「あれは涼馬が手伝ってほしいというから手伝っただけです。演劇部の部費確保の為でもありますしね。むしろあなたたちの代わりにここで指揮を執っている事に対して感謝して欲しいぐらいです」
誇ったように無い胸を張る漉早に俺は透かさず突っ込む。
「俺たちが委員の方に行っている間に勝手に出し物決めて尚且つ分担まで決めてた奴が言う台詞かよ」
俺の言葉が聞き捨てならなかったのか膨れっ面になりながら漉早からも反撃がくる。
「小道具とかはちゃんと演劇部なりから引っ張ってきたんだし、衣装だって私が作るんだからいいじゃない」
(結局こいつがやりたいだけかよ…)
俺は一つ溜息を吐きながら隣の方へ顔を向けると顔を真っ赤にしている柳川がいる。
それもそうだろう。
(このコタツ電源入ってやがる…熱い)
まだ残暑厳しいこの時期にコタツに入れさせられて電源入れるなんてどんな拷問だと思いながらもとりあえず現場指揮官殿に尋ねる。
「っで、喫茶店とは聞いてたけど何するんだ?備品申請なんて調理器具程度しかなかったが…」
その問いに一つ鼻で笑いながら答えてくる。
「コタツ喫茶よ。他の喫茶店とは違って畳の上とコタツというのはリラックス効果を生むはず。これなら他の喫茶店には埋もれないはず!!」
拳を作り力説している所に俺は思わず水を注す。
「その晴陽祭では喫茶店系列は人気になればなるほど相席になる可能性も増える訳だが…席の数が確保できないコレで相席とか最悪だぞ?」
俺はコタツの天板を相変わらず指で小突きながら言う。
「そうねぇ〜…今日のでとりあえず席にできるスペースを確認してたけど確かに少ないわね…他人とコタツとか気持ち悪いだけ…どうしよう、めぐちー」
そんな事言いながら柳川の方へと問いかけているが熱でやられているのか生返事が返ってくるだけ。
接触している腕からは暑いのだろうとわかるぐらいの熱が伝わっている。
「とりあえずこの電源切ってくれ。暑くて頭が回らん…というか何故座らせた」
当然の疑問を投げかけると漉早は至極真面目な顔をしながら一言。
「ん?カップルシート案だよ。後で感想聞こうと思って。一応絶対に相席にしない席を作ってなんなら個室にでもしようかと思ってね…電源は流石に切っておくよ。めぐちー死んでるし」
少し苦笑いをしながらプラグを引っこ抜いている漉早。
当の柳川は天板に顔を突っ伏していた。
「まったく…んで、どうするんだ?今の内にどうにかしないといけないだろ?数増やすにしても何にしても備品使用の申請期限は間近だぞ?」
「それが思いつかないから考えてるんじゃない。いっその事カップル専用喫茶で全部セルフにしてみるとか…」
とんでもない事を言い出す漉早に突っ込もうとした瞬間横から声が入る。
「なら、いっそ時間制のテーブル代にすれば?1ドリンクぐらいのサービスで他は有料にすれば…少スペースでも回すというより単価を上げる形で…」
そこまで言って急に黙る。
俺と漉早はその妙案の主の方へ見るとこの暑い中寝息を立て始めていた。
「まぁ、それでいいだろう。後はぼったくり過ぎず客が集められる金額設定と備品…というかコタツと畳の申請か…畳はいいとしてコタツなんてあるのか?」
いきなりしゃべり始めたかと思ったら寝始める柳川を置いといて漉早とともに彼女の案だけを議題の場に残し話を再開する。
「そりゃ、学校が把握している中じゃコレぐらいしかないだろうけど…してない所にあるのよね」
不適な笑みを残しながらその場で振り返り教卓側に設置されたこことは逆の教室側を向く。
「ひーふーみー…ふむ、この程度なら何とかなるか…最悪各自家にある人から持ってきて貰うけどそれは最悪のケースとして考えるだけでよさそうね」
機嫌よく言う漉早にどうすればそんな算段ができるのか聞きたいところだかここはあえて突っ込まないのがいいのかもしれない。
俺はなにやら計算している漉早を横目に再び柳川に目を向ける。
なんだかんだで暑くても秋は来ているようで少しずつ放課後の教室に西日が差し始めていた。
少し見つめていると漉早がある程度纏まったのかこっちの方へと振り向きなおしていた。
「まぁ、委員の方で忙しいみたいだしね…後は私達の方で任せておいてよ。ラストスパートまではこっちは手を出さなくて大丈夫…というかそれまでは私ぐらいしか活動できないしね」
確かに今回の中間までの準備といえば出所不明になるコタツと何か企んでいるようである制服だ。
俺達は関与できる隙がない。
(やっと終わったか…)
クラスの方の仕事がかなりの割合が任せれる状態だというのを確認できると安心し帰宅しようとした時だ。
立ちあがろうとした俺の身体に重みが加わる。
こっちの様子を見ていた漉早の笑みはまるで悪戯を思いついた子供のような表情。
「あらぁ〜お姫様が完全に寝込んだみたいね。無理に起こすのもかわいそうだし、起きるまで待っててあげたら?というかそっちから触ってみなさい?私が直々に学校側にある程度誇張して伝えてあげる」
そんな脅しを残して漉早は教室にいるメンバーにコレ以外片づけるように指示すると片づけに加わっていく。
「まったく…いつまでこうしてりゃいいんだよ…」

「温いな…」
外は夕暮れ。
下校時刻までには帰らないといけないが運動部の関係でこの学校の完全下校時刻は8時。
その時間を超えても練習する人間達がいるのでよっぽど熱心かマゾのどちらかなんだろうと思いながら外を見る。
現時刻はまだ6時を回ったところだろうか。
漉早はあの後プラグを再び差し込み「寒くなったらちゃんと暖かくしてあげる事」とか言いながら俺の方に電源スイッチを渡すと颯爽と去って行った。
「というか…これ片付けるの俺達かよ…」
ぼやいてみるも現状が解決する訳ではない。
(まったく…ここまで優等生気取ってきたが流石に今回のコレは回避できんわな…)
どうにかして見回りが来るまでに片付け終えたいが俺の横では相変わらず寝息を立てて寝ている柳川。
この所晴陽祭以外の仕事も増えていて委員の仕事はかなりの量になっていた。
(この所働き詰めだったからな…)
俺は無意識の内に柳川の頭に手を伸ばし撫でていた。
それに気付くと俺は咄嗟に手を引っ込める。
(あいつの事だ…どっかに隠れていて監視しててもおかしくない)
漉早の脅し文句を思い出しそのまま手を天板に戻す。
俺に触れる小さな加重と吐息が嫌でも柳川の存在を示す。
(なんでコタツって四面で狭いんだろうな…)
別に探せば丸だろうと多角形だろうとあるんだろうし小さいのも安物だったりするからだろうと思うがコタツというとこんなイメージが付きまとう。
(まぁ、多分それは…)
そこまで考えて現実逃避もそれまでとする。
携帯を弄ろうとしても今は机に掛けてあるカバンの中。
とりあえず件の柳川が起きない事には話も進まないと無防備にも無邪気な顔で寝ている柳川の顔を見ながら時間が過ぎるのを待つ事にした。
(流石に下校時刻が過ぎれば起こしていいよな…)

背面の頭上にある時計を何度か確認しようとした所。
外は陽が落ち何度目かチャイムが鳴った時やっと件の少女は目を覚ます。
「完全にお寝坊ですよ、お姫様」
漉早が皮肉り混じりに言った呼称を使って間近で言ってやる。
「ふぇ?なんで英人が…まだ私夢の中とか…」
そんな事を言いながら顔なり身体なりを触ってくる柳川に一つ小突きを入れる。
「いい加減起きろ。さっさと片付けないと見回りくるし下手すると閉じ込められるぞ」
それでもまだ頭が回ってないのかのっそりとした感じで動くと俺に抱きつきそこで止まる。
「おい…いい加減に起きろ!!」
俺は襟元を引っ張り姿勢を正せる。
「まったく…一度倒れると長いんだから今日ので倒れられたら晴陽祭にも響くぞ?」
そんな一言が効いたのか大きなあくびを一つして一言「おはよう」と呟く。
(アイアン・メイデンのかけらも存在しないな…)
冷徹なんて言葉が似合っていた柳川だったが最近妙に崩れ始めている。
それこそ、あの時の柳川がダブる時もあるぐらいに。
「…今何時?」
そんな問いに時計がないというジェスチャーをすると柳川は自分の腕時計を俺に見せてくる。
「はいはい、えっと…7時だな」
そう答えた途端に柳川が今度は再びもたれかかってくる。
思わずもう一度怒鳴ろうとしたが直ぐに発せられた彼女の言葉に俺は言葉を止めていた。
「ごめん…あと10分でいいからこうさせて…」
感情が載っていない言葉。
真意がわからず思わず「あと10分だけだぞ」と承諾する。
すると柳川は時計を外し天板に乗せるとそのまま無言で過ごす。
何か話した方がいいのかとも思うがこのままでいさせて欲しいという彼女からの要望を考えると話すなら彼女から話題は振られるだろう。
そんな何か気まずいようなそれでも何か不思議な感覚の中刻々と時は刻まれていった。

「さて、早く片付けて帰りましょう」
10分が経ったかと思うとすぐさまにその言葉が上がる。
何がしたかったかはわからないがその意見には賛成し片付ける準備をし始める。
「まったく…お前が寝なければもっと早く帰れたんだけどな」
何となく愚痴を零す。
無意識下の発言だったので失言のように思えて柳川の方へを見る。
そこには黙々と作業をこなしている柳川。
(特に問題はなかったか…)
それを確認した瞬間ポツリと言葉が零れたのが聞こえた。
「それは…暖かったし…」
そんな言葉に俺は前の柳川の話を思い出して口を止める。
「人って本当に暖かい。あんなに暑いような季節でも心地よい暖かさなんだ」
粗方片付け終わって演劇部の倉庫に戻しに行こうとなりお互い荷物を回収して廊下へ出る。
この時間帯、教室もそうだったが廊下はかなり冷えていた。

「コタツってなんで4面で狭いんだと思う?」
片付け終わり昇降口へ向かう途中の柳川からの突然の問い。
思わず先ほど考えていた答えが口から出そうになるが慌てて止める。
流石に俺らしくない答えだったから。
「多分ね…寂しくないようにだと思う」
俺は柳川の言葉に静かに耳を傾ける。
「さっきも言ったけど…やっぱり人は暖かいんだよ。それってコタツとかの暖房器具じゃ埋まらないその…孤独感みたいなのを埋めてくれるんだよね」
電灯が落とされた暗い廊下を柳川の言葉を聞きながら歩く。
「やっぱり…一人で居るのはどんなに暖かくしてもどこか寒いんだよ…」
俺はそんな言葉を聞き言葉でそれに返す。
「まぁ、柳川がそう言うならそうなんだろうな。実際さっきまで涎が制服に付きそうなぐらいに近づいてたお前は温かった」
そう言うと何が気に食わなかったのか柳川は急に?れっ面になりながら歩く
。 「私がそんな下品な形で寝たりはしません。寝てしまったのは不本意ですが英人の体温で和んでしまったのが原因であり、あくまでも涎なぞ出して寝るなんて言う事は…」
やっとメンタル面が回復でもしたのかいつものアイアン・メイデンモードに戻りつつある柳川に何故かホッと胸を撫で下ろす。
「わかったよ。和むっていうなら分かれ道まで温く行きますか」
そんな言葉にどうしてそういう結論にたどり着くのかもわからないような顔をしている柳川の手を取り歩き続ける。
少し歩調を速めた俺の後ろから何か抗議のような言葉が聞こえたがあえて無視するとその声もなくなり少し駆け足で俺の横に並ぶ。
それが確認できると俺は歩調を緩めるが柳川の方へ顔を向ける事は出来なかった。
どうも顔が熱いような気がしたから…

コタツという存在。
様々な暖房器具が生まれている今の世の中で今も残り続けているのは…
多分多くある中で人と人の温もりも存在も感じられる半ば唯一の暖房器具であるからじゃないだろうか。
そんな事を考えた1日であった。


戻る inserted by FC2 system