No27 感動

夏も過ぎ9月に入った。
残念ながらまだ秋の足音は聞こえず残暑は未だに夏を残し続ける。
真夏日、猛暑日は当たり前の9月にボクは少し悪態をつく。
久々にバイトも本業も忘れて夢を追おうとしたのに秋の夜空へと変わった星空の下汗だくで山を下りる。
軽い山だけどこの辺りでは山はこれだけで後は精々小高い丘があるくらい。
北の方へ行けば雪が積もりウィンタースポーツが楽しめる山はあれどこの山でも十分町を見渡せ風景写真の良い題材になってくれると思ったのだけれども…
「暑くてやってられないよ…ボクが何したって言うのさ」
辺りにある木の枝や葉に進路を邪魔されるので必要以上の力でへし折って行く。
地球環境と木々には悪いけど残念ながら今のボクには敬ったり労わる気持ちは皆無だ。
「秋だというのに暑いし、なによりレンズが壊れるし…」
ボクの胸元には相棒の一丸レフが踊っていた。
残念なことに先ほど一本レンズが壊れ今日は予備に持っていた1本を残すのみだ。
星空と町の光景を合わせた星景写真を何枚か撮った矢先にたまたま足場の悪い場所で撮っていたボクに一匹のカブトムシが激突し転倒。
カメラは死守したけど本体だけで付けていたレンズはあえなく撃沈。
カメラ自体は変に曲がったり折れたりせずレンズ部分のみお釈迦になったので他のレンズは付けれるからいいけど今回はコンクール用の写真を撮っていたためボクが持っているレンズではかなり高級な部類に入るものだったのだ。
「大体なんでまだカブトムシがいるのさ!!」
足元にあった小石を蹴り上げると同時にボクの足は宙に浮きそのまま尻餅を衝き少し滑り落ちる。
全く…今日は踏んだり蹴ったりだ。

海沿いの道。
あの山は海沿いにあって下りると直ぐに海が広がる。
この道はあの山から下りた先の一本でボクのバイト先である『トワイライト』沿いの道でもある。
知った道を機嫌悪く歩いているとサーフィンやボディボード用に開放されたビーチにカメラをセットしている少年がいた。
(ん?同士かな?)
見たところボクよりも年下の男の子。
ボクは同士だと思い込むと思わず話しかけていた。
「やあ、君もコンクールに参加するのかい?」
その投げかけた言葉に少年は振り返ると何を言っているかわからないというような顔をしていた。
(あれ?違ったのかな…)

今回ボクが参加しようとしているコンクールはこの地方の小さなコンクールで2ヶ月ぐらい置きで開催されているモノで今回のお題が夜空及び朝日までの時間。
この時間帯であればなんでも良いというモノ。
だからこそボクは夜に山を登っていた訳だし、こんな夜中…と言ってももう朝が迫っている時間にカメラをセットしていればそう思うのが道理のはずだ。
ボクがそんな説明をすると納得がいったのか表情はとりあえず普通な感じにはなっていた。
「まぁ、そんな訳で声掛けたわけ」
「はぁ…まぁ、俺は趣味で撮ってるだけで技術も未熟ですしそういうのはないですね。大体こんなのでやっても失礼でしょ」
そう言いながら彼はコンデジを指差す。
確かにあれは精々3万も出せば買えるだろう。
ボクのカメラのレンズ代にもならないかもしれない。
しかしボクは見逃していなかった。
「だったらその自転車の荷台に載ってるの使えば?」
ボクは彼のだろう自転車を指差し言う。
すると途端に機嫌が悪くなったような表情と声で彼は口を開いた。
「あれは使えないんですよ。大体俺のでもないし」
(なんか地雷踏んだのかなぁ…)
なんとなく空気が悪くなったので話題を変える事にする。
「そうだ、君の写真見せてよ。ボクのも見せるしなんだったらボクの写真から勉強してもらっても構わない」
ものすごく上から目線だけども自慢ではないが結構腕は良いと自分では思っているのだ。
何せ一応過去には全国規模のコンクールで何度か賞を頂いている。
それでも写真の仕事が来ないし食べていけないのは頭痛の種だけども…
「まぁ、いいですけど…おっと」
そういいながら彼はカメラを三脚から外すと何かを思い出したようにメモリーカードを差し替えている。
「何かイヤラシイ写真でも撮ってたの?」
からかいながら言ってみると彼はいたって冷静に返事をしながらカメラを差し出してくる。
「イヤラシイ写真を撮りたい人が写っていただけです。あなたが知ってる人だったりしたら面倒ですしその人以外ほとんど写ってませんから」
「へぇ〜…好きな人の写真ねぇ」
そんな事言いながらカメラを交換していた。

一枚ずつ写真を捲っていく。
そこには何となくだがしょうがなく撮っている…楽しさの感じられない写真が踊る。
捲る度に楽しさが見えてはくるけどどれも何か足りない気もしていた。
そう思いながら見ながら進めていくと一枚の写真にたどり着く。
「ん?これって…」
そこには朝の海の景色と小さいながら人物が写っている。
その写真からだろう。
度々この人物だと思われる人間が写る写真が出てくる。
その写真から今度はボクの方に無い何かが感じられた。
表現しようも何がボクの方に足りないのかわからない。
でも見続けていくと何故か心動かされる感じがする。
(正直…下手だけどなんでこんなに感動するんだろう)
残念ながらボクにはこの感覚を表せる言葉を知らない。
でもボクの知っている言葉で一番しっくりくるのは感動の二文字だろう。
ボクは最後の一枚まで見終えると正直に彼に聞いた。
「ねぇ、君はどうしてこんな写真が撮れるの?」
まだボクの写真を見ていた彼はボクが返したカメラを少し疑問に思うような表情をしながら確認すると顔が真っ赤になっていた。
「こっこれは…そうか、今日の一枚目だったから入れっぱなしだったのか…」
どうやら勘違いしてカードを間違えたらしいが今はどうでもいい。
ボクにはないこの魅力を教えて欲しいというのだけであった。
「それより、なんでこんなに良い写真が撮れるの?正直下手なのに感動した」
正直な感想を言って真剣に彼を見つめ問いただす。
そうすると彼は顔を赤くしながらポツリと答え始めた。
「まぁ…好きなモノを撮ってるからじゃないですか?写真にも感情が宿るみたいな事言うみたいですし…」
照れながら言う彼にボクは何となく納得がいった。
(そうか…好きなモノをか…)
たぶんどこかでボクは撮る楽しみではなく撮らなければという使命というか強迫観念というか結局撮る事自体に楽しみがなくなっていたのかもしれない。
ボクはサブで持っていたコンデジの方に収まっていた今年撮った海での写真を見てみる。
何となくだけど彼の写真に近づいたモノが収まっていた。
「君はその人の事好きなんだね」
「そう言ったじゃないですか…」
完全に恥ずかしがっている彼を見ると何となく微笑ましかった。
「そうだ…ほらカメラも一回貸して?」
そう言い彼からカメラを再び受け取りカメラが同じモノだと確認するとコンデジの方を操作しカードを入れ替え再び操作をする。
「ほい、これボクからのお礼。君にはなんかもう一度写真の心得みたいなのを思い出させてもらったみたいだし」
そう言いながら彼にカメラを返すと彼は何事かと思ったのかカメラを操作し赤かった顔が更に赤みが深まる。
「し…知り合いだったんですか」
「まぁ、バイト先の先輩。もちろん君達の関係は誰にも言わないし口出しも手出しもしないよ」
ボクはそんな返事をしながら考える。
(好きなモノを撮る…か)
それと同時にあの人を思い出した。
今度こそボクは動くべきなのかもしれない。
(ずっと何もしなかったけどボクもこんな楽しい写真が撮れるようになりたい)
そんな思いが生まれると何となく物事を感じる感覚が変わった感じがする。
「まぁ、好きなモノを撮るって楽しいですしね…あなたも…っとそろそろ時間になりますので」
そう言いながら彼はカードを入れ替えカメラを再び三脚へセットする。
「時間って?」
私は思わず尋ねる。
彼は何も言わずに海を指さす。
そこには淡い紫とも赤とも青とも言えぬ空。
「マジカルアワー…」
今まで何度も見てきた景色。
なのにさっきの事があったからだろうか。
目に映る景色がどこか違う。
「ボク…こんな景色を見逃していたのか…」
涙が頬を伝うのがわかる。
それはボクの腕や観察力の未熟さからなのか。
否違う…多分本当にこの世界の美しさを知り感動からくるものなんだろう。
「ボクも…君みたいな写真が撮れるように一歩踏み出してみるよ…そうだ、ボクは乃依。君の名前は?」
彼はカメラから目を離さずそのままの体勢で答える。
「秀次…上山秀次です」
「そう…秀次ね…もし、ボクが写真集でも出したら買ってよね?」
そう言いながらボクはフルネームの書かれた自作の名刺を彼のポケットの入れておく。
「まぁ、気が向いたらですけど…っで何入れたんですか?」
「秀次はボクに大切な事思い出させてくれたしね。信頼できる人だけに渡している私の名刺…暇があったら撮影旅行でもしようよ。秀次の撮る世界を少し見てみたいし…その時はダブルデートでも」
ボクはそんな事を言いながら街の方へ足を向ける。
「なんですか…ダブルデートって…」
「だって、秀次もボクも好きな人がいるしそれを撮っている時が一番良い写真が撮れそうだしね」
そんな事を言いながら一歩街へと進める。
「それじゃ、また何処かで会えたら…同じ写真仲間として楽しんでいこうね」
そんな一言を残して街へまた一歩また一歩と踏み出していく。
「そうですね。乃依さんのもっと良い写真も見たいですしね」
そんな一言を聞くとボクは街へと駆けだしていた。
彼との約束を叶えるために。
ボクはあの人と会う事を決心する。
この感動を心に刻み一歩を踏み出すという決心を鈍らせる前に。
そんな事を思うと朝焼けに燃え始める街の景色が今まで以上に輝いて見えていた。
そんな景色をカメラで一枚切り取る。
その景色に感動したのか再び涙がボクの頬を伝っていた。


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