No26 スイカ割り

夏真っ盛り。
8月も始まった今、私は家でゴロゴロしていた。
「流石にお姉ちゃんにどこか連れて行ってなんて言えないよね…」
私、新山一葉は色々とあって従姉妹のお姉ちゃんの家に居候させてもらっている…という事は置いとくとして流石に居候の身の上働けない私はこの家にお金なんて入れてない。
家事手伝いはしているけど金銭が生まれる訳でないのでバイトで忙しいお姉ちゃんにこれ以上の負担は掛けれない。
「莉沙ちゃんは彼氏とデートだろうし、カナちゃんもみなちーも早めの帰省に巻き込まれたって言ってたし…」
(真琴君は連絡先すら知らないし…)
そんな言葉を誰もいないのに何故か飲み込んでそのまま天井を見上げる。
講習も終わって完全に暇になってしまった私には退屈な日々だ。
宿題なんて講習で終えてしまったしやる事がない。
ゴロゴロしているとなんとか時間が過ぎて時計を見るとそろそろお姉ちゃんが帰ってくる時間。
「さて…晩御飯作っておきますか」
私はおもむろに立ち上がると台所に向かう途中ふと…
(海とか…行きたいな)
願望が生まれていた。

「えっと…あともう少しかな」
味を見ながら誰も居ないのに呟く。
調味料で味を調えて火加減を調整してあとは待つだけ。
私は台所でぼーっとしていると元気な声が玄関から届く。
「たっだいまー!!一葉、おなかすいたー!!」
「もうすぐご飯できるからシャワー浴びといてね〜」
そんなやり取りをしながらまた時間が過ぎるのを待つ。
ピピピとキッチンタイマーが鳴ると再び味見。
「うん…上出来だね」
味に納得がいくと盛り付け用に食器を出そうとしている時にお姉ちゃんがシャワーから上がってきた。
「一葉?火止めとかないと危ないよ?」
コンロの火を止めながら言うお姉ちゃんに感謝の言葉をかけようとしたけどその姿を見て文句を一つ付け加えることにした。
「ありがとう…でもせめて下着ぐらい着てから出てきてよね」
「ん?別に女同士だしいいじゃない」
そう言いながら何故かしぶしぶといった感じで服を着始めるお姉ちゃん。
お姉ちゃんが着終わる頃には盛り付けが終わっていてテーブルにお姉ちゃんと一緒に運ぶ。
いつもの事なんだけど何故かお姉ちゃんはご機嫌だった。
(また、例の人と何かあったのかな…)
私の方は惚気話を聞かされそうで少しうんざりしていたけど。

「そういえば一葉は明日暇?」
食事も終わり食器を片付けていると急に問われる。
意外にもあのご機嫌な状態で惚気話が一個も出なかったので警戒はしていたのだけど私の暇が問われるというのは正直予想外だった。
「そりゃ、特に何もする事ないけど…」
「なら、明日海行こう。」
その言葉に胸躍ったが良く考えたらお姉ちゃんはサーフィンをやる。
それに付き合えって話なのかもしれない。
「それってサーフィンに付き合えって事?だったら私家事やってるよ」
「違うって、サーフィンやってる所の近くの海水浴場行こうって話。今日ちょっと仲良くなった子がいて明日遊ぼうって話になってさ」
そう言ってお姉ちゃんは携帯を弄っている。
多分だけどその子の写メを探しているのだろう。
(全く…お姉ちゃんは本当に女の子だけにはモテるんだから…)
なんとなく別の意味での惚気話になりそうなので正直この話もパスしたくなっていた。
「この子なんだけど確か一葉と同じクラスみたいだよ?っでさ、私も何人かバイト先の人間も誘って行くつもりなんだけどどう?」
その写メを見るまでは…

私が女の子と勝手に断定した理由を先に言っておこうと思う。
お姉ちゃんは何故か男性が全く寄り付かない。
何かに呪われているかのように男性からみれば畏怖の対象のように見えるらしい。
お姉ちゃん自体は別に同性愛趣味とかは特にないらしいけど子供の頃からそんな恐怖のオーラみたいのを撒き散らしていたらしいのだけどもまぁ、そんなこんなで男の子が近寄るとは思っていなかったのだけども…
と仰々しく表現したけどまぁ、本人以外はその理由は粗方わかっている。
本人に話さないのは暗黙の了解みたいなものだ。

当日、何故か大荷物のお姉ちゃんと一緒に目的地兼集合場所である海水浴場に少し早めに到着するとそこには既に何人か集まっていた。
「おはよう諸君…と真琴ちゃん」
「はっ…はぁ、おはようございます」
あの写メに写っていた子と同じ人間が集合場所に立っていた。
(まぁ、ホルモンバランスが女の子の方に偏りまくった感じな彼だとアレは現れないのかな…)
「大分大所帯になったね…お姉ちゃん」
私は集合場所にいたメンバーを見回してからお姉ちゃん言う。
そこまで多くはないけど初対面の人間が多い中では少し緊張もするものだ。
「そう?まぁ、バイト先で暇そうにしていたメンバーだけだから気兼ねする必要ないけどね。まぁ、お互い知らない人もいるから自己紹介しときますか」
(というか、見事女の人ばかりだよな…お姉ちゃん、彼氏さんぐらい呼べばいいのに)
なんて呟きそうになるけどここは我慢。
わざわざ地雷を踏み抜いて今日一日怖い思いはしたくない。
「さて、まずは私のバイト先の同僚み〜ちゃん。今回は水着がないと参加拒否してましたが水着のない罰ゲームとして特別な水着を用意してありますのでヨロシク」
その紹介に一つため息を吐きながら自己紹介のバトンを受け取るみ〜ちゃんさん。
「えっと…なんか何気に本名飛ばされましたのでみ〜ちゃんでいいです。とりあえず完全に巻き込まれたので終始機嫌悪かったらすみません。あと…真理香さんは改善事案2枚追加提出で」
そんな言葉を無視しながら次の紹介に移っていく。
「次は…」
そんな調子でお姉ちゃんの紹介が進んでいく。
「んで、次は乃依ね。とりあえず皆と仲良くなることを前提に動く事…というかみ〜ちゃんと少しでも仲良くなる事も今回の目的なんだからね?」
「へっ?そうなの!?」
慌てて突っ込んでくる乃依さん。
「え〜、まぁ別に仲悪い訳じゃないのにな…えっとボクは乃依です。真理香さん達と同じバイト先で後輩にあたります。それ以上は詮索は不可ということで…今回は皆のいい姿を期待してるよ?」
そう言いながらカメラを手にして一枚撮られる。
(というか本当にバイトの人だけ集めたのね…)
そんなこんなで何故か最後の方に飛ばされた私の自己紹介が終わると最後の一人に順番が移る。
「えっと、最後はこのドキッ!女の子だらけの海水浴の企画者である真琴ちゃんです。ちなみに昨日の朝暇そうに一人で海に来ていたのを半ば拉致って仲良くなりました」
不穏なことを言うお姉ちゃんを無視して真琴君に話を進めるように耳打ちする。
もちろんおもしろそうなのでここは女の子として通すことにして。
(というか、お姉ちゃん達って女の子っていうのも厳しくなってきているような…)
「えっと…今坂真琴です。偶々昨日真理香さんに出会いまして話の流れで今回の会ができてしまいましてなんかすみませんでした」
お淑やかという言葉が似合う仕草で頭を下げる真琴君にお姉ちゃんはご機嫌に笑いながら「どうせ暇人の集まりなんだし大丈夫」なんて言っている。
「えっと、経緯としては僕がこの海を眺めてた時に話しかけられまして真理香さんに突然海で遊ばないかと誘われまして…」
なんて説明を始めている真琴君の裾を少し私は引っ張り「自己紹介ぐらいで済ませる」と耳打ちをしておく。
「僕の自己紹介でしたね。名前は先ほどの通り今坂真琴でここにいらっしゃる新山さんと同級生です。えっと…今回の件の発起人の一人なのですが皆さんと違って学校指定の水着しか持ってなくて…」
私は一つため息を吐く。
真琴君の悪い癖の一つでどうも話が脱線しやすく、尚且つネガティブな方に向くのだ。
そんな真琴君に注意しようとした瞬間にお姉ちゃんが口を挟む。
「まぁ、そういう事は昨日聞いたしちゃんと真琴ちゃん用に用意してあるから」
とお姉ちゃんは真琴君に荷物の中から袋を一つ取り出して渡すと「これ、たぶん今日の一葉と色違いになっちゃうと思うけど勘弁ね?」と一言添えてまた荷物から袋を取り出して「み〜ちゃんはこれ」と言いながらみ〜ちゃんさんに渡すとテンション高めの声で一言。
「さて、遊びまくるぞー!!」
その掛け声と共にまるで示し合わせた様にお姉ちゃんを置いて皆で先に更衣室へ向かっていた。

「真琴ちゃん、着方わかる?」
人が少ないためかそれともそこそこ朝早いからかわからないけど更衣室の個室は空いており私達で占領できた。
もちろんその達というのには真琴君も入っている。
一応男という事を隠しての参加なのでそうなるのだけど少しだけ気の毒のような気がした。
(まぁ、本当に女の子と間違われるしこれはこれでおもしろそうだからいいけど)
なんて少し思ってしまったが返ってきた返事に私は少し反省する。
「まぁ、よく着せられてますし」
これがどういう意味か深くは考えなかったけどなんとなくこの時は申し訳なく感じた。
「にしても…夏休み中ゴロゴロしてたのはまずかったか…」
私の水着は普通のツーピースタイプ。
お腹の部分が出るので残念な幼児体系な私にとっては少し避けたいタイプなのだけども家出時に持ってきた服の中に水着はこれだけ。
(それにしても…抓めそうね…)
そう思っても実行には移さない。
何せ知りたくない事実を知ってしまいそうだから。

「みんな可愛い水着だね〜」
着替え終わって砂浜の方へと行ってみると置いてきたはずのお姉ちゃんが水着に着替え終わってパラソルやらシートやらセットし終えて寛いでいた。
「なんでお姉ちゃんが一番最初にいるのよ」
私は少し飽きれながら問う。
「そりゃ、下に水着着てたからよ」
さも当たり前かのように言うお姉ちゃん。
その水着は所謂ビキニ。
(まぁ、お姉ちゃんだしな…)
私はとりあえずお姉ちゃんを置いといて特に気にしていなかった他のメンバーの水着姿を確認してみる。
まぁ、嫌でも目に入るのは乃依さん。
ビキニにボーイレッグといったなんというか…胸に視線を寄せろって言わんばかりの格好。
どう考えてもどんな格好でも胸に目は行くだろうけど。
真琴君の水着姿も気になるが私と同じものの色違いであるだけなので特に何か言う事はない。
むしろ私よりスタイルは良いかもしれない。
(流石に胸はないけどね…というかあったら怖いか…)
なんて自分もまだ2次性徴が来ていないのを棚に上げるが兎に角気になったのはみ〜ちゃんさん。
「あの…もしかして私達と同い年という事は…」
恐る恐る聞いてみる私。
み〜ちゃんさんのその姿は所謂スクール水着というやつなんだけど…少なくても私達のスクール水着のデザインが違う。
だけどきっちりと名札が付いており『5−3み〜ちゃん』と書かれている。
そんな質問をしたせいかとても不満そうな声で答えてくれるみ〜ちゃんさん。
「だったらバイトなんてできないわよ。というか旧スクとかどこで手に入れたんですか…私達の時だって半ば絶滅してたじゃないですか」
そんな問いにお姉ちゃんはとても真面目に返す。
「一葉の中学の制服の値段見に言った時に服屋のおばあちゃんがまだあるって言うからつい買って来ちゃったのよね。生産はほとんどしてないけどまだ私の年代ぐらいの人間とかそれ以上ぐらいの人達に”何故”か需要があるから売ってるらしくてさ…それにしても本当にサイズが一葉と一緒だとは…」
そんな事を言っているお姉ちゃんに無言でみ〜ちゃんさんは近づき何か型を取ったかと思うと閃光一撃次の瞬間お姉ちゃんは砂浜に顔を埋めていた。
「さて、変態は外って置いて折角だし遊びましょう。とりあえず面倒事は全部あの変態に任すという事で」
そう言いながら私達を引き連れて海の方へと向かうみ〜ちゃんさん。
後ろでは突っ伏したままのお姉ちゃんを撮っている乃依さんがいた。

夏の砂浜。
私達はお姉ちゃんを強制的に荷物番にして遊んでいた。
そんな中私は思わず真琴君の姿を目で追ってしまう。
そこで改めて私は彼の事が好きなのだと知る。
そして少し前に一応友人である莉沙ちゃんの言葉が頭に蘇る。
(告白の後押しね…そんな事してもらわなくても私は私自身でそのぐらいできる…はず)
そう思ってもどうしても自分自身へのきっかけができない。
踏ん切りがなぜかつかないのだ。
(さて…たぶん今日を逃したら莉沙ちゃんにちょっかい出されるんだろうな…)
そんな事を考えていると不意に声がかかる。
「新山さん…どうかしました?何か思いつめているみたいですが…やっぱり僕がいるのはまずかったですかね…男って知ってるのは新山さんだけですし、隠す必要はないですけど今明かされても水着これしかありませんし…」
本当に心配して声をかけてきてくれたのだろうけど一つ気になる事があって私は返事をしておく。
「まぁ、少し真琴ちゃんのスタイルに対して嫉妬を…後、これから新山さんっていうの禁止。なんか余所余所しい感じだからあんまり仲が良いって感じじゃないし名前で呼んでよ」
私は誤魔化しながらもちょっとだけ願望も加えて。
そんな事も露知らず真琴君は少し困ったような表情をしながら一言。
「えっと…一葉…さん?」
その言葉が紡がれた時に調度大声でお姉ちゃんの声が響く。
呼びなれていない呼ばれ方のこそばゆさはお姉ちゃんの声の恥ずかしさが勝ったので少しだけ感謝することとした。

「さて、私を置いて楽しんでくれちゃってますけど私もいい加減混ぜてほしい」
かなり拗ねた感じで言うお姉ちゃんにみ〜ちゃんさんは容赦なく言葉を投げかける。
「仕方がないじゃないですか。誰かが荷物番しないといけませんし、今回の件で一番関係ないのは真理香さんではないですか…というか、言わば罰です」
「罰って…それより、ここで何かしようと思っていい物を用意してあるのよ」
そう言ってお姉ちゃんが指差した先にはビニールシートの上に載っているスイカとスポーツチャンバラ…
「スイカ割りですか。それならまぁ、ここでもできますね」
み〜ちゃんさんは相変わらず冷静に応対する。
「ちゃんと包丁も用意してあるしさくっとやって食べようと思ってね」
私は一つ好機を見出す。
(よし、これを踏み出すきっかけにする)

「もうちょっと右ー!!」
「この辺〜?ってい!!」
見事にスイカから外れて砂浜を叩く乃依さん。
「あちゃ〜ボク結構自信あったのになぁ〜…じゃ次一葉ちゃんだね?」
私は乃依さんからバトンを受け取ると所定の位置に着く。
「さて、次は一葉か…ほい目隠しして10回回転」
お姉ちゃんに目隠しをしてもらいカウントされながら回る。
既に方向感覚はなくなり自分がどこを向いているかなんてわからなくなった。
だけど私は懸命に感覚を取り戻そうとする。
(これが成功したら真琴君に告白するんだ)
そんな思いを抱きながら明らかに間違った指示を出しているお姉ちゃんの声を頭の中で除外しこういう事に真面目そうな乃依さんか真琴君の声を捌きだす。
(これが私の思いのけじめとする)
そんな思いを抱きながら数歩歩いた時点で「そこっ!!」という声がかかる。
私の感覚も間違っていなければこのあたりと告げる。
私は思いっきりその場所へと振り抜いた。

「惜しかったですね。一葉さん結構いい所までいってましたのに」
真琴君から慰めのような声がかかる。
その両手には切られたスイカがあり一方を私に差し出してくれている。
私はその一つを無言で受け取った。
あの時私が振り抜いた先はスイカの真横。
あと数センチ横にずれていれば当たっていたというような場所。
あの後真琴君にバトンタッチしたら不器用な足取りであったけど当てるしみ〜ちゃんさんはまるで見えているかのように周りの声を全く聞かず一直線にスイカに向かうとスポーツチャンバラでスイカを真っ二つにしていた。
(あれはもはや人間技じゃなかったような…)
そんな事を誤魔化しのように思いながらスイカをほお張る。
結局自分自身踏ん切りがつかなかった。
別に当てなくても出来ただろうけど自分自身にちょっと勇気が足りなくなってしまったのだと思う。
(いっその事諦めちゃうのもいいのかな)
なんとなく踏ん切りのつかなくなってしまった私自信が惨めになってしまってそんな事を思ってしまっていた。
そんな時に真琴君から声がかかる。
「ちょっと…話していいかな?」
「さっきまでも色々と話してたじゃない。何を今更…」
私は少し不貞腐れながら真琴君を見ながら言うがその当人は少し顔を赤らめていた。
「僕…一葉さんに始めて会ってからずっと目で追ってしまっていたんです…ずっと気になっていて…」
相変わらずの回りくどいネガティブモードに入りそうなので突っ込もうとするが彼の言葉は止まらず私はそのままそれを聞き入ってしまった。
「それで…いや、そういえばこういうのが僕の悪い所でしたね…今回スイカ割りなんてちょっとしたゲームがあったからちょっと賭けてたんです…僕が当てれたら告白しようと…一葉さん…ずっと好きでした。友達からでいいですから付き合っていただけないでしょうか」
そんな言葉だったと思う。
動揺してしまった私には正確には頭に入ってこなかった。
力の抜けた手からスイカが落ちた時に我に返る私。
周りを見回すとにやけた顔で見ているお姉ちゃんと乃依さんに女の子同士だと思い込んでいるのだろう完全にパニックになってるみ〜ちゃんさんが見える。
そんな様子を見て私は少し落ち着くとその言葉に返事をした。
「こちらこそ…よろしくお願いします…でも、もうちょっとカッコいい格好で言って欲しかったかな?」
照れ隠しに一言余計に付け加えて…


戻る inserted by FC2 system