No24 黒

時折、私の心が揺らぐ時がある。
最初の内は特に気にせずとも無くなっていたけど今は会う度に心が揺らぐ時間が長く大きくなる。
決して世間は認めないだろう。
それがわかっているのに私の心は揺らぐ。
会う度に大きくなるこの揺らぎはまるで私の心を染めているのではないのかと錯覚するほど。
それこそ、まるで黒色の闇のように私の心を汚していく。
(私は…いつまで正気でいられるだろう)

髪を靡かせコースを駆ける。
夏の大会に出れない私達は晴陽祭に力を注ぐという事になったが先日の事故により内容の変更を余儀無くされた。
あの後何故か部長は一切顔を出していない。
今は新しい企画を練らないといけないのだがいつもより時間がある為にどうも力が入らない。
部長のいない間は3年生の副部長と次期部長候補となっている私が纏め役となっているけど一応秋の大会や記録会が2年生達にはあるので3年生が内容を決めるまで自主練となっているのだけど…
「ふぅ…」
軽くオーバーランして一つ息を吐き女陸のグラウンドを見渡す。
そこには私に付いてきてくれている綾花が一人。
つまりは他の皆は会議の方に参加している。
(まったく…記録会の結果次第では練習メニューきつくしてやらんとな)
そんな事を思いながら私は綾花にタイムを尋ねる。
「少し落ちてますね…後5本ですけどこんなものでしょうか」
手元のバインダーにある過去の記録とストップウォッチを見比べながら言う綾花に少し肩を落とす。
「まぁ、先輩は練習の中盤はいつもタイム落ちますからね。平均タイムよりは遅いですけど今の本数の回ではちゃんと上がってます」
そんな言葉を微笑む形で言ってくれる綾花に私の心はまた揺らぐ。
(私は…普通なんだ…唯の先輩と後輩で、友達としての好きであって…)
少し立ち止まって呼吸を整える。
次の一本の為にと偽れるようにあくまでも自然に。
でも私の心の乱れは呼吸にだけ現れたモノではなかったようで…
「先輩、大丈夫ですか?少し顔色が悪いですが…」
「そう?…大丈夫だと思う…次いくね?」
そこまで言ってスタートラインに着こうとした時だった。
(あっ…やば…)
足が縺れて転びそうになる。
慌てて体勢を直して進むが直ぐに私のウェアが掴まれる。
「少し休みましょ?やっぱり体調が優れないみたいですし」
その言葉に私は素直に従いいつものグラウンドの片隅に移動する。
でもやっぱり綾花といると心の揺らぎが大きくなっていく。
心に塗られていく黒の面積が大きくなっていく…

「そこで横になっててください。とりあえず様子見ですけど多分今日はこれで上がった方がいいです。ダウンも避けて柔軟程度で終わらせましょう」
的確に私のサポートをしてくれる綾花。
私はそんな彼女を見ながらも私の心が痛めつけられていく。
(毎回こんなに尽くしてくれるのに…私は綾花に対して何もしてあげれない)
少し前に聞いた綾花からの告白とも取れる言葉を私の中で反芻する。
あれから何度も私の中に響き続けた言葉。
私の返事は多分届かなかっただろうけど…多分あれが私の答えなんだと思う。
好き…友達とは冗談だとか友情としての好きは何度か言ったような気がする。
でも今の私の中に生まれた綾花への好きは明らかに愛情、恋心。
(でも…どんなに頑張っても私達は同性で…)
堂々巡りの思考のループ。
抜け出せない袋小路にイライラする。
そんな状態だったからなのだろうか…
「綾花…ちょっと横にいてくれないかな…」
柔軟用のシートやドリンクを準備してくれている綾花に思わず話しかける。
無意識下の発言。
思考の渦の下にいた私が本能的に欲していた証拠なのかもしれない。
そんな私の注文に綾花は苦笑いのような表情を浮かべながら「準備もありますし…ちょっとだけですよ?」なんて言いながら私の隣に座ってくれた。

「もう8月なんだね…大会がないからか少し気を抜いてたのかな…身体が思うように動かないや」
自分自身への言い訳を思わず口にする。
「先輩は頑張りすぎなんですよ。次期部長かもしれませんけどこれ以上練習メニュー増やしたらそれこそ身体壊しちゃいます…本当なら今日は軽いアップぐらいの練習で終わらせるはずでしたのに普段の練習メニューにするって…少しは私の気遣いとかわかってください。というか私のメニューに従ってくださいよ…頑張って陸上の事勉強したのに無駄になっちゃいます」
少し頬を膨らませながら言う綾花を見てまた心が揺らぐ。
彼女の言動一つ一つがもう私の心を動かし静まる事を知らなくなっている。
誰もいないグラウンド。
普段ならありえなかったこの現状が私の心の黒を一気に広めていったのかもしれない。
それが私の中の今日の異変の原因だと決め付けた時だった。
「綾花…」
その一言を漏らしこっちを向いてくれた綾花に私は口付けをしていた。

私の本能が欲していた行動。
心のままに動いていた身体にも関わらず私に驚きなんか生まれなかった。
その変わりに生まれたのは愛しさ。
さっきまであれ程揺れていた私の心は不思議と穏やかになっていた。
私と綾花の口が離れると綾花はやっぱり少し苦笑いをしたまま立ち上がりダウン用の準備を再開し始める。
(もしかして…怒らせちゃったかな…)
行動としては普通怒るだろうなという事をしたのだ。
綾花のあの言葉が友情としての先輩後輩としての好きだったらという事は頭になかったのだから(もしかしたら…)という心配が頭を過ぎる。
私が少し落ち込みながらも再び横になると後向きの綾花から声がかかる。
「まったく…あんな事されたら本気にしちゃいますよ?今日は調子が悪かったから意識が混濁したという事にしときます…次は本当に本気にしますから…」
そんな言葉を投げかけてくれたのに私は特に返してあげれる言葉が見当たらない。
だから私は心の儘に口を動かす。
「ありがとうね」
今回の事を大目に見てくれた事に対してに見える言葉。
でも多分この言葉は…綾花が居てくれた事に対してなのかもしれない。

あの後から今までのが嘘のように心が平穏になっている。
あれで今までの事を吹っ切れたのかとその時の私は思っていたのだけれども…多分あれがきっかけで私の心は完全に黒に染まっていたのだと思う。
今まであってはならないと思っていた事に対して歯止めが利かなくなり始めていた…


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