No23 幼馴染

小さい頃から一緒に遊んでいた。
何処へ行くのも何時も一緒で親友という言葉がよく似合うメンバーだったと思う。
少なくても俺はそう思っていた。
だけどそれが今頃また恋愛感情へシフトするなんて事考えたこともなかった。
なかったはずなのだが…
「こりゃ、ちょっとまずいな…」
携帯の待ち受けを眺めながら呟く。
そこには俺達3人が写った友情の証とも言える写メが写っていた。

俺と理留と乃依の3人。
今は全員別々の道を歩んでいるけどそれでも月一以上でお互い会って馬鹿やってた。
俺は高校を卒業し町の中小企業の工場で働いていた。
理留は大学に行っているらしいが今ごたついているようで余り話したくはないそうだ。
乃依は夢を追うと言ってフリーター家業。
お互い見事にバラバラの道だったけど最後にお互い同じ道に立っていた高校時代が終わっても絆は途切れなかった。
今までにもいろんな喧嘩はしてきた。
いろんな経験もしてきた。
理留と付き合った事もあった。
一度だけ俺が転校した時は愛情ではなく3人の友情を永久にと誓い合った事もあった。
高校の時帰ってきた時は「早すぎるだろ」と指差して笑われたっけか。
俺は思考を一度止めて揺れるストラップに目をやる。
中学の時にお揃いで揃えたストラップ。
何度か補修した跡があるが今でも3人全員が付けている。
時刻はそろそろ日付が変わる。
明日は3人集まる日だ。

男1人に女2人の幼馴染というのは結構羨ましがられていた。
いくら幼い頃仲が良くても中学に上がる頃には仲違いしているのが多いらしい。
むしろ俺達の人数バランスで保ち続けているのがおかしいというのだ。
何時かは恋愛感情が生まれて関係がおかしくなると散々言われた気がする。
それでも続いたのは乃依の存在が大きかったのかもしれない。
男勝りな感じの乃依はずっと一人称がボクの少し変なやつだった。
女としてみられる事を本人から拒絶しているようにも見えた。
乃依の家庭は複雑で俺達も何度か彼女の救いを求める手を取って来れたと思う。
そんな関係だったから俺達は親友…仲間という意識の方が強かった。
俺達は多分…これ以上の関係にはなれないと思っていた。
全員がこの関係は望んでいるし壊れる事を恐れていたと思う。
一度理留と付き合った時は幸せではあったがお互いやっぱり後悔が少し生まれていたのも覚えている。
そう…俺達は恋愛感情は生まれてはいけないのだ。
いけないのだ…

午前7時。
久しぶりに2人に会うというのがあってか結局あの思いを収める為に半ば徹夜になったがなんとか待ち合わせ場所にたどり着いた。
喫茶『クラウド』がいつもの待ち合わせ場所。
頭の良かった理留が大学に行く為に一人暮らしをして、俺が就職して、乃依がカメラ片手に街に繰り出し始めた頃に作り話のように偶然卒業後に出会ったこの場所が俺達の待ち合わせ場所。
俺は今までの事をなんとなしに思い返しながらも『クラウド』のドアを潜るとそこには既に先客がいた。

「よっ、早いな」
俺は机に突っ伏している彼女に片手を挙げ挨拶をしながら席に着く。
机に置かれていた携帯には一つのストラップ。
俺も携帯を机に置く。
少しだけ違うストラップだが基本的なデザインは一緒。
携帯を置いた音で気づいたのか彼女はのっそりと顔を上げ不満そうな顔で「遅い」と一言。
その一言で俺は時間を間違えたのかと思い携帯のやり取りの記録を探るが時間は合っている。
「お前…何時からいるんだ?」
なんとなく訊いた問いに彼女…理留は答えない。
俺はマスターの方を見るとマスターは少し苦笑いをしながら時計の6を指す。
ここの開店はこの時間のはずなのだが…
「開店前からいたのかよ…」
俺は厭きれたと言わんばかりのため息を一つ吐くと理留は反論とばかりに怒鳴り声交じりの罵声が吐き出される。
「だって、久々に会うんだから眠れなくって尚且つ時間が経つのが遅く感じられて居ても立ってもいられなくって!!」
訂正、子供の我侭並の文句が吐き出されていた。
「はいはい、後は乃依だけだしホットケーキでも食べて待ってましょうね」
俺は理留の頭を軽く叩きながらマスターに注文を済ませる。
なんか唸るような声が聞こえるが無視をして叩いていた手を撫でる事に変えていた。

ウェイターが注文の品を持ってきて暫く経っただろうか。
珈琲を啜っている時に背後にある店のドアが勢い良く開けられる。
「ごめーん!!遅くなった!!」
物凄く聞き覚えのある声だが今は関わりあいたくない。
というか、非常識過ぎる相手に対してこの店は寛大過ぎるだろうと俺は思いつつカップを置かずにそのまま啜り続ける。
「もしかして、ボクが最後だった?」
俺達がいるテーブルにそいつは躊躇なく着き携帯をテーブルに置く。
もちろんそこには同じデザインのストラップが揺れていた。
携帯…というかストラップをお互い見えるようにするのが俺達の挨拶なようなものだった。
「乃依…もう少しあんたは静かにしたら?店に迷惑でしょ?」
理留がジト目で乃依に注意をする。
だが特に気にするつもりはないのかそのままのテンションで注文をしていた。

「お待たせしました」
ウェイターが乃依の分の品を持ってきたと同時にここのマスターの奥さんが口を挟む。
「乃依、お前何時もは静かなのにこの連中が集まると五月蝿いよな…というかそのテンションのままならさっさと出て行け。店の雰囲気壊すだろうが」
その言葉にマスターが奥さんを窘めているが俺は面白い話を聞いたと少し突っかかってみる。
「ほう、お前一人だとテンション低いのな」
空になったカップを弄びながら言ってみると明らかに乃依の持っているフォークが止まっている。
「なっ…なんのことかな〜ボクはいつも元気一杯ですよ〜?」
「明らかに動揺してるじゃない」
食後の紅茶を啜る理留から突っ込まれて半ば涙目になりつつある乃依。
「だって、流石に1人は寂しいよ…今までは皆がいたけどこの仕事の道に入ったら仲間はいないし、バイト先はちょっと気まずい相手がいるし…」
(なんか地雷踏んだか?)
俺はそのままフォローに回ろうとしたが流石乃依だった。
「でも、月1でも理留達に会えるからボクは大丈夫だからね」
屈託のない笑顔で言われると何も言い返すことなんてできない。
俺はさっさとこの話題を片付けると今日の事に話題を変えた。
「っで、今日はどうする?」

「っでゲーセンね…」
耳が痛くなるような大音響が響く一室に俺達はたどり着いた。
「まぁ、ボク達こういう所来なかったじゃない?」
乃依がそう言っている…様な気がする。
「私はちょっとあっち行ってくる」
理留がそう言った感じを残して店の奥に行くと乃依も好き勝手にどこかへ行ってしまった。
(これじゃ、一人で来たのと一緒じゃないか…)
俺はとりあえず乃依の方の様子を見に行くとした。

うおおぉぉぉっ!!
すごい歓声が既に一区画を揺るがしていた。
俺は乃依が歩いていっただろうその一画を覗いてみると歓声の的は乃依だった。
それは音ゲーの一画。
未だに死滅してないのかと思っていたダンスゲーの台で特に一部が派手に動いているのが乃依だ。
(あの胸で半ば飛んだり跳ねたりで振り付け付けてプレイしたら注目の的だよな…おまけにかわいいしな)
俺は多分ノリでやっちまったんだろうとスコアの方は気にせずに遠巻きで見ていたのだが…
一曲が終わったときだった。
(おっ、一曲は乗り切ったのか)
ゲームとなると苦手そうなイメージ…というか苦手だった乃依にとってはすごい事だと思い声でもかけようかと思った瞬間にゲームが信じられない事を言い出した。
「Perfect!!」
それを聞いた瞬間に踵を返し理留の方へと向かった。

こっちはこっちで異常ではあった。
先ほどの事もあったので俺はとりあえず自分がやるゲームを探す事にする。
因みに理留はシューティングの台で手元が見えないレベルで動いていた。

「ロン、リーチ、一発」
「安い手だね〜」
麻雀ゲーをやっていた途中に後ろから覆いかぶさる形で俺に話しかける理留。
「悪かったな。とりあえず勝てばいいんだよ」
俺は視線を画面から外さずにそう答える。
画面の中の女性がまた一枚脱いでいく。
「へぇ…こういうのが好みか…もしかして乃依狙っていたりしてないよな…」
そんな欺瞞に満ちた声が聞こえ俺は否定をしておく。
「こういうゲームにはボインの姉ちゃんが多いだけだっつうの…というかなんでゲーセンに来て別々にゲームしてんだか」
「ふむ…それもそうだな…まぁ、乃依もこっちに来るみたいだし私が相手してやろう」
自信に満ちた声に俺は一つ言葉を突きつけてやる。
「シューティングの方はどうしたんだ?」
理留は颯爽と俺から離れて対面台へと向かい4人対戦ができる事を確認しながら信じられない事を言い出す。
「とりあえずあのゲームで出せる最高のスコアを出しておいた。カンストが9並びではないのは少し不満があったな…おーい、乃依こっちだ」
俺は少し頭を抱えながら乃依が来るのを待ち、乃依が台に着くと理留が口を再び開く。
「さて、これは脱衣麻雀のゲームだったよな?だけど対戦じゃ脱がない…ならドボンのないこのゲーム…マイナス5000点から倍数で脱いでいくのはどうだ」
「それ…ボク達捕まらない?」
当たり前の突っ込みをする乃依に理留は自信満々に答える。
「大丈夫だ。脱ぐのは私じゃないからな」
そう言いながら俺に視線を向けてくる理留に俺は喧嘩を買ってやることにした。
「半荘で1回勝負な…謝ろうが何しようが脱いでもらうぞ?」
「ボク、マージャン知らないんですけど〜!!」
という訳で俺達3人での脱衣麻雀大会が開かれた。

「ほい、緑一色っと」
東2局でいきなりの役満。
もちろんこれを出したのは理留。
「えっと…さっきの役はなんでしたっけ…」
「大三元とか言ってたような気がする…」
俺達の手は完全に止まっている。
ルールのわからない乃依はともかく俺もがなんとか聴牌に持ち込むのがやっとだ。
「さっさと次行くぞ?せっかくの私の親番だからきっちりと稼がしてもらう…あと脱ぐのは終わってからでいいぞ?脱いでいく途中で捕まってしまっては冷めるしな」
「マジでこれ素っ裸になるんだが…」
再び画面の中に牌が配られた瞬間だった。
「ほい、あがりだ」
理留から信じられない言葉が発せられる。
「もしかして…」
「そのもしかして…天和だってさ…次はどんな役であがろうか?」
「ならボクこくしむそーっての見てみたい」
(そんな止めにくいのを…)
俺は完全に覚悟して立ち向かう事とした。

結論から言おう。
惨敗だった。
面白いように俺を狙い撃ちする理留にビギナーズラックなのか安い手から高い手までバラバラだがこれも俺から取っていく乃依。
CPUも居たが鳴く事もせずに俺の唯一の得点源になっていただけだった。
あっという間に半荘が終わり俺のマイナスは10万点近かった。
それから謝りとおし結局昼を奢るという事で決着がついたのだが…
「こんなジャンクフードでいいのか?」
ファストフード店の店内の一角を陣取りながら呟く俺。
大分混雑していたので席を取るのもやっとだったが店側も作るのが精一杯のようで店内で食う俺たちは半ば後回しにされていた。
「まぁ、ボクも何枚か脱がないといけない状態だったし文句はないよ。普通でもこんなぐらいじゃないの?賭けマージャンとかあるみたいだけど」
あの麻雀の後に撮ったプリントシールの台紙を眺めながら言う乃依。
思い返してみればゲーセン自体このメンバーで行った事がなかったからああいうシールも初めて撮ったんだろう。
大体このメンバー全員人が多い場所が苦手であったのもあるし、3人とも金銭面で悪戦苦闘していたのもある。
「雀荘行ってたら少なくても10万はすっ飛んでるだろうな。このメンバーで普通の高校生が行くような場所で遊べるなら私はそれでいいからな。とりあえず勝てばいいという過程や効率を無視しようとする考えのお前を叩き直す為の方便だしここの食事代でチャラだよ」
見慣れない参考書のような本を頬杖突きながら読みつつ言う理留。
(脱雀だと高い役狙うよりちまちま削る方が安牌のような気がするけどな…)
俺はそんな反論を飲み込むと少し気になっている事を尋ねる。
「そういえば、乃依はいいとして理留は今何やってんだ?大学に入ったぐらいしか知らんのだけど」
そんな問いに理留はさらりと答える。
「ん?去年は休学して今は編入試験を受ける準備をしてる。後は試験を待つだけだな」
「へぇ〜、理留が留年ねぇ〜…っでどこに編入するの?」
持っていた鋏でシールを切り分けると俺達に配りながら更に尋ねる乃依。
理留は受け取るとそのまま鞄に入れながら答える。
「医学部だな。医者になってやろうと思ってな。幸いよくしてくれる講師にも会えたし編入して卒業できたら就職先は安泰だな」
再び本に目を落としページを捲る。
気にはしてなかったタイトルが目に入り医学書の類だというのはわかった。
「人嫌いのお前が医者とか意外だな」
「まぁ、ちょっときっかけがあったんだよ」
そこまで話すとちょうど店員が品を持ってきた。

時は夕刻。
乃依は突如バイト先から連絡が入り応援に駆けつけていった。
つまりは理留と俺の二人っきり。
このまま帰ってもいいのだがなんと無しに別れずただ歩いていた。
「なんか、久しぶりだな…お前と二人で居るなんて」
ポツリと理留が呟く。
「そうだな…付き合ってた時ぐらいだしな…二人っきりっていうのは…」
思わず手でも繋ごうかと思い手を伸ばしてみるが生憎理留はポケットに手を突っ込みながら歩いていた。
そんな姿に苛立った訳ではないがなんとなく口から言葉が零れた。
「お前、その格好だと転ぶぞ」
「普段は白衣でこういう歩き方なんだ。今更転ぶなんて事はせんよ」
少し得意気に言う理留。
鼻歌なんかが聞こえてきそうな程ご機嫌だ。
「にしても、本当に学生みたいな休日だったな。ゲーセン行って、ファストフード食って意味なく店冷やかして挙句の果てにバイトで帰っちまうなんて」
笑顔を噛み殺そうとしているのだろうけど表情は完全に笑みで一杯となっていた。
「学生みたいって、お前はまだ学生じゃないか」
「それもそうだったな」
取り留めない会話が今の俺達には楽しかった。
幼馴染達とこう会話するだけでも昔の事を思い出して仕事の疲れも取れるものだ。
そう…昔の事を思い出して…
「なぁ、ちょっといいか?」
俺はそういうと足を止める。
理留は何かを感じ取ったのか笑顔が少し消え、まじめな顔を覗かせながら足を止め俺の方を見た。
足を止めてくれた事が確認できると俺は覚悟を決める事にした。

陳腐な台詞。
今や漫画でも言いそうもない程ありふれて使い古された台詞。
だけど一つ一つに思いを込めて紡ぐ。
その言葉が理留に届くと理留は顔を伏せる。
その身体は少し震えていた。
俺は言い終えると答えを待った。
しかし、返ってきた答えは俺が頭から外していた答えだった。
「…お前は…私達の絆を断ち切るつもりか?」
声も震えていた。
「前もそうだったがお前は懲りなかったのか?」
俺はその言葉を黙って受け止めるだけだった。
「乃依も私もお前も思いが拗れたからあの誓いができたんだろ?」
陽も落ち始め俺達の影が長くなる。
気のせいか理留の足元にポツリと雫が落ちたような気がした。
「私達は…私達の中では誰も結ばれちゃいけないんだよ」
そんな事はわかっている。
だけど俺は言わざるおえなかったのだ。
自分の気持ちをちゃんと整理する為に。
「私達の絆は永久にと誓ったじゃないかッ!!もう、あんな気持ちは嫌なんだよ…私は…」
あの頃だった。
乃依は他人には力を借りようとしない性格だった。
付き合った時に乃依の変化に気づくのが遅れていた。
気を使った乃依が俺達に相談していなくてあの件は完全に後手に回っていた。
無理やり作られたぎこちない笑顔の乃依は今でも鮮明に思いだせる。
「乃依だって私だってお前の事が好きさ…だけど私がお前と付き合ったら乃依の思いは成就しない…それならどちらも他の誰かを好きになれば不幸にはならないじゃないか…わかってくれよ…前と同じ事を繰り返すなよ…」
俺はその言葉を聞いて泣きじゃくりそうな理留の頭に手を載せるとぐしゃっと荒くなでる。
「すまなかった。ちょっとけじめをつけたかっただけだ…この事は乃依には内緒にしておいてくれ…俺達は皆で幸せにならないといけなかったんだもんな…」
理留の静かな嗚咽が聞こえる。
風に吹かれポケットから出ていた携帯のストラップが静かに揺れた。

「ねぇ、これを誓いの証にしない?」
引越しの日の俺の家での出来事。
「ストラップねぇ…確かに最後に何か一緒にやろうと皆で作ったが…こんなのでか?」
「みんなのイニシャルも入ってるし調度いいでしょ?ボクとしてはこれで皆繋がったままだと思えると思うんだ」
「まぁ、それはそれでいいかもな。邪魔にもならんし」
そう言うとその場で携帯に付ける。
そして声を合わせて誓い合う。
これが今まで…否これからも俺達の絆を繋ぎ続けるモノ…
「いつまでも皆の絆が途切れずに皆が幸せであり続けれますように」
俺達幼馴染の誓いだった。


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