No22 飛行機雲

青い空。
何処までも澄み渡って雲一つない青空。
私はそんな空を土手に寝そべりながら見上げる。
その空は何処までも穢れない青で白紙のキャンバスのよう。
私は幼い頃からその青いキャンバスに夢を描き続けていた。
もちろん今もこのキャンバスに思い描き続けている。
そんなキャンバスに白い一本の線が描かれ始める。
私はその線を見て思わず呟き始めた。
───何処までも青い空に私は夢見る
     いつかその青い空に身を預ける日を
     その青い空を自由に飛びまわれる日を───

「なにやってんだ?」
私は慌てて言葉を止め明らかに私に向けられた声の主を探す。
土手の上の方を見ると私服姿の英人がいた。
「見ての通りよ」
相変わらず素っ気無く返す私。
(何やってるのよ私は…)
話しかけてくれて嬉しいはずなのに素直になれない。
私はそんな嫌な気持ちから逃げるように空を見る。
「むしろ、英人こそ何故こんな所に?」
ここは比較的人通りが少ない。
住宅街からも歓楽街からも離れており彼が通る理由がわからない。
そんな私の問いに両手に持ったビニール袋を彼は掲げて答える。
「パシリだよ。夕飯の材料ねぇから買ってこいってさ…っで柳川は制服で何やってんだ?昨日で晴陽祭の仕事は終わったろ?」
私は特に姿勢も正さず寝そべったまま答える。
「ちょっと残った仕事を片付けただけよ。学校に行ってたから制服なだけ」
「ほう…そうだ、隣いいか?」
別に断る理由はないので了承すると彼は私の方へと降りてくるので私は身体を起こし対応することにした。

「そういえば柳川の家はこの辺じゃないよな?」
「なっ…なんで私の家をッ…」
私は慌ててはいるが兎に角その理由を問いただす為に言葉を紡ごうとするが上手く紡げない。
そんな私を見て彼は不思議そうな顔をしている。
「だっ…だからどうやって私の家を…」
「柳川…お前あの時の記憶ないのか?そりゃ多少おかしかったがそこまで重症だったとは…」
(…あの時?)
私は思い当たる節を探し出す。
彼が私の家を知る必然性がどこかにあっただろうか…
「あっ…あー!!」
「突然どうした!?」
私は思い出す。
(あの時の…あの時の私は…)
完全に素であるだろう私。
今にしては憧れるような私の姿が微かな記憶が蘇る。
私は慌てて喋りだす。
「すまない…あの時の事は忘れてくれ。あれは病による気の迷いだ」
「まぁ、そういう風には言ってたな。でもあの時の柳川の性格を忘れる事なんてできないな」
ニヤけた顔が憎たらしいはずなのに怒る気がしない。
私は思わず顔を逸らして彼が最初に投げかけてくれた質問に答える事とする。
「ちょっと暇だから散歩ついでにここに来たんだ。ここで空を見るのが好きだからな。特にこの時間は…」
「この時間の空ね…」
彼と同時にまた空を見上げる。
そこには青空が広がり再び飛行機雲が彩り始めていた。
「飛行機が好きだとか?」
「へっ?」
突拍子のない質問に私は驚く。
それも的を射った質問だった事が更に私の驚きを加速させていた。
「どっ、どうしてそう思ったの?」
私は少し口ごもりながらも尋ねてみる。
「ん?この時間のこのあたりは飛行機が飛ぶからな。定期便が2、3.本ぐらい。だからそんな感じがしただけだ」
私の横で彼がにこやかに言う。
委員会の会議では隣になるがよく考えると2人っきりで隣なった事なんてなかったような気がする。
そんな事を認識して思わず緊張してしまい、その緊張を隠す為私はとりあえず話をする事にした。
「飛行機が好きというか…飛行機雲が好きなんだ。あの青い空に自ら白い雲を生み出して描いていくその姿とその存在が…」
彼に顔を合わせず飛行機が描く雲を見上げながら言う。
「ふーん…だからあんな詩を詠ってた訳ね…」
「なっ!!聞いてたの!?」
思わず彼の方に顔を向け怒鳴る調子で言い放つ。
「そりゃ、足止めたのが聞き覚えのある声が聞こえたからだしな」
その言葉に私の顔が紅くなっていくのがわかる。
ますます彼に顔を向ける事ができない。
私はとりあえず今日は彼の方を見ない事を決心すると再び空を見上げる。
「…知られたからには別に隠すつもりはないけど…私、空に憧れていてね…」
「ふーん…」
興味があるのかないのかわからない生返事が返ってくる。
だけど私はお構いなしに喋る。
そうでもしないと熱で倒れてしまいそうだ。
「最初は両親が死んで幼い頃に聞かされていたお空に行くとか星になるとかを信じていたから空を見上げていたの」
(こんな事聞かされて迷惑じゃないだろうか…)
そんな思いが私の心を掠めるが無視して続ける。
「いつの日かは私はその空自体に憧れを抱いていたの。蝶や鳥は自由に空に飛びたてるのになんで私は飛べないのだろうとかがいつの間にか何時かは私も飛んでやるに変わってた」
見上げていた空の飛行機雲が消えていくのがわかる。
それをきっかけに私は視線を彼の方に思わず向ける。
退屈そうな顔でもしていると思ったがそれなりに真剣な顔で聞いていてくれたのでそのまま続ける事にした。
「そしたら、その空を人工物が雲を創って飛んでるじゃない…それを意識したら憧れというか…夢になってたんだ」
「夢ね…パイロットにでもなるのか?」
そんな問いに私はゆっくりと首を横に振り話を続けた。
「最初はそうだったけど女性の機長ってまだ少ないし何より競争率も高くて必ず空へと飛べるわけじゃない…だから私CAを目指そうって思ったのよ」
私の夢を素直に告げる。
空を翔る翼に乗れる職業に私は就きたいという私の夢。
そこまで言って私は少し不公平感を感じた。
「っと、私が空を見てたのはそういう理由…さて、私の夢を話したのだから英人の夢も聞かせてもらいましょうか?」
「いや、俺が聞いたのは何をしてるかであって夢とかじゃ…」
「いいから、言いなさい」
私のその一言に少し唸りながら考え込む彼。
(というか考える事なのか?それとも何か悩んでるとか…)
馬鹿正直に話した私も私だがここではぐらかされるのは正直気分は悪い。
「私達もう2年生だぞ?まさか進路先全く決まってないとか…」
恐る恐る様子を見ながら訊いてみると彼は今まで唸っていた声を一瞬途切らせ再び唸りだす。
(こりゃ今まで本当に考えてなかったな…)
私はちゃんとした答えが返ってくるのを諦めて行き先不安な彼の進退を心配し始めたところで彼が口を開いた。
「俺、パイロットにでもなるかな」
「はい?」
幼稚的というか高校生としての答えとしてはどうかという答え。
なによりむしろ…
「今決めたろそれ…」
「バレたか」
悪びれた様子も見せずに笑顔で言う彼。
そんな様子に私は思わず頭を抱えそうになるがとりあえずその理由を聞くことにした。
「なんで今そう決めたんだ?英人ならとりあえず進学でもするかな、とか言うと思ったんだが」
「まぁ、今さっきまではそうだった。特にやりたい職業なんてないし普通にサラリーマンで町を駆け回ってるか工場かなんかで何か作ってるんだろうなぐらいしか思いつかなかったがな…柳川がスッチーやるならそのパイロットになってやろうと思ってな」
その言葉に私は思わず動揺するが心の中で生まれた本心を聞きたいという事が勝り言葉を紡ぎだした。
「なんで私が関係するんだ…」
紡いだのはいいがあまりにも消えてしまいそうな声。
知ってしまったらなんとなく今までの関係を保てない気がしていた。
「ん?スッチーじゃ飛ぶというより飛ばしてもらってるって感じじゃないか。ならせめて俺が飛ばしてやるって事だ…っと」
そこまで言うと彼は携帯を取り出し画面を見ると慌しく立ち上がり土手を駆け上がっていく。
私は思わず止めようとするが彼の口が開くのが早かった。
「早く帰らねぇと親が怒るんで行くわ。んじゃまた登校日に」
その一言を残し駆けていった。
私はその姿を見届けると再び空を見上げる為に再び寝そべる。
「まったく…スッチーじゃなくてキャビンアテンダントだっつうの…」
茜色に染まろうとし始めた空に飛行機雲が再び作られていく。
私はそんな空を見て思わず呟き始めた。
───何処までも青い空に私は夢見る
     いつかその青い空に身を預ける日を
     その青い空をあなたに飛ばしてもらう日を───


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