No21 本棚

少しでも本を読む人間なら家なり部屋なりに本棚はあると思う。
本棚と言わずとも本の収納スペースはあるだろう。
俺の幼い時の夢の一つは本に囲まれた部屋に住む事。
それともう一つ…

「たしかこの資料は…」
現在俺は資料整理の真っ最中。
俺は幼い頃の夢を叶えれていた。
実際現在は独立して部屋には一面に本棚と本が敷き詰められ更に隣の部屋は完全に書庫と化した。
そして俺の幼い頃の夢であった仕事にもちょっと違うが就く事ができた。
ただ一つ誤算があったとすれば…
「啓次…ひまぁ〜」
半ば居候と化した奴がいるぐらいか…
「俺は今忙しい」
特に相手をせずに黙々と作業を続ける。
幼い頃の夢…俺は探偵に憧れていた。
ベタな事に幼い頃はシャーロキアンの一人であった。
流石に大人達がやるほどの研究とかはできなかったがやっぱりホームズはいたはずだと思い込んでいた。
時が経つにつれてそのホームズへの憧れは次第に探偵への憧れに推移し高校生時代に家を飛び出しそれまでバイト等で稼いだ金を引っ張り出し事務所を構えた。
最初は探偵だけでやっていけるはずがないと便利屋家業として始めて世間では言えないことなんか散々やって今の地位を確立していった。
そんな俺の原点でもあるホームズ全集はもちろんこの本棚達に納められている。
俺は手を止めてそのホームズ全集のある本棚を眺めながら俺の邪魔をしようと虎視眈々と狙っている長髪の少女…莉沙に「あっちの書庫にでもいって本読んでろ」と言い放っておく。
流石に今纏めている資料を他人に見られる訳にはいかない。
「にしても…本当にこの部屋って本ばかりよね…こんだけあって読みきれるの?」
莉沙は隣の書庫に行かず事務所側の本棚の本に手を出すが内容に躓いたのか数ページ捲ると戻すの繰り返していた。
「読んだ本しかここには置いてないぞ?読み終わってないやつは棚には入れてない。机の中か机の上に置いてあるな」
そう言って机の上に偶々置いてあった読みかけの本を指して言うとそのまま俺は作業を再開した。
「じゃ、この本は全部読み終わったやつ?…だったら処分すればいいのに。邪魔でしょ…」
その言葉に少し苛立ちを覚えたが何人かの知り合いに聞くと女性と男性ではモノの価値観というのは時に180度変わるというのを聞いており保持する事に関して特にそうという事を幾度もの悲劇と共に聞き知っていたので心を落ち着かせ本心を説く。
「確かに読み終えているが知識として正しく入っているかは別だ。間違った記憶と知識じゃ正しい答えは導けん。この本棚の本は少なくても俺の記憶の正しい部分を完全に保管したもの…即ち俺の脳でもある」
(すこし決まりすぎたか?)
俺は書類から目を離さず一人ほくそ笑む。
そんな俺を嘲笑うかのように莉沙は一冊本を取り嫌味っぽく喋り始める。
「こんな本まであんたの知識ねぇ…大体情報なんて日々更新されてるんだし新しく手に入れるならネットでも新聞でもいいわけじゃない。こんなに本で溜めておくのは駄目でしょ。古い知識だって間違った定理になりうるのよ?」
手に取ったホームズ全集の一冊を弄びながらこっちを見て喋っているのがわかる。
だからこそここで反撃をしておく。
「お前は少しここの本を見てみろよ。更新されるようなものは買い換えてるしそもそも更新されるような本なんざ置いてねぇよ」
この部屋の置いてあるのはこの便利屋家業を始める為に掻き集めた参考書や小説に辞書や漫画…情報ではなくあくまで知識を得る為のもの。
不変に残しえる知識をここに集めている。
それに…
「それに俺は学者じゃねぇから論文関係なんて読めたもんじゃねぇからこんなんでいいんだよ。あくまで俺が生涯の内で知った知識を自分で読み返せればいいんだよ…っとその全集は汚すなよ」
「ふーん…まぁ、読書家というか所蔵趣味ってやつ?…あんまりわからないけど人の趣味は千差万別だし…」
そう言いながら本を戻している莉沙。
(これで少しは静かになるか?)
俺は先ほどから殆ど進んでいない資料整理に少し頭を抱えそうになりながらも兎に角手を動かす事とする。
しかし今日は仕事も進まないようだ。
「そういえばこの部屋一箇所だけ本棚がないのはなんなの?ほら、あそこ」
俺は顔を上げて莉沙が指した場所を見る。
そこには不自然にこの部屋にある本棚1つ分のスペースが空いている。
「あぁ、そこの本棚は妹にやったんだよ」
「へぇ〜、啓次って兄妹とかいたんだ」
少し意外そうな顔をしている莉沙。
「まぁな、だがあいつが今なにやってるとかは知らんが…多分大学にでも行ってんじゃねえか?一人暮らしするからって本棚欲しいって言ってきた位だしな」
そんな話をした為か少しだけ妹の事を思い出す。
(そろそろ妹の方に顔だすか…)
家を飛び出してから数年になるが一度も家には帰らなかった。
飛び出したのだから当たり前のような気もするが両親は俺の働いている場所や何しているかなんて知らないだろう。
妹だって一人暮らしをした後に街で偶々俺を見つけたらしいので一度も家には帰る事はなかった。
(まぁ、半ば追い出すつもりではいたみたいだけどな)
書庫の中に住んでいるような今の状態が夢だった俺だが流石にこのような状態は親は好きではないようで本を捨てる捨てないの言い争いなんて毎日のようにしていた。
そんな状態だったから妹とも仲はそこそこ良かったが場所も告げずに飛び出していた。
もう会わないと思っていたがお互い場所を知ってしまった以上今はなんとなく会いたい気持ちはあった。
(元気でやってるかな…)
俺は空いているスペースに目をやり思う。
ここに本棚を追加で入れないのはもしかしたらこんな気持ちを思い出す為に空けているのかもしれない…
そんな事を思い手を止めていると莉沙が少し不満そうな顔をしてこっちを見てくる。
「どうした」
俺は何が不満かわからず思わず尋ねる。
「…啓次、手止まってる…それじゃ何時まで経っても終わらないじゃない。いいわよ…邪魔になりそうだからあっちの部屋に行って本読んでる…」
そう言って不満そうな顔のまま書庫の方へと向かう背中に声をかける。
「左の棚は絶対に触るなよ」
「わかってますって…どうせエロ本でしょ?私は興味ないから見ないわよ」
そう言って少し意地の悪い顔をして書庫の部屋に入っていく莉沙。
左の棚…一番奥の本棚を俺はそう呼んでいた。
そこには誰にも見られたくないものがある。
本棚というのは本を保管するのと同時に人には見られたくないものを保管するのにも適している。
木を隠すなら森の理論。
あそこには俺が墓場まで持っていかないといけないものがあった…

資料纏めも終盤となっていた。
過去に扱った仕事を振り返り忘れないための作業。
流石に最近は人にも言える仕事も増えてきたのに満足し始めていた。
「やっぱ、金は少ないけど胸張って言える仕事の方がいいわな…」
後数ページ分となった所だった。
「ひにゃぁぁ〜ッ!!」
なんとなく可愛げの入った叫び声が聞こえた。
(Gでも出たか?)
俺は手元にあった新聞片手に書庫へと向かった。
(あいつら本も食いやがるからな…)
書庫への扉を開くとそこには一番予想したくなかった光景が広がっていた。

「おい…触るなって言っただろ」
「ごっ…ごめんなさい…」
目の前に広がっていた光景は左の棚に入っていたモノが散乱しておりその怯えた顔をした莉沙が一冊のファイルを抱えていた。
もちろんそのファイルはこの棚の物。
見られたくないのはその中身だったが周りの散乱物が既に中身が公開されている状態。
言い逃れはできない。

「全く…なんで触ったんだ?」 丸めた新聞紙を弄びながら尋ねる。
冷静を装う為の演技。
何かしていないと衝動で動いてしまいそうだ。
「だって…啓次がどんな人がタイプなのか知りたくて…この棚触るなって言うからやっぱり子供には見せれないものかなって…」
確かに子供には見せれない物だし莉沙が探していただろう物もこの棚には隠されている。
「でも…これって…」
ファイルを抱える手が震えているのがわかる。
それどころか全身震えている。
俺は下手に嘘をついてもバレるのはわかっているので正直に言う事とした。
「それは…俺が今までしてきた仕事の記録だ…」

そこに残してあったのは俺がマスターと出会った時あたりだった。
店を始めて数ヶ月。
当てがなかった俺は色々な所で頭を下げて仕事を貰っていた。
そんな最中にマスターと出会った。
会う前にも何度かやったことのある仕事だった。
でもマスターと出会い始めて知った。
その類の仕事は全てこのマスターから来ている事を…
始めは躊躇していた。
それでも何度も死線を彷徨う羽目になってからは容赦は無くなっていた。
元は自分の手柄だと報告する為に資料を製作していた。
その資料は何時しか忘れてはならないという烙印の意味を込めてここに保管した。
そう…この資料の数だけ俺は…
「これだけの人数を殺したんだよ。一応犯罪者とかその手の者らしいけどな。何人かは一般人も混じってると思う…」
散らばった資料を拾い上げ本棚に戻す。
その作業をしながら俺は口を動かす。
「俺は結局犯罪者なんだよ。どうだ…嫌いになったか?ならさっさと帰ってもう二度と来るな」
俺は莉沙の方に顔を向けれずに只管手を動かしていると不意に腕を掴まれる。
「なんで…残してあるの?」
その一言が聞こえる。
相変わらず俺は莉沙の方を向けない。
「言ったろ?本棚は俺の脳…決して忘れちゃいけない事だからだよ…」
「そう…」
その一言を言うと莉沙は俺の腕を放す。
「啓次は…少しは後悔してるの?」
「そりゃな…」
「ならいいわ…私は別に啓次の過去なんてどうでもいい。私が好きになったのは今の啓次だもの」
思わず俺は莉沙の方を見る。
そこには少し涙を浮かべて微笑む莉沙がいた。
なんでそこで微笑む事ができるのか俺にはわからない。
なんで今泣いているのかもわからない。
俺の心は少し揺れ本能が少し吐露する。
「もしかしたら、知られたからとお前を殺すかも知れないんだぞ?」
俺は立ち回り莉沙を壁側に追い遣りそう呟く。
体格差がかなりある二人。
莉沙に逃げ道等ない。
なのに莉沙は涙目を浮かべながらも半ば睨むように視線を外さず言う。
「啓次はそんな事はしない。大体私は啓次が犯罪者だって知ってて付き合ってほしいっていったのよ?わざわざその証拠で強請るって形で…バレたらここにガサだって入るでしょうからどうせバレるでしょ?そんな状態なのに私は今この時点まで生きている…あなたは絶対に私を殺すなんてしない」
答えになってない言葉。
俺はとりあえず睨むことしかできない。
そんな状態で膠着するのかと思ったが莉沙の言葉は止まらない。
「なんなら、ほらこれ…」
そう言いながら手際よく手元から一本のナイフが出てきて俺に差し出される。
「マジックでよく使うから商売道具としていつもすぐに出せるようにしてるの。なんなら今すぐこれ使って私を襲ってみれば?私は殺されたりしないよ?あなたとちゃんと結ばれるまでは何度だってあなたの前に現れてみせるんだから」
そう言い俺にナイフを持たせようとする。
(こいつ…)
俺は素早く手刀でナイフを落とし持っていたモノで莉沙の頭に思いっきり振り下ろす。
それと同時に大きな音が部屋に響く。
莉沙は何が起きたかわからないようで唯呆然と俺を見ていた…

「にしてもいい音が鳴ったな」
俺は手に持っていた新聞紙を弄びながら目の前の涙目の莉沙に声をかける。
「痛いんですけど…音と一緒に結構な痛みが走ったんですけど…」
頭を擦りながら恨み言のようにこっちを上目遣いで睨みながら言う。
「そんなんお前の自業自得だ。全く…触るなと言った本棚触った上に俺に自分を殺せとか…」
俺は頭を掻きながらナイフを拾う。
しかしそのナイフに少し違和感が…
「なんだこれ…」
刃に触れても切れる様子がない。
少しは痛みが和らいだのか擦るのを止めた莉沙は満面の笑みでその理由を話す。
「それ玩具だよ?ペーパーナイフにすらならないぐらいのね。喉元ぐらいなら突き破れるだろうけど人殺しには全く向かないわね〜」
俺からナイフを盗み取るとさらりとしまう。
おれはその満面の笑顔に再び思いっきり新聞紙を振り下ろす。
「痛ぁーい!!なによ、思いは本当なんだしいいでしょ?少なくても本気でやられるかもって怖かったんだし!!大体なんで新聞紙なんて持ってるのよ!?」
今にも泣き喚きそうな顔で言う莉沙に俺は頭を撫でてやりながらその問いに答えてやった。
「お前が叫んだんでGでも出たかと思ってな。…とりあえずここ片付けるから退いてろ」
俺が屈みファイルを拾い始めた瞬間だった。
持っていた新聞紙をナイフの時のように奪うと思いっきり俺を叩く莉沙。
「その為に持ってきた新聞紙で何度も叩いて…私はゴキブリじゃないっつうの!!」
俺は特に動じる事なくファイルを集めていたが叩きつかれたのか乱舞が止む。
「…私が悪かったんだし…私が片付ける」
新聞紙を放り出し俺の横に屈みファイルを掻き集める莉沙。
付けてある付箋の殺害方法等と物騒な文字が躍る。
俺が作業を止めさせようとするとそれを遮るように喋りだす。
「私だって、そこまで子供じゃない。この街にならこういう仕事もあるって知ってた。啓次がそれをやっていたというのは少し吃驚したけどそんなのは私には関係なかったのよね…」
指先が震えているのがわかる。
だけど、彼女が決めた事なのだ。
俺はこの場を任せる事にした。
「なら、任せるとするよ。片付いたら事務所の方に戻ってこい。一杯飲んでどっか遊び行くぞ」
俺はそのまま顔を合わせず書庫から出て行く。
「直ぐに終わらせるから!!」
そんな声を背に…

俺にとって本棚とは自分の脳だ。
自分にとって忘れたくない事を収めておく場所。
時には自分を支えてくれた本を。
時には自分を変えてくれた本を。
時には自分で書いた恥ずかしい文を。
時には自分の忘れたくない過去を。
そして…
「啓次…?」
書庫の扉が開かれるのを確認して俺は見返していた資料を閉じる。
莉沙の方を見ると一冊の本が抱え…否抓まれていた。
「啓次ってこういうのが好みなの?」
俺の顔が青ざめていくのがわかる。
「こんなに…こんなに…」
「いや、それはな…というかどうやって、隠していたはずなのに…」
「マジシャン舐めんな!!あの本棚に隠し棚があるのぐらいわかるわ!!」
「だからって開けるなッ!!」
「私の当初の目的忘れたのッ!?…というかこんなのが好みなら私勝ち目ないじゃない〜!!」
「恋愛と性欲ぐらい区別は付けれるわ!!」
そして、男ならエロ本の一冊ぐらいは…


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