No19 カメ

いつもの日課を済ませて家路をゆったりと歩く。
いつもとは違う道に興味を持ってちょっと寄り道した先にソレがあった。
「こんなところに、こんなんあったんだ…」
私はソレを見渡すと十分に気に入ってソレに入っていく事とした。

特に名前を見た訳じゃない。
ソレは寂れた神社。
いたって普通の神社なのだけどもこの神社は他の神社と違うモノがあった。
「カメばっかね…」
狛犬とかがあるような場所にはカメの石像が、手水舎にもカメ、神社の社にも賽銭箱にもありとあらゆる所にカメが存在していた。
「まるでカメ神社ね」
そんな神社、何が祀られているかなんてわからないけど私は気に入った。
「何かの縁だし…お参りしていきますか」
私は賽銭箱に小銭を放り込むと手を合わせた。

「先輩?何してるんですか?」
しばらく手を合わせていると突如後ろから声が掛かる。
その声が私に向けられていると思い、振り返るとそこには見慣れた顔でいた。
「乃依か…ちょっと参拝にね。縁起良さそうだし」
私はこんな所では何だしと境内から下りた所へと誘った。

「ほい、私の奢りだ」
私は缶ジュースを乃依に投げ渡す。
「ありがとうございます…っで先輩は何お願いしてたんです?」
感謝の言葉と一緒に質問を投げかけてくる乃依。
だが、その言葉に引っかかるものが一つ…
「乃依さ…その先輩っていうの止めてくれない?バイト入ったの殆ど同時期だし年もそんなに変わらないんだしさ…」
この子は乃依。
バイト先の一応後輩なんだけど後輩って言ってもあの店でのバイト暦は1ヶ月の差しかない。
写真家を目指しているって言ってるのと下の名前しか名乗らない少し不思議な子でもある。
年は20歳ぐらいとはぐらかす一方だった。
身体的特徴といえばそこそこ自信のある私でも負けるそのスタイルだろうか。
(長身にその胸とか…私スタイルでは勝ち目ないね…)
「では…真理香さん?ん〜なんか変な感じだな…やっぱ先輩って…」
「却下、それどころかさん付けも止めてほしいぐらい」
「むぅ…わかりました。でもさん付けは譲れません。何ならお姉さまでもいいですよ?」
これ以上食い下がると本当にお姉さま呼ばわりされそうなのでこの辺でやめて置く事にした。

「それで、結局真理香さんは何お願いしてたんですか?結構熱心そうでしたけど」
「あぁ…あれね。ちょっと従姉妹の事をね。まだ、色々と多感な時期だしコツコツゆっくりでいいから前に進んで欲しいかなって」
私はありのままに話す。
(彼女の家出も彼女が彼女の意思で進みたい道の為にやった事だからお節介かもしれないけど)
「へぇ…でもなんでこの神社なんです?」
「なんでって…カメだから?」
私は神社の方を見て答えた。
「カメ?なんか関係あります?」
乃依もつられてなのか神社の方を見る。
そこにはやっぱりカメだらけの神社があった。
「ほら、ウサギとカメの話。コツコツと進んだカメがサボったウサギに勝ったって話。カメだらけの神社ならそんなご利益があるかなって」
「へぇ〜…ここ、別にカメとか祀ってないですけどね」
「へっ?そうなの?」
てっきりカメ関係の神様でもいて祀っていると思っていた私は思わず声を上げていた。

「ここの神社…晴陽神社は確か江戸時代ぐらいに建てられた神社で今の神主が13代目あたりだったりしまして…」
突如始まった講釈に私は耳を傾けるが少し疑問が出たので遠慮なく質問をぶつける。
「もしかして晴陽高校とかと関係あるの?晴陽って都市でもないから気にはなっていたんだけど」
「そのとおりです。この町周辺にある晴陽小・中・高は10代目神主が市政に関わって建てたそうです」
なんとなく気になっていた疑問が思わぬ所で解決して少しすっきりする。
「それで、この神社がカメだらけなのは何代目かの神主がお告げを聞いて毎年1つカメの何かを増やしてるんです」
「ふ〜ん…それはそれでカメのご利益もありそうだなぁ。」
「どうでしょうね。ここ、恋愛の神様ですし」
「…まぁ、それも必要だし…というか乃依詳しいね。神社マニアかなんか?」
私がそう問うと少し複雑な笑みを携えて頬を掻きながらその質問に答えてくれた。
「ボクの実家なんですよ…ここ。兄が継ぐ見たいなんですがね…って、しまった…忘れてください今のッ!!」
慌てて隠そうとする乃依に疑問は持つが人は他人に知られたくない事があるもんだし詮索は良くないと自分自身を納得させようとしそのまま違う話題を振ることとする。
「乃依は好きな人とかいるの?」
「へっ?とっ突然なんですか?ボクにそんな人がいるとでも?」
「な〜んかそうやって慌てるのがずいぶん怪しいんだけど?」
ものすごい勢いで隠そうとする乃依に私はしつこく突っ掛かると観念したのか顔を真っ赤にしながら白状しはじめた。
「…前、ちょっと仕事でヘマした時に助けてくれた人がいたんですよ…連絡先は貰ってますけど勇気湧かなくて…」
「へぇ〜…バイトの人?だとすると厨房か…」
バイト先の男性メンバーを思い返してみるが元より乃依がミスした事自体ほとんどない事から全然思い当たらない。
(最初の頃のミスだと…店長だぞ?フォローしてたの…)
なんとなく嫌な想像が過ぎりそうな寸前で乃依の言葉が私に届く。
「あの…仕事って写真の方ですよ?ゴシップとか事件とかの方の…」
その言葉に私は納得がいく。
(そりゃ、そうか。むしろ乃依の言う仕事って写真の方だよね)
「ふむ…ならもう一度神社に行ってお参りしておこう」
「へっ?ここにですか?だから一応ボクの実家だって…」
「そんな事は忘れた。忘れろって言ったの乃依だしね。私も自分の恋愛も叶えてもらう為にッ!!いざ行かんッ!!」
私は少し抵抗する乃依の手を引きカメの待つ神社へと再び戻っていった。

「あれ?先客?」
先ほどまで人なんて居なかったのに賽銭箱の前には腰まで伸びた長い髪の少女が熱心に手を合わせていた。
(この子も恋愛で悩んでたりするのかな?)
なんとなく微笑ましい感じになりながらも私は乃依を急かし手を合わす。
(どうか、少年との距離がもう少しだけ縮まりますように…カメのようにゆっくりとでいいですから…)


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