No16 飲むヨーグルト

夏休みも序盤が終わろうとしているところ。
私はとても幸せな日を迎えていた。
私は幾度と無く時計で時間を確認する。
その度に今日の服装は大丈夫かどうかとか髪型は乱れてないかとか気にする。
待ち合わせの時刻は午前9時。
時計の針は今丁度8時を指す。
「ちょっと早く着きすぎちゃったかな」
でもそんな待っている時間さえ今の私にとっては至福な時間になっていた。
そう、今日は…
「ごめーん、もしかして待ってた?というか遅れたりした?私…」
この朝菜先輩との初デートなのだから。
「大丈夫ですよ。まだ一時間前です。私こそ浮かれて早く着いてしまったんですから」

別に今まで一緒に出かけたりした事がないわけじゃない。
部活の帰りは大抵2人で帰るし休みの日はお互い買い物に付き合ってもらったりしている。
でもそれはあくまでも先輩と後輩とか友達としての行動。
少し前に私が怪我をしてしまったことに対して朝菜先輩が責任感を負ってしまったようで1つだけ何でもいうことを聞いてくれるとの事だった。
だから私は今日のデートを約束とした。
先輩からはいつも通りだけどいいのかって聞かれたけど私はきっぱりとその時に言った。
「これは、いつものお遊びではなくて真剣にデートなんです。一日でいいので朝菜先輩の彼女になりたいんです」
その一言にやっぱり少し困惑した表情も見えたけどなんとか承諾はしてくれた。
先輩が同性から恋愛対象として見られるのはあまり好きではないという事は知っているけどだからこそこういうチャンスを使ってでも一度は叶えたかった。
(二度とこんな事はできないだろうからね…)
「っで、今日は何処に行くの?お決まりのデートコースの一つとしたら…ミスティで買い物とか?街まで出れば色々と楽しめる物もあるし…」
「そうですね…とりあえず街まで出ましょうか」
私は先輩の提案に乗る。
というのも私のプラン上の行動と同じ感じだし何より…
(別に私が誘導すればいいだけだしね)
そんな思惑の中で私達は街へと向かって行った。

「にしても…暑いわね」
「まだお昼にもなってないんですけどね」
時刻はやっと9時。
流石のミスティもこの時間には開いていない。
私達は街と私達の住む町の間辺りにある公園をぶらついていた。
「というか…暑いというより熱いんですけど…」
「異常気象でしょうかね。というか毎年異常気象だったらもはやこれは普通なのかもしれませんけど」
この時間から街へ行ってもいいけど結局ぶらつくだけなので少しでも涼しいここに居たほうがマシなのかもしれない。
「なんというか…喉渇かない?私カラカラなんだけど…」
「そうですか?…なら、丁度いい場所があります」
そう私は提案する。
記憶が正しければあの店はもう開店しているはず。

「牛乳専門店…ミルクスタンド?」
道すがら私の目指している店について話す。
「まぁ、似た感じですかね。一応持ち帰りもできますし、メインは乳製品ですからミルクスタンドとはちょっと違うかも知れませんけど」
私達が今向かっているのは乳製品を扱う『Madder Sky』
このあたりでは隠れ家的な店で有名な牧場からあまり公にせずに提供を受けている店で口コミ以外の宣伝を拒否している程である。
(まぁ、今の世の中ネットの書き込みで広まってはいるけどね)
そんな会話の中私達は『Madder Sky』に辿り着く。
私達はテイクアウト専用のカウンターに立つと奥から人が出てくる。
横の先輩の顔を見るとすこし吃驚した顔が見える。
それもそうだろう。
お店の外観は落ち着いた感じのかわいいお店といった感じなんだけど出てきた男性…このお店の店主は髭面の大柄の男性。
大よそ似つかわしくないこの光景は大抵の人はまず固まる。
(やっぱり朝はマスターの方なんですね)
私は慣れているのでそのまま注文を続ける。
「朝絞りの飲むヨーグルト一つと…朝菜さんはどうします?」
「えっ…えっと…」
見事に頭はフリーズしていたようで戸惑っている。
(そんな先輩もかわいいんだけですけどね…)
私は完全に戸惑っている先輩に助け舟を出す。
「マスター…今日のお勧めはなんです?」
その言葉を聞くとマスターはゆっくりと立てかけてあった黒板を指す。
その黒板の内容を確認すると先輩はそのままそれを注文していた。

『Madder Sky』から私達は再び公園に戻る。
「にしても、よくあんな店知ってたね」
「まぁ、いろんな情報はほかって置いても手に入りますから」
私は携帯を取り出して先輩の前で振ってみせる。
「というか…あの男の人なんなの…お店の雰囲気と逆行しているんだけど…」
当然のような質問に私は答える。
「あの店のマスターというか、店主はあの人じゃなくて奥さんのほうなんですけど朝は仕込みとかで出れないので街の方でバーを経営してるあの人が朝の少しの間だけやってるんです」
その答えに納得言ったのか袋から2つの同じカップを取り出し両手に持って1つを私に手渡してくる。
それを受取るとまた疑問が生まれたのか質問が投げかけられる。
「そういえばお勧めは私の頼んだミルクみたいだったみたいだけどどうして飲むヨーグルトなの?」
「確かに今日のお勧めかもしれませんけどコレは安定していつもおいしいですし…まぁ、好きなんですよ。一口飲みます?」
私は先輩の方へ差し出すと先輩は少し複雑な表情をする。
「えっ…と私、ヨーグルトとか苦手でね…」
「そうなんですか…すみません」
(失態した)
私は正直そう思った。
下調べというか先輩の好みを把握できていなかった私の失態だ。
正直すこしへこむ。
「だっ、大丈夫だよ。牛乳は飲めるから…ってあれ?」
蓋がちゃんと閉まりストローが刺さっているカップを見て先輩は固まる。
理由はわからないけど私はとりあえず気分を変える為に飲み始める。
(あれ?いつもと味が違うような…あっさりしてる?)
少し疑問に思い口を離し先輩を見る。
先輩も一口飲んだようだけどそこで完全に止まっている。
(もしかして…)
二つのカップはまったく同じ。
どこかにミルクとかヨーグルトとか書いてあるわけでもない。
蓋が閉まっていれば匂いもわからないし傾けても中身は両方白。
「もしかして…ヨーグルトです?」
先輩は黙って頷く。
「…飲めませんよね…その様子だと」
完全に涙目になりながらも頷く。
(なんというか…今日は裏目に出すぎです…)
「変えましょう。買いに戻るのはその時間辛そうでしょうし」
先輩はカップを差し出してくると黙って交換をする。
そうすると先輩は透かさず飲み始める。
ある程度口直しができたのかようやく表情が穏やかになり口を開く。
「生き返った…なんかごめん。好き嫌いはいけないしせっかく紹介してもらったお店なのに」
「いいですよ。ちゃんと確認しなかった私が悪かったんです。私が先飲んで確認するなりすればよかったのに…」
今日の全ての失態が悲しみとか自分に対する憤りとかが交じり合ってこみ上げてきて言葉が上手く紡げない。
「なっ…なのに…」
完全に言葉が詰まる。
そんな私の頭に優しく何かが触れたと思うとゆっくりと撫でられる。
少し下手なこの撫で方は間違いなく先輩のもの。
「もう、綾花がそう落ち込む必要ないって。そうだ、今日は全部私が奢ろう。今日は私が彼氏役なんだしね」
「さて、ミスティも開いた事ですしさっさと行きますか」
「もっ、もしかして嘘泣きか何か!?」
驚きと戸惑いの表情で半ば叫ぶ先輩に私はそのまま話しを続ける。
「どうでしょうね。でも約束は守ってもらいますよ?先輩の水着を買いに行くんですから」
「えっ?えぇ〜!?」
私は少し意地悪な表情を作り足早に街への道を進む。
少し意地になっての表情。
だから何時崩れてもおかしくない。
だからせめて気持ちがちゃんと落ち着くまでは先輩に顔を見られないように。
私はカップのストローに口をつける。
(あっ…)
私はある事に気付く。
今日飲んだヨーグルトはいつもより甘酸っぱく感じた…


戻る inserted by FC2 system