No15命拾い

「今月も頑張った、頑張った」
ボクは自分を無理やり褒めて給料を引き下ろした封筒を手に少し複雑な笑みを浮かべながら家路へと歩いていた。
「明日の晩御飯は久々に外食でも大丈夫かな?」
そんな考えと共に去来する不安。
「…なんでボクはファミレスでバイトしてるんだろ…」
自問自答。
バイトしている理由はお金がないから。
お金がないのは仕事がないからだ。
ボクの本業としたい仕事はボクの胸元で揺れるこのカメラを使う事…写真家だけど今は飛び込みの事件記者。
フリーで動ける事を武器にこの街で起きる事件を撮り記事にする事を生業にしようとしていた。
ボク自身は写真で生計を立てたいけど流石に簡単にはいかない。
だから今はどこにも所属しないフリーのライター…というか事件の現場の写真を撮る事を仕事にしてるんだけども…
「この辺妙に事件が隠れすぎ…」
元々志していない仕事だからかまだボクではなかなか鼻が利かない。
だけども明らかにまだ警察が介入してなさそうな事件はゴロゴロしているらしい。
「さて…明日もバイトだし、さくっと帰りますか」
家路を急ごうとしようとした瞬間だった。
(何か…特ダネの匂いがッ!!)
ボクの勘が事件を告げる。
ボクはカメラを構えながらネオン街の裏路地へ向かっていった。

(何かの取引かな?)
事件が起きそうという勘だけで入り込んだ路地裏には何かの取引をしているような行為が見られた。
ボクは見つからないように隠れながらカメラを構える。
(っとその前に夜間モードにして消音にして…)
カメラの設定を弄りながら構えなおす。
(これでよし…)
ボクがシャッターを切った瞬間だった。
暗闇の中に閃光が広がる。
「誰だッ!!」
取引をしていた男の一人が叫ぶ。
明らかに今の閃光はボクのカメラ。
設定を確認するとフラッシュを切ったつもりが切れていなかった。
(早く逃げなきゃ)
ボクは隠れているところから逃げようとした瞬間にお約束のような事をしてしまう。
ガコン…
「そっちかッ!!」
暗闇にそこまで目が慣れていなかった為か足元にあったポリバケツか何かを蹴り飛ばしてしまっていた。
もちろんこっちの位置は半ばばれてしまう。
(不味過ぎるよ…)
ボクはネオン街の方に明らかなあっちの人手がある事を確認すると路地裏の奥へと入っていった…

「もっ…もうあかん…」
たどり着いた先は広い空き地。
とは言っても建物に囲まれてぽっかりと空いた空間で四方八方通路が繋がっている。
「あはは…これはゲームオーバーかな…」
ボクは諦めて足を止める。
正直これ以上走っても逃げ切れる自信も体力も残っていない。
これから何が起きるか最悪の事態を想像しながら少し泣きそうになる。
「こんな時に白馬の王子様とか勇者様とか来てくれたらね…」
ありもしない妄想も出てくる。
これが数分もすれば走馬灯にでもなるんだろう。
「こっちにいったぞッ!!」
その声に諦めの気持ちから少しだけ抵抗の気持ちも生まれる。
ボクは昔少しだけ習った格闘技の構えをし待ち構えた。
(どうせ逃げれないだろうけど少しでも可能性があれば)
「いたぞ…リーダーッ、いました!!」
相手の姿が見えてボクの身体が震える。
体格は相手の方がもちろん良い。
それどころか相手の数はどんどん増えていく。
この様子だと後ろの通路からもやってきそうだ。
(なんとか相手できるのは1人ぐらいなんだけどな…)
たぶん最早ボクの顔は泣き顔になっているだろう。
そんなボクを見て何が可笑しいのか下衆な笑いが相手から零れる。
「あんたがあんな事したからこうなってんだぜ?お陰で取引は中止だ…リーダーも大変お怒りでな…ねぇ?リーダー」
下っ端の纏め頭なのかペラペラ喋りながらリーダーと呼ばれる人間の方をみる。
優男という形容詞に似合いそうな長身の美形な男が一人。
この場にまったく不似合いな男なのだがその表情は冷徹な笑みを湛えていた。
「ボ…ボクをどうするつもりなのかな…」
ボクは半ば答えがわかりきった質問をする。
「それはもちろん…」
ボクの質問に優男が答える。
「まぁ、暫くは私の所有物になってもらいますかね…ある程度調教しておかないと商品にはなりませんから…まぁ、私が気に入ればそのままですし我を通すというのなら私の部下達に差し上げる事になりますがね」
(下衆の極みね…)
構える手が少し下がる。
正直これは手詰まりだ。
見たところあの優男はかなりの腕だ。
ボクが勝てる相手ではない。
後ろの通路から逃げようとしても確実に捕まる位置に相手はいる。
ボクは完全に諦める事とした時だった。
後ろから足音が聞こえる。
(もう…駄目か)
ボクは思わず下を向く。
そんなボクの耳元に声が届く。
「命拾いしたな…何人なら相手できそうだ?」
ボクは問いに対して正直に答える。
「不意打ちできてもなんとか1人ぐらい」
そんな答えに声の主は満足したようでボクの頭を軽く叩き言葉を発する。
「それで十分だ。こっちも疲れるから一人でも減れば満足だ。だから相手をしっかり見据えろよッ…」
そう言われボクは俯いていた顔を上げると同時にボクの後ろにいた声の主がロングコートを靡かせて走り抜ける。
ボクはそんな真夏のコートなんかに突っ込む余裕もなくロングコートの男の動きを見ながら相手の動きも確認する。
撹乱するかのようにロングコートで視界を奪いながらロングコートの男…彼は素早い一撃で確実に相手を鎮めていく。
彼のロングコートの焦げ茶とでも言うような深い色は闇に溶け込んでいてその一挙一足全てが不可視の一撃と化していた。
(早いッ…プロの格闘家か何か?)
そんな思いの矢先、彼がボクに目配せしたかと思うと彼のロングコートが先ほどまでよりもゆっくりと靡きその下から先ほどの纏め頭が身体のバランスを崩しながら出てくる。
ボクはその姿を見ると考えるよりも先に構えの姿勢から一撃を放つ。
姿勢を低くしての下からの突き上げ。
ボクの拳は鈍い衝撃が加わると同時に相手の顎を貫いた。
纏め頭が倒れると同時にもう一つ何かが倒れる音がし、ボクはそちらの方を向いた。
そこには最後に一人だろう男を沈黙させた彼がいた。
「すっ…すごい」
正直な感想がボクの口から零れると彼はにこやかな笑顔をさせながらこっちに歩いてくる。
彼はボクの前に立つと懐に手を入れる。
思わずボクは身構えると彼はこう言うのであった。
「そんなに硬くならんでもいいだろ。お前の命を救ってやったのは俺なんだから」
「だったらその懐にあるのは?」
その問いにやっぱり笑顔で語る彼。
「ん?これか?」
その一言の後彼は懐から手を抜くとそこには一枚の名刺が握られていた。
「自己紹介だ、樋野啓次。樋野萬相談所の所長をやってる。もし今日みたいなことがあれば気軽に電話してくれ。金次第で助けてやるし困り事があれば気軽に尋ねてくれよ」
そう言う彼の言葉を聞きながら少しあたりを見回すと一つの違和感に気付く。
「ちょっと待って…あの優男がいないッ!!」
ボクは慌てて声を上げるが彼はそのままの笑顔でボクの服の胸元に名刺を滑り込ませるとそのまま振り向き男達が追ってきた路地へと向かいながら言う。
「大丈夫だ。どうせ他の奴らがとっ捕まえてるからな」
そのまま路地に消えそうな彼にボクは慌てて声を掛ける。
「この連中どうすりゃいいいのよ!!」
「適当に警察にでも差し出しといてくれ」
そう言うと彼の姿は路地の闇夜へ消えていった…


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