No14 星の数

ある程度の都市となれば必然と夜間開く店も多くなり始める。
そうなれば夜間も明るくなりいつの間にか不夜城と化し始める。
そんな街には真っ当ではない人間も多く集まり始めそんな輩が集まる場所もでき始める。
俺はそんな場所のひとつである博打場で生計を立てていたのだがタレこみがあったらしく警察の踏み込みがあり閉鎖された。
そんな俺は表向きの仕事もちゃんとある。
…まぁ、ちゃんとというのは少し御幣があるかもしれない。
それでもしがない何でも屋家業をしている。
そんな俺がこの歓楽街を歩いているのは意味がある。
仕事というのは意外と自分で探してやらないと見つからないものだからな。

「樋野、いい娘が入ったんだがどうだ?」
ある程度顔を広めていると客引きにも名前が使われる。
だが、今日の目的はこの名前じゃない。
「金がねぇんで遠慮しとくよ」
適当に愛想笑いをして歩調を緩めず進む。
今の仕事柄どこから金が舞い込んでくるかわからない。
顔は繋げておいて損はない。
それでも歩いていては乳臭いガキからケバイ姉ちゃんにまで販促に声かけられる。
目的の場所に向かう為にいちいち相手をしていたら夜が明けてしまう。
(裏道に入るか…)

客引きを避けて目的の場所に行こうと路地裏に入る為に道を曲がった瞬間だった。
「ロン、久しぶりだな」
目的の呼び名が係る。
こうやって仕事を貰いに行く際には大抵あだ名で呼び合う事になっていた。
逆に仕事関係以外ではそう名乗らないし呼ばれる事はない。
俺は声の方向へと顔を向ける。
そこには大柄な髭面の男が立っていた。
「マスター、丁度よかった」
その言葉に苦笑いとも取れる表情を浮かべながらマスターは対応してくれる。
「あそこがガサ入っちまったからな。そろそろだと思ってたんだよ」
期待できそうな言葉に俺はつい早まる。
「マスター、仕事はあるのか?」
「残念ながら今お前さんに回せる仕事はないな…2、3件保留の件はあるが、まだ実行に移す段階じゃないからな。とりあえず目は通しとけ。今回はその為に待ってたんだからな」
俺はマスターから封筒を受け取るとコートの中に仕舞い込み別れを告げて再び喧騒の中に紛れていった。

このまま部屋に戻っても良かったがなんとなく帰る気が起きず街をぶらついていると駅前ら出ていた。
終電までは時間はあるが流石に人足は疎らで若僧がはしゃいでいるのが良くわかる。
俺は適当なベンチに座り先ほどまでいたネオン街の方を見る。
ネオン達の明かりはまるで夜空を輝かせていた星のように煌々と輝いていた。
そのままベンチに倒れこみ空を見上げるとそこには今となっては少なくなった星がぼんやりと光っていた。
(さながら星が地上に落ちたってか?)
臭い思考に苦笑いしそのまま星空というには程遠い空を見上げていた。

そこそこの時間が経っただろうか。
明るい街から少し離れたこの駅前ならある程度目が慣れれば申し訳程度には星も見え始める。
そんな星空を見ながら半分睡魔に襲われ始めている途中で突如声がかかる。
「そんな所で寝ると風邪引くわよ」
少女だろう独特な声に思考を巡らす。
どこかで聞いた声だが少女所か女自体買った覚えもないし声を掛けられるような知り合いもいない。
(ということは…売りつけにきたか…)
俺は少し呆れながら断りの言葉を放つ。
「もう少し育ってから売りにくるんだな。乳臭いガキには興味はない」
一切顔を向けずに言い放つ。
こういう時は顔を合わせないに限る。
そのまま狸寝入りでもしておこうかと思った瞬間だった。
「誰が乳臭いガキだぁー!!」
メゴッとでも効果音が付きそうな勢いと衝撃が大声と共に腹部を襲う。
ある程度修羅場は潜ってきてはいるが流石に無防備の中に攻撃をされれば意識だって遠退く。
俺は腹部を抱えながら意識は霞んでいく…

ほんの数分だったのだろう。
腹部の痛みがかなり明確に残っている。
俺は腹を擦りながらこの攻撃の主の方へと向く。
反撃するにしろ何にしろ一先ず文句の一つもつけてやらなければ子供の教育上にも悪いし俺の憤りも納まらない。
「ったく…死ぬかと思ったぞッ!!」
怒鳴った先には少し涙目の少女が立っていた。
「ごっ、ごめん。流石にあんなに綺麗に決まるとは…」
そんな少女に俺は見覚えがあった。
長坂莉沙。
以前に学校へ手品の講座に出た時に学校側に仕組まれて対峙する羽目になったマジシャン。
かなりの期間伸ばしているのか腰まで伸びた髪が特徴的な少女。
仕事自体は無難に終わったがその数日後にあの博打場が閉鎖された。
元より少なくても一度俺はこの少女に博打場で見たことがあり、この少女はマジックを騙しとして使うことを酷く拒絶しているようで講座の後にもうするなという置手紙があった。
そうしてみると多分俺を逃してあの博打場のタレこみを行ったのはこの少女だろう。
俺があそこにいただろうという噂が少し流れているのは学校での講座が終わってから調べてはあったので暫く自粛していたのが幸いしていた。
多分、学校側はその噂があったからこそ縁切りの為に態々仕組んでいたのが今となってわかった事でもあるが…
「にしても、なんでガキがこんな時間に出歩いてるんだ?さっさと帰って寝ろ」
「こんな時間って、まだ10時回ったぐらいよ?今時小学生が寝る時間だと思う?」
得意げに言う少女に俺はすかさず突っ込む。
「夜出歩く時間でもねぇだろう。夏休みだからって出歩いてていい時間越えてるだろうが」
その言葉に得意げな表情を崩さずに言う。
「むしろ夏休みだから。宿題は学校でやればいいけど自由研究だけはどうしようもないから題材探してたの。というかあんた探してたのよ」
その言葉に俺は引っかかる。
「自由研究なら俺の手品講座の応用でもしとけばいいだろう。というか俺以上の腕持ってんだから楽勝だろう。んで、なんで俺を探してたんだ?」
「手品でいいかって初めに聞いたのよ。そしたら自由研究に値しないって言われて却下されたのよ。わざわざ講座開いておいてなんなのかしら」
(俺を嵌める為だろうけどな)
そんな思いは飲み込んでおき少女の話を聞く。
「それで何をするか決めてないからあんたに手伝って貰おうと思って」
「なんで俺が」
思わず面倒くさそうな声を出す。
「依頼って事でどう?」
「依頼?ったく…報酬次第で動いてやらん事もない」
別に暇だから手伝うのもいいが特にそこまで面識のない人間に無償で働くのも乗り気にはならない。
「報酬ね…私のから
「まな板には興味ない」
何を言うかなんとなく察しはついていたので遮るように却下しておく。
「冗談よ。流石にこんな事で身体なんて売らないわよ。そうね…とりあえずそっちの言い値は?」
小学生相手に金を取るのは忍びないがまぁ、こっちも仕事だ。
「格安にしといてやるよ」
そういい、俺は契約書に金額を示し少女に渡すとそのまま少女はさらりとサインをする。
契約は成立した。

「っでどんなのが御所望だ?」
契約内容は今夜のみで夏休みの自由研究の課題決定及び研究助手。
なのでとりあえず本人の意向を聞かなければ仕事にならない。
「えっと…そうね、今日中にある程度終われれば何でもいいわ」
「ふ〜ん…」
俺はそう言われて思わず空を仰ぎ考える。
そこにはただ空が広がっているだけで…
「そうだな…」
俺は一つ思いつくがそれが少女の為になるかどうか確かめる為に尋ねる。
「お前、星の数って知ってるか?」
そんな俺の問いに意図が汲めないのか少し怪訝な顔をして問いに答える。
「女の数だけとか?」
「お前、意外と冗談とか言えるんだな」
「まあね…それで星の数だっけ?そんなのわからないわよ。大体誰もそんなの把握できてないでしょ?惑星に恒星に衛星に…いったいどれだけあるっていうのよ」
そんな少し不機嫌な感情を入れて答える少女に俺は訂正を加える。
「そこまでじゃなくて見える星の数だよ…お前は星空って言われるとどんなのを思い出す?」
「えっと…こんな感じでしょ?夏の大三角とかその辺で10個とか20個ぐらい?」
そういい少女は空を指す。
そこで確信し俺は実行に移す事に決めた。
「そんだけか?…ならお前は地上に星が落ちた世界しか知らないんだな」
俺は先ほどの臭い思考を口にしてみる。
そしたら案の定ポカンと口を開けてこっちを見ている。
その様子に少し笑いながら俺はネオン街を指さし言う。
「この辺からみればネオンも星みたいだろ?」
その発言に少女は極めて冷静に一言。
「馬鹿じゃないの?」
俺は少し憤りを感じたがよく考えてみると馬鹿みたいな発言だったのは事実なのでとりあえず聞き流しておくこととする。

「ちょっと…何処行くの?」
「いいから黙ってついてこい」
俺はあの後直ぐにある目的地に向かう事とした。
この街の地図を反芻して路地裏を駆ける。
途中で綺麗そうな段ボールを数個引っ手繰り進む。
目的地は多少遠いが歩いて行けない距離ではないが…
「はぁ…はぁ…啓次、ちょっと、速い…」
子供の足では少しきついようだ。
「しょうがないな…」
俺は携帯のサイトで情報を確認し時計を見る。
あまり時間がない事を確認すると片膝を着く。
「おい、おぶってやるよ」
余程疲れたのか何の反論もなく俺の背中に重みが加わる。
「よし、行くとするか」

「よし、着いたぞ」
たどり着いたのはだだっ広い広場。
街から少し…1時間もない程歩いた位置にある小高い丘。
今はまだ何も開発が行われていないただの丘。
「一体、ここで何をするの?」
俺はその言葉を聞いて空を指す。
「星の数を数えてみな」
「星の数?」
そう言って少女は空を見上げそのまま固まる。
(まぁ、あの空しか見た事がないなら当然か…)

俺は携帯で星座の早見表を表示させて少女に持たせる。
「えっと…あれがこの星で、これがこう繋がって…だからあれがこの星のはずだから」
早見表とにらめっこしながら空を見て事ある毎にメモを取っている。
(関心、関心)
俺は引っ手繰ってきた段ボールを地面に敷き寝っ転がる。
「あっ、ずるい。私にも使わせてよ」
すこし?れっ面で言う少女に余りの段ボールを分け与えそのまま空を見続ける。
そんな時間が少し過ぎた頃だろうか、少女が口を開く。
「ありがと。とりあえずこれで自由研究はなんとかなりそう」
「そりゃよかった」
なんとなく小恥ずかしかったのでそのまま空を見上げ続ける。
「それにしても、あんたの言ってたのもなんとなくわかるわ…ネオン街もある意味星だったのね。眩しすぎて空の星を隠してたみたいだし…ここから見れば本当にあの街の光も星に見える」
ネオン街の方を見ようとしている少女に俺は制止を掛ける。
「やめとけ、あんまり街の明かりの方をみると目が街の明かりの方に慣れちまう」
「そうなの?」
そう言いながら少女はそのまま再び寝っ転がる。
俺たちは空を見上げたまま黙っていた…

暫く時間が経つのを忘れていた。
そんな中少女が口を開く。
「ねぇ、なんでここを選んだの?」
「お前が本当の星空ってのを見たことないって言ってたからな。星の中でなくて星を見せてやろうと思ってな…」
俺は偽りなく答える。
「やさしいんだね…これも依頼だから?」
「当たり前だ…まぁ、これぐらいの景色でも知らないよりかは人生は豊かになると思ってな」
いきなり少女は立ち上がり俺の足元へと移動し言葉を紡ぐ。
「…ねぇ、啓次…付き合ってくれない?」
「どこにだ?これ以上は別契約になるが…」
そこまで答えて身体を起こし少女の顔を見る。
心なしか少し赤く見えた。
「…そういうのじゃない…私、啓次の事好きになっちゃったの。あの講座の時からずっと啓次の事考えてて、やっぱり…」
みるみる赤さが増しているのがわかる。
だが流石にこんな少女と付き合う訳にはいかない。
「悪いな…さっきも言ったように乳臭いガキには興味はない」
泣いたりするんだろうか…なんて思ったがこの少女にはその心配は要らなかったようだ。
その赤さを増した顔は不敵な笑みを湛えはじめた。
「私、あのカジノの事リークしたのよね」
「だろうな」
「今、警察はあのカジノの関係者全てを捕まえようとしてるの…特に経営に携わった人をね」
嫌な予感がする。
「何が言いたい…」
「私、啓次がディーラーやっている姿のデータ持ってるんだよね…」
少女は1枚の記憶メディア取出し、持て遊びながら意地悪そうな笑顔でこちらを見ている。
「売られたくなかったら…
「わかったよ」
俺は何か言い続けそうな少女の言葉を遮り言葉を続ける。
「ただし、これは取引だ。俺も流石に本心でお前のようなガキと付き合うわけにはいかないと思っている」
「それで?」
あの赤みと不敵の混じった表情も今や困惑へと変わっている。
なんとなく少女の…彼女の事が少しだけ気になったのは本心でもある。
これは保護欲なのか探究心なのかそれとも恋愛によるものなのかわからないが…
「俺を1年以内にその気にさせてみろ。1年ならお前の戯言だろうと何だろうと付き合ってやる」
その言葉に彼女の表情は穏やかな笑みとなり俺に抱きついてくる。
「わかった…絶対に振り向かえさせてみせる」
俺は抱きとめてやり髪を撫でてやる。
街のネオンと空の星が色濃く煌く。
「きっと…今日の星空の星よりも綺麗でたくさんの思い出を作って振り向かせてやるんだから」


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