No12 怒ったあの子を笑顔に
今年も夏がやってきた。
いつもは暑さに憂鬱なっていた夏も今年は少し違っていた。
「ねぇ、夏休みどっか行こうよ」
俺に彼女ができていた。
今年の夏は暑くても憂鬱にはなりそうもない…
「そうだな…海とかどうだ?隣町まで行けば海水浴場があるしな。こっちの町にレジャープールがあるから空いてるって噂だしな」
いつも通り美波と公園のベンチでのんびりしていた時に不意に出された提案に答えを返す。
「海かぁ…いいけどあの時の記憶が鮮烈すぎてしばらく寄り付きたくないんだけど…」
そんな事を言う美波。
たぶんあの時というのは先日海に落ちた事の事だろう。
もちろん嫌がるなら強制はしたくないのだが今回は食い下がらせてもらう。
「そうか…折角美波の水着姿が見れると思ったのに仕方がないな…」
すこし落胆したような表情で言ってみる。
「むぅ…水着って…だったらプールでいいじゃない」
「折角だし少しでも遠出したいじゃないか。どうしても嫌ならプールにするけど…」
美波の方を見てみると少し膨れっ面をした後諦めたように口を開く。
「まぁ…そこまで言うなら仕方がないけど…ってあぁ!!やっぱ駄目!!こっ、今年は山行こう?山!!」
何故か途中で大声を出して否定に入る美波。
俺だって海に限った訳でなくあくまで水着が目的でプールだといくらレジャープールと言えど狭いという欠点と人が多すぎるという欠点が重なるので人気が少ない海を提案したのだが…
「山か…川でというのもいいけどあまり勧めれないな。美波を危険な目には遭わせられない」
そう俺はきっぱりと断る。
「なんというか…なんでそんなに私の水着姿に拘るの?」
なんとなしであるがジトリとした視線で俺を見る美波に臆することなくその質問に答える。
「そりゃ、彼女の水着姿を見たくないという男はいないだろ。むしろそれ以上を見たいぐらいだしな。それよりむしろなんで美波は見せたくないという方に?…あぁ、スタイ
「黙れッ!!この色欲魔ッ!!」
俺が言い切る前に美波の得意技でもある回し蹴りが俺のわき腹を射抜き思わず膝を付く。
「私が行きたくないのは決してスタイルの話でなくて今水着が無い事に気づいただけ。そう、それだけなの」
何か自分に言い聞かせるように言うと膨れっ面で明後日の方向を見る美波。
なんというか、俺自身他人…というより女性の気持ちというのを汲み取るのが苦手なようでこのようにしばしば美波を怒らせている。
(地雷踏んだのか…さて、どうすれば機嫌直るかな…)
俺は考えた抜いた上で機嫌取りの言葉を発した。
「なら、水着を今から買いに行こう。それなら行けるはずだ。」
その一言に少し唖然としたような表情を見せた後に溜息を吐いて一言。
「裕也のプレゼントとしてだったら受け取ってあげるよ…それなら着てあげる」
その一言の後は何か諦めのような表情を見せたがなんとか成功したようだ…
とりあえず買い物に行くためには公園から出て店に向かわなければならないのだが如何せん俺は女性用の水着が売っている店なんてどこにあるか知らない。
季節もののイメージがある為か美波と一緒に巡った店を思い出しても売っている様子はなかった気がする。
その為俺は恥じる気持ちもなく美波に尋ねる。
「っで、水着ってどこで買うんだ?」
そんな言葉にまるで頭の上に疑問符でも浮かんでいるような表情でこっちを見る。
(そんな基本でしょ?みたいな表情で返されても困るんだけどな…)
そんな気持ちを汲み取ってくれたのか口を開いてくれた。
「ん〜…そりゃこの季節だったらとりあえずちゃんとしたお店なら大抵手に入るだろうけど色々見てみたいし…ミス・ティレインなんてどう?」
その提案に俺は否定するわけもなく快諾して一路足をミス・ティレインへ向かう為に街へと向けた。
ミス・ティレイン…俺たちの住む町の隣町である繁華街とちゃんと言えるモノがある都市にあるアウトレットモール。
この辺りでは一番大きいアウトレットで有名所のブランド店も多く出店している。
価格が比較的良心的ということから中高生から親子連れまで人気というスポット。
名前の由来はティレイン氏がデザインした建物だからという安直な理由な上に愛称はミスティ、レイン、レイニー等ティレイン氏を完全に無視していたりもする。
そんなミス・ティレインには俺も何度か行った事はあるのだが少し遠いというのと混雑しやすいという事で避けていた事もあって美波と来るのは初めてだった。
そんな事だからここでは男モノがある店ぐらいしかわからない。
ここは完全に美波に主導権を握らせておこうと思い美波の方を見てみると店舗案内の看板と唸りながら睨めっこしていた。
「どうしたんだ?気に入ってる店が入ってなかったか?」
そこそこマイナーな店まで入っているのだからそんな事はないだろうが…なんて思ってはいたが彼女が少し唸っている理由はまったく逆で…
「どうしよう…どこも行きたい…そうだ、裕也の見たいお店とかある?その通りとか道なりの店にする」
そんな責任を押し付けるような提案が回ってきたので俺も一応案内を覗く。
(えっと…あの店はたしか2階の…)
俺自身の水着なんて今家にあるやつかスポーツショップにでも行けばいい。
それこそこういうところで買うには身分不相応という感じだ。
だからいつもアクセサリー系を見ていたりする店を探すが…
「あれ?無いな…店が無い」
「もしかしてあれじゃない?5月ぐらいに確かかなり多くの店が入れ替わったって言ってたからそれで無くなったちゃったとか?」
俺は記憶を辿り最後に店に行ったのが既に4ヶ月程も前だった事を思いだす。
(そりゃ、あんなにマイナーな店がここにあるのもおかしな話だったのか…)
少し落胆しながらもここで落ち込んでいるだけでは話が進まない。
「なら、美波が見たい所なるべく全部回るか。全部買うとかは無理だが見て回る分なら問題はないし」
その提案に美波は今日久しぶりの満開な笑顔をさせながら俺の手を引き言う。
「そうだよね。よし、まずはあっちだよ!!」
俺は誘われ手を引かれながら店の奥へと歩いていった…
どんどんと進んでいく美波に少し遅れながら進む俺。
そんな中ふとある店が俺の目に留まる。
そのまま足を止め店の前で品物を眺めてみる。
丁度水着フェアを開催しているようでそこそこの人間が入っていた。
(結構美波に合いそうなものがあるけど…どうだろうか)
そんな事を考えているうちに当の本人が戻ってくる。
「どうしたの?一応私の行きたいお店はもう少し先なんだけど…」
そこまで言うと俺の目線の先にあった店に視線が行き固まる。
そんな状態に駄目もとで提案してみる。
(まぁ、似合いそうなモノがあるのはたしかだからな…)
「この店に美波に似合いそうなモノがあってだな…」
極力冷静に言うがその言葉には少し戸惑いが混ざっていた。
「へぇ…この子供服専門店に…」
(あっ…明かに怒ってるよな…この声は…)
美波は俯き少し肩を震わしたかと思うと一つ大きな深呼吸をして構える。
これは完全に俺が悪いと察しているのでなすがままとする。
「子供体系で悪かったわね…でも流石にここに私のサイズがあるかッ!!」
本日2発目の回し蹴りが横腹を貫く。
その途端に周りから拍手喝采が鳴り響いたような気がするが半ば意識が飛んだ俺には関係の無いことだった。
どうやら美波は目当ての店に行ったようで俺は倒れた後自力で立ち上がりこの一撃の原因になった店の通路を挟んだ向かい側で座り込む。
あんな鋭い一撃が決まったのに不思議と痛みはない。
流石、祖父母に武術の師範代がいた人間だ。
手加減を心がけている。
(それでも流石に人前で倒れるのはな…俺も少しは鍛えないといかんかな…)
そんな事を店を眺めながら考えていた。
店には言っては悪いが小さな子供から美波並の体格の子だっていた。
(あれなんか似合いそうなんだがな…)
男子高校生が子供服の店を見つめているというのは通報物のような気もするがあえて気にしないことにする。
そんな時間を過ごしていると美波が店の方から戻ってきたようだが明らかに手ぶらであった。
少し曇ったようなそれでも羞恥心のようなものが入り混じった表情で俺の元に駆け寄ってきて悟られないようにか口早に言葉を紡ぐ。
「裕也がどうしてもって言うならこの店で見てもいい…」
まったくこっちに顔を見せずに言う美波に思わず俺は…
「もしかしてサイズがなかったのか?」
地雷を踏んでいた。
鋭いストレートが俺の腹部を襲った後大人しく子供服店に入って物色していた。
明らかに俺は浮くが流石に物凄い不機嫌な顔をして選んでいる美波を放っておく訳にはいかない。
それになにより今日の事を挽回しておかないとそれこそいつまでも不機嫌なままのはずだ。
だから俺は今日の美波の怒らせてしまった場面を反芻して反省し美波の望みそうなモノを選ぶことにした。
(しかし…やっぱり子供モノって感じになっちまうな…)
ある程度名の馳せる店ではあるがどれも幼稚という言葉が付きまといそうなデザイン。
でも繁盛しているのはターゲット層がターゲット層だからだろう。
(さて…どうしたものか…)
ふとそこらへんにあったこの店のキャラがロゴされたモノを勧めるという事も考えたがそれこそ逆鱗に触れそうな事に気づく。
(スタイルを気にするか…やっぱりそうすると…)
なんて事を考えていると目の端に人気のあんまりないコーナーを発見する。
(これだな…)
そう確信するとそのコーナーの水着を幾つか物色し美波の方へと向かった。
「どこにあったの?それ」
見せてからの一言目はそれだった。
表情は先ほどまでと打って変わり笑顔が戻っている。
「まぁ、あの隅の方にな。この店のコンセプトと少し離れるから半ば隔離でもされてたんだと思う」
そう言いながら持ってきた水着を見てみる。
デザインは大人用と同じ。
ただサイズが小さくなっただけのもの。
美波自体が小学生並の体型だがやっぱり心情は俺と同じ高校生なのだ。
「へぇ〜…っでこれが裕也が選んでくれたやつ?」
「そういうことだな。俺のセンスでよければ…だけど」
「裕也も真面目に選んでくれたらセンスちゃんとあるんだね」
水着を受け取るとチェックを始めて言う美波。
(ということは普段あまりセンスが良くないって事か…)
軽くショックを受けながらも笑顔で選んでくれている美波にホッとしていた。
「いい買い物した〜」
日も落ち始めた帰り道。
そんな会話をしながら帰路を辿る。
「買ったのは俺だけどな」
「そういう細かい事はいいの」
あの買い物の後終始笑顔の美波に安心を覚えるが…
「そういえば結局何にしたんだ?」
会計は俺が済ませたのだが生憎何を選んだのかは確認ができなかった。
俺が選んだ中のやつだとは思うのだが…
「内緒。当日までのお楽しみって事で」
「ビキニではない事は確かなんだよな…」
「えっ?なんで?」
なんでわかったの?的な表情で伺う美波に俺の推理を披露する。
「美波って露出の高い服着ないし当てていた時に腹の部分結構気にしてたからな。だからビキニはありえない。結局スタイ
「それ以上言ったらアバラの2、3本持ってくよ?」
さっきまでの笑顔に黒さが混じる。
ここは引き際だろう。
からかうのは膨れっ面もかわいいのでいいのだが行き過ぎると機嫌を取るのも大変だ。
「冗談だ、すまない。…っで何時にするよ」
そう言いながら俺は鞄から手帳を取り出す。
美波の方も手帳を取り出すとお互い今月のスケジュールを照らし合わせる。
「えっと…この日はバイトだから…こっちは裕也のバイトか…なら…」
お互いの空いた日を見つけ互いに印を付ける。
「絶対に忘れないでよ?」
少し睨みを効かせた美波の言葉にまだ怒りの方を感じる。
既に俺達は美波の家の前に着いていた。
もう挽回できるような時間は然程残されていない。
「わかったから。だからそんなに怒るなって。さっきの事は謝るからさ」
その一言に美波は少し表情を崩してくれる。
「はぁ〜…まぁ、この日の裕也のエスコート次第かな?だから…」
その一言の後美波は閉じた手帳を上に掲げる。
その仕草に苦笑いをしながらも俺はその位置に自分の手帳を合わせ手帳でハイタッチをする。
俺と美波のいつの間にかできた別れの時の合図。
「今日は一応許してあげるって事にしとく。かわいい水着も選んでくれたしね。じゃあ、今度は海で」
一日の最後に笑顔で見送ってくれた美波に感謝しつつ帰路に立つ。
次回も多分怒らせてしまうだろうけど。
だけど最後だけは絶対に笑顔にしてやろうと心に決めつつ。
(まぁ、怒らせないのが一番なんだけどな)
そんな事を思いつつ…
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