No11 猫の手

一つ写真を撮り終える。
季節は夏真っ盛り。
今まで暗かったような時間も鮮やかな朝日に照らされるようになっていた。
俺が写真に興味を持ち始めての初めての季節がこの夏だった。
今では暇さえあれば…というよりほぼ一日中カメラを持ち歩いていた。
もちろん色々な所を回っているのだがつい先日からは必ずこの時間にはこの場所に来ていた。
「今日もいい天気だ…」
水平線から既に離れきった太陽を見ながら防波堤に寄りかかる。
この彼女と会ったこの場所、この時間が今では定位置となっている。
「少年、相変わらず撮影散策かい?」
この女性に会う為に…

「今日は遅かったですね…何か手間取ってたのですか?」
俺はそう言いながら女性…真理香さんの方を向く。
そこにはいつものボードとウェットスーツ姿の真理香さん…ではなかった。
そこには白いワンピース姿の女性が立っていた…とはいっても服装がいつもと違うだけで真理香さんに違いはないのだが。
「まぁね、こんな格好久々だし」
裾の方を少し摘み広げてみせる真理香さん。
その姿に思わず見惚れてしまっていた。
そうしていると少し恥ずかしそうな表情で俺に問いかけてくる。
「えっと…やっぱ変?」
俺は照れ隠しを含めて一言。
「あそこの民家辺りに立ってくれません?」
不思議そうに首を傾げながら俺の指定した場所に立つ。
(思ったより…いい構図だな)
「一枚撮らせていただきますね」
そう言い俺はカメラを構える。
真理香さんはなんとなく俺の撮りたい…取ってほしいポーズを感じ取ったようで流れるようにポーズを取る。
その姿に俺はもう既に無意識の内にシャッターを切っていた。

「っで、どう?この格好」
何枚か撮り終えると俺の所に寄ってきて問う。
いつもと違う格好の真理香さんにまだ慣れない俺は悟られないようにぶっきら棒に言い放つ。
「俺が撮りたいって思える程度には似合っていますよ。俺自身貴方の私服を然程多く見てませんから比較はできませんけど」
そう言いつつ俺は真理香さんの方を見れないでいた。
悟られないようにの無意識下の行動なのだがそれに真理香さんは気付いたようで…
「少年…もしかして私の姿に見惚れたかい?」
少し赤面しているだろう自分の顔を見られたくはないがとりあえずそんな突っ込みをしてくる本人の顔を見てやろうと顔を向けるとなんとなしであるがいつもの笑顔の下に恥じらいが見えたような気がした。

「それにしても…今日はサーフィンやらないんですか?ボードも無いみたいですし…」
少し疑問に思ったことを投げかけてみる。
無論話題のすり替えの為だがよくよく考えると数日前初めて会ったそれから昨日までは毎日サーフィンをしていない姿を見ていなかった。
「まぁね、今日は買い物。そろそろ冷蔵庫の中身尽きそうだったし」
「それは大変で…っとそういえばその服本当に貴方のなんですか?」
ちょっと疑問に思った事を尋ねる。
似合ってはいるのだがどうも真理香さんが選ぶとは思えない服なのだ。
腰あたりで縛ってある大きなリボンとかそれこそ真理香さんの趣味に思えない。
携帯が俺と同じシンプルなデザインでもあったわけだし…
「まぁ…私の選んだ服ではないね…あまり好きではないんだけど折角買ってきたんだから袖通してくれって言われちゃって仕方がなく…やっぱ変だった?」
心底苦手そうな言い方に対して俺としては…
「十分に似合ってますし良いと思いますよ?」
そう言っておく事とした。
(まぁ、どちらかというとパンツルックにTシャツとかの方が似合うような気もするけどな…)
そんな言葉を飲み込み先の言葉で気になった点を突っ込もうとする寸前に調子が戻ったのか真理香さんがいつもの調子で俺にくっついてきて一言。
「それよりさ、さっきのモデル料として買い物付き合ってくんない?」
その提案に俺は快く快諾していた。

買い物への道すがら俺は真理香さんに聞き逃した事を尋ねる。
「っで、その服って誰の推薦なんです?」
「ん?同居人のだけど?」
(同居人って…同棲?)
思わずそんな思考が走り深い溜息を一つ吐いて言葉を吐く。
「だったらその同居人とやらと買い物いけばよかったじゃないですか。ひ弱な俺より役に立つでしょうし」
なんとなくおもしろくない気持ちで一杯となっていたがそれに対して気になったのかどうかは知らないけど真理香さんは直ぐに答えを用意してくれていた。
「それは無いな〜、今学校行ってるだろうし少年が小学生の女の子よりひ弱だとは思えないぞ?」
「そりゃどうも…って小学生?」
思わず歩いていた足を止める。
「知らなかったの?…というか前に探してもらったじゃない…携帯にまだ画像残ってない?」
俺はそう言われて携帯を取り出しメールのフォルダから真理香さんのメールを再び開封していく。
そこには真理香さんとあの時の探索目標である一葉という名の少女の写った画像が残っていた。
まぁ、そこに写っていた写真の詳しい内容は置いとくとして俺はそのまま尋ね続けてみる。
「同居って…なんかあったんですか?姉妹という訳でもなさそうですし…」
そう言うと真理香さんは少し複雑そうな顔をして口を開く。
「まぁ、いろいろとあるのよ。あの子だってそうほいほい家出の理由とか言いふらしてほしくないだろうしね」
そこまで言って真理香さんはハッとした表情を浮かべた。
そこですかさず俺は突っ込む。
「家出少女でしたか…というか前回の時に親戚の子とか言ってましたね」
「もっ…もしかして鎌かけたりした?」
すこし目線を逸らしながら言う真理香さんに対して率直に言う。
「かかるとは思いませんでしたがね」
「少年…結構意地が悪いんだね…」
「それほどでも…さて、俺の疑問も解決しましたし買い物行きますよ」
そう言って俺は再び歩き出す。
「ちょっと、少年!!行く場所わかってるの〜!?」
そんな声を後ろに置きながら…

「イナコー商店ですか…」
俺は再び目的地へと歩き出していた道すがら今日の目的地について尋ねていた。
「そっ、今日はお米が安いみたいだから荷物持ちが欲しかったのよ。まさに猫の手も借りたいって感じで」
そう言いながら両手を軽く握りよくある猫のポーズといえば良いだろうかそんなポーズを取りながら言う真理香さん。
ご丁寧にも「にゃん」なんて言いながら…
俺は思わず視線を逸らし進むべき道の方を見据える。
「ほら、似合わない事やってないでさっさと行きますよ。猫の手レベルの俺が荷物持ってあげるんですから」
そこそこ鋭い真理香さんの事だ。
たぶんこの言葉を発した真意もばれてしまっているだろう。
俺はそれでも思わず赤面してしまった顔がばれないようにと暫くは真理香さんの方を見れずにいた。

イナコー商店。
俺たちが住む町から1駅と半分ぐらいのところにできた卸売り系のスーパー…所謂安売りスーパーだ。
この手の店は結構あるが俺たちの町の近くにできたのはこの1軒が最近できただけ。
それもあってなのだろう…
「なんですか、コレ」
思わず唖然とする。
「少年は外で待っててね。ささっと終わらしてくるから…中に入ったら少年は生還できないと思って」
真理香さんは冗談めいた事を言うがその言葉に不真面目さは全く見受けられない。
もとよりこの光景を見ればそれも納得だ。
「あの大佐の言葉を言いたい気分です」
「私も最初はそう思った…じゃ、いってきます」
その一言を残し真理香さんは出向いていった。
俺が唖然とした人肉の海と言えるような惨状の中へ…

「暑いな…」
相変わらず人の出入りが絶えない店の駐車場の片隅で待ち呆ける俺。
「にゃー」
そんな中足元に猫が擦り寄ってくる。
俺は思わずしゃがみ込み相手をする。
「お前はいいよな…猫の手って言ったって特に何か求められるわけじゃないしな…」
基愚痴る。
こんなところに猫がいることに対して疑問に思ったがこんだけ出入りがあれば餌の一つでも強請れば貰えるのだろうと自己完結し猫を弄り倒していると何かに反応したのか素早い身のこなしで俺の元から離れていく。
俺はそれを見送るとその直後後ろから声がかかる。
「しょうね〜ん…唯今帰還しました…もうダメ…」
ものすごい疲れたような声とともに心身共に文字通りボロボロになった真理香さんが立っていた。

「全く…大丈夫ですか?」
俺は半ば脱げかかっている服を正し最後に完全に解けていた腰のリボンを結んでやると同時に声をかける。
「ぜんぜんダメ…流石にこの後にコレ担いで家には帰れない…」
真理香さんが指指す先には戦利品の数々。
周りの明らかな主婦達とは量の差は激しく少ないがそれでも数キロはあるだろう…米のおかげで。
「いつもはお米とか諦めて近所の店で済ませちゃうけどこっちだと同じ値段で少しだけ良いのが買えるのよね〜…だから持ってくれるという少年に感謝…」
あの戦場ともいえる場所から帰還したからだろう。
何故か儚げな笑顔の真理香さんに不謹慎ながら俺は見惚れてしまっていた…

「いやぁ〜、今日はいい買い物をした」
ご機嫌そうな笑顔を浮かべる真理香さん。
帰り道の途中スポーツドリンクを一本買い飲み始めた途端にこれだ。
まぁ、あの惨状を見ればそうなるのもわからないでもないが…
「流石に猫だろうとこの量は運びませんよ…」
俺は思わず愚痴る。
両手に一杯に荷物を持ちながら空手の真理香さんに聞こえるような声で。
「それに関しては感謝してるって。今の私に荷物を持つ余力はない」
元気一杯な感じな笑顔で言う真理香さんに冷ややかな目線で訴えてみるが気にすることはないようだ…
「だからさ…ホレ、これあげるからがんばりな」
そう言い中身が半分ほど減ったペットボトルを差し出してくる。
俺は試行錯誤して受け取るとキャップを空け飲む。
夏の暑さもあってか生ぬるくなってはいたがこの荷物の重さも手伝ってそんな事は些細なものとなっていた。
身体に水分が行き渡り暑さでやられていた思考が戻ってくる。
それと同時にある事に気づくがソレを口に出す前に真理香さんの方から紡がれる。
「間接キスね…まさか本当にソレ飲むとは思わなかったよ。新しく買ってあげたのに」
気づきたくなかった事実に俺は思考を巡らせ一番良いだろう反論を用意する。
(このままではなんとなく引かれてしまいそうだしな)
「猫の手な俺にはこれで十分ですよ。まぁ、そう言われた分の報酬って事で…さっさと行きますよ。暑いんで早く帰らないと痛みますしね」
俺は袋を掲げてそう言うと真理香さんの横をすり抜けて帰路を急ぐ。
「まだその事怒ってるの〜!?猫の手とか言ったの謝るからさ〜!」
後ろの方からそんな声が聞こえる。
まだ昼前のこの時間。
家までまだ半分はある。
なんだか今日は長くなりそうだ…


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