No10心此処に在らず

夏休みに入って只今夏休み講習の真っ最中。
正直やる気なんてないけどお世話になってる従姉妹のお姉ちゃんには行けと言われているので渋々来ている。
(本来なら自由登校なのにな…)
私は夏休みの宿題を片付ける為の講習を受けている。
もちろんこれ以外にも有名私立中学とか言うのに受験する為の講習だってあるけど興味はなかったし、一日目の講習をお遊び的な講習を受けてたからそちらの講習のクラスには入れない。
そんな私こと新山一葉は今現在ちょっとした心配事を抱えていた。
私は鉛筆を動かす手を止めその心配事の原因の方を見る。
その原因は相変わらず窓の外を見て…
「はぁ〜…」
溜息を吐いていた。
私の隣の席の彼女…長坂莉沙ちゃんが私の心配事の種の一つだった…

チャイムが鳴り休み時間になる。
私はチャイムと同時に莉沙ちゃんに話しかけていた。
「どうかしたの?昨日から溜息吐いてばかりだよ?」
莉沙ちゃんがこんな感じになったのは昨日からで一昨日の講習ではそんな素振りはまったくなかった。
そもそも一昨日の講習は先生が無理やり企画した小学生マジシャンこと莉沙ちゃんと地域ではある程度有名なマジシャンという微妙な人間の対決という微妙な講習だった。
(表向きはマジック講座だったけど莉沙ちゃんは台本とか渡されてたっけ…)
なんて今日までの事を考えながらも莉沙ちゃんの返答を待つ。
だけど全くの無反応。
相変わらず窓の外を向いて溜息を吐く。
流石の私でもその状態に痺れを切らしていた…
「莉沙ちゃん…無視は酷いと思うんだけど」
少しムッとした感じで言う私。
まぁ実際ムッとしてるんだけども。
まぁ、そもそも私と莉沙ちゃん自体そこまで仲が良い訳じゃない。
隣の席だからというのもあってよく話をするってぐらい。
でもだからといって無視していい理由になるとは思えないけど…
私が会話の催促をしても相変わらずの状態の莉沙ちゃんに対しどうしたものかと考えるも解決策なんて出やしない。
もちろんほかっておけばいいじゃないかという意見もあるだろうけど少なくても今日で2日目、あと何日続くかわからないけど7月が終わる後10日あまりはこの講習は続く訳で…その間ずっとこの溜息を聞き続けるというのは嫌というものだ。
最悪の場合2学期が始まってからもこうかも知れないと思うと気が滅入ってこっちが溜息吐きたくなる。
そんな事を考えていると莉沙ちゃんはやっと溜息以外のモノを口から出した。
「一葉ちゃん居たんだ」
でもやっと出た言葉はとても酷いものだった…
「居たんだ…って、隣の席で同じ講習なんだから当たり前でしょ!!」
講習なら席や教室も変更されていそうだけれどもたまたまこの自習講座は私達の教室で行われたからいつもの席に陣取っている。
だからといっていろんな人…というかいろんなクラスが入り混じるからそういう言葉もおかしくはないけど、少なくても2日間は隣に居たというのに…
「そんなことよりさ…一葉ちゃんって恋したことある?」
(以外と心を抉るような言葉をそんなことって流された…って恋?)
私の顔が少しにやけるのが分かる。
(色恋沙汰ね…面白くなってきたような気がする)
「まぁ、あるにはあるけど…どうしたの?」
「…うん…まぁ…」
とても言い辛そうに尚且つ顔を赤らめてる。
面倒な感じだけどこう言う事こそが楽しいのだ。
「一目惚れ…ってやつなのかな…」
「へぇ〜…なんか意外」
心にも無いことで会話を繋ぐ。
私としてはやっぱり相手が誰かなのかが一番重要なのだ。
「っで、相手は誰?真琴君とか?」
私はクラスを見渡し目に付いた名前を挙げてみる。
「それはない…というかなんで真琴なの?」
「べっ…別に今適当に目に入ったからであって…」
一瞬私の内面を見透かされたような気がするのは気のせいだろう。
うん、そんなはずはない。
「まぁ、とりあえずこのクラス…というかこの学校の人じゃないわ」
「へぇ〜…」
相槌なんていうのはやっぱりパターンにしかはまらないもの。
へぇ〜ぐらいしか言ってないのはそんなため。
(にしても…この学校の人じゃないというと街であった人とかか…そんなんじゃ面白味に欠けるな…)
結構失礼なことを考えながら私は追撃をする。
「っで、誰なの?そのお相手は」
「へっ?…あ〜…うんいいよね別に…」
莉沙ちゃんは少し考えるように独り言を呟いた後にその答えを呟く。
「前の講座に来たインチキマジシャンなんだけどさ…」
「へっ?」
私の時間が明らかに止まった。
もちろん正確には私の思考が停止しただけなんだけれども。
それと同時にチャイムが教室に鳴り響き先生が教室に入ってくる。
ふと我に返ると私は席について準備をする。
本日最後の講習の時間。
挨拶が終わり私はふと莉沙ちゃんに視線を移すとやっぱり窓の外を見ていた。
(こりゃ重症だ…)

授業終了の合図と共に教室の所々から開放の喜びの声が挙がる。
私は一目散に莉沙ちゃんの下へ向かう。
流石にそろそろ行動に移してもらって溜息地獄から脱出してもらいたい。
「まったく…そんなに溜息吐いてるんだったら告白でもしてきたら?」
私の方が溜息を吐きながら莉沙ちゃんに向かって言う。
一応私の言葉は届いたみたいだけどもこちらに視線を移す事はせずに窓の外を見たまま言葉を紡いだ。
「そうしたいわよ…でもあの人の居場所なんて知らないし…カジノの方行けば会えるかもしれないけどあの場でそんな事したら出禁くらいそうな上そもそも報告しておいたから何時踏み込まれるかわからないし…」
なんか私の知らない世界の事を喋ってはいるが根本として彼女は…
「…なんだそんな事…そんな事で諦めてるんだ。本気じゃないんだね」
私は態と冷ややかな口調で言い放つ。
その言葉に私に飛び掛りそうな勢いで振り向いてきた莉沙ちゃんを宥めながら言葉を続ける。
「あのマジシャンって学校からの依頼で来てたんでしょ?ということは先生が連絡先知ってるって事じゃない。聞く理由だってリベンジだとか言っておけばばれないでしょ?」
「そっ…そうよね…でも、ほら年齢とかさ…」
いつもと違い弱気な彼女。
しかしここで引き下がれば明日からも隣で溜息を吐かれるのだ。
それだけは回避したい。
「告白する前に…当たる前に砕けてどうするの!!後悔するなら行動してからにしなさい!!私なんかお母さんと喧嘩して家出してるぐらいだよ!?やろうと思えばできるし、行動しなきゃ叶うものも叶わないんだから!!」
まぁ、明日からも溜息吐かれるというよりもむしろそのくよくよした状態にすこし癇に障っただけだと思う。
一通り気持ちを吐露するような形で私の思いを伝える。
その甲斐があってか莉沙ちゃんは席を立ち私に向かって一言だけ言って教室を出て行った。
「やってみる」
その一言を残して…

「ただいま〜…熱い…」
家に帰り茹だりながらも部屋を見渡すとそこには私の心配事の種のもう一つ…真理香お姉ちゃんだった。
「エアコン点けていい?」
「ん〜…」
相変わらずズボラな返事が返ってくる。
相変わらず携帯から目を離す事はない。
そして相変わらず…
「えへへ〜…」
にやけながらソファの上で転がっている。
予想ではあるけど此方も恋わずらいだろう。
(私のまわりはこんな人間しかいないのかな…)
とてもいいお姉ちゃんなんだけれどもここ最近のコレはなしだと思う。
「お昼作るんだから手伝ってよ〜?バイトないんでしょ〜?」
その言葉にやっと反応してくれて身を起こすと一言。
「へっ?もうそんな時間?」
(どんだけ幸せな人なんだろう…)

翌日。
相変わらずの茹だるような暑さ。
教室でもバテ始めている人は多い。
そんな3時間目の休み時間。
昨日動き始めただろう莉沙ちゃんはまだ来ていない。
4時間目…本日最後の講習が始まるチャイムと共にその件の少女は教室に入ってきた。
「自由登校だからといって遅刻はいかんぞ〜」
との先生の皮肉ともとれる注意を無視して席に着き昨日と同じように溜息を吐く。
(もしかして…振られた?)
そう思ったのは僅か数秒。
そう、昨日とは明らかに表情が違った。
(にっ…にやけてる…というかどっちに転んでも溜息でしたか…)
私は昨日の努力が無駄になった事に対して一つ溜息を吐いていた。

授業終了のチャイムが鳴り響く。
私はわかりきっている成果を聞きに莉沙ちゃんに問いただした。
「っで、昨日…というか成果はどうだった?」
そう聞いた瞬間だった。
ものすごい笑顔で私の方を振り向く。
(これは…早まったか…)
「それがね…付き合える事になったのよ!!これは一葉ちゃんのおかげだって!!本当に感謝してる。そうだ…なんかお返ししないとね」
物凄い剣幕で捲くし立てる。
しかし最後の言葉は聞き逃さない。
(お返しか…何か奢って貰おうかな〜)
そんな事を考えていると間髪入れない速さで次の言葉が紡がれる。
「そうだ…私の告白の後押しをしてくれたんだし…私もそのお手伝いをしよう」
なんというか少し意地の悪い笑顔になったような気もする莉沙ちゃん。
明らかに昨日私が少しだけ動揺したのが落とし穴になってしまったようだ。
「じゃ、真琴の事調べておくね〜。でも今日は勘弁。彼氏とのデートだからね〜」 そう言って鞄を引っさげ走って出て行く。
窓の外から校門の方を見るとロングコートの男が立っていた。
(こりゃ、まだ暫く溜息が続くんだろうな…)
幸せそうな溜息だからまだいいけどそれはそれで面白くないなと思うがそれどころではなくなりそうだ。
(私まで恋愛沙汰に巻き込まれていくとは…)


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