No7 滑り台

正直煮詰まっている。
私の机にはレポートの山…正確にはレポートに使用する為の参考資料の山。
提出期限は夏休みに入る前までのはずだが今は既に夏休み。
拝み倒して月末まで延ばしてもらった期限も目と鼻の先だ。
(昨日は徹夜して一葉ちゃん探したんだし今日ぐらいは休んでもいいよね…)
昨日の夜は正直大変だった。

昨日の夜
レポートの提出を危惧しての徹夜2日目。
相変わらず筆が進まないという時に友人から親戚がいなくなったとの連絡が入り探索に加わったのはいいけど朝方まで探すも兎に角見つからない。
深夜になって近況や手がかりを聞こうとして連絡を入れるも出る気配もない。
そのまま結局繁華街あたりを朝まで探していると突然携帯がなり依頼人から一言。
『ごめん。理留の事忘れてた』
いつもなら出向いて泣いて謝るまで弄ってやるのだけども探索依頼の時に貰った一葉ちゃんの画像の件がある為チャラとした。

そんな事もあって今日は徹夜3日目。
正直栄養ドリンクや眠気覚ましのドリンクなんて効いてない。
(プラシーボ効果なんて本当にあるんだろうか)
なんて疑ってかかるが疑ってしまった以上本当に効かなくなっている事に対して溜息が出る。
しかし今の私にはカンフル剤とも言える特効薬が携帯に納められている。
「まさか通話ぶった切ったら直ぐにこの画像送ってくるんだもんな。相当焦ってたな?あいつ…」
あの画像を眺めながら携帯の時刻に私は目が行く。
時刻は昼を指しかかる。
(少しお腹が空いたな…)
携帯を惜しむように閉じ代わりに冷蔵庫の扉を開ける。
(…最近買い物に行ってなかったからな…)
予想はできていたが中には大よそ主食や主菜にできそうなものはない。
台所周りを一々確認するも精々携帯食か保存食やインスタント麺のみ。
(まぁ、レポート完成まではこれでなんとかするか…)
私はコンロでやかんを火にかけ机へ戻る。
一先ず少しでもいいから課題は消化しておくべきだ。
そう思い立って資料の本を捲ったとたんにビリッと嫌な音をたてる。
「やっちゃったか…」
睡魔と進まないレポートにイライラしてたからだろう。
つい乱暴に扱ってしまったようで見事に1ページの真ん中辺りまで破れてしまっていた。
正直このままにしておくのは読みにくいし目覚めも悪い。
机の引き出しを開けてセロハンテープを探すが見当たらない。
(これも切らしてたか…)
正直私はモノの扱いは結構乱雑だ。
殊更こんな状態が続けば補修道具なんて直ぐなくなる。
「んっ…と、まぁ買出しに行くかね」
一つ伸びをして台所に向かい火を消すと玄関を出る。
(正直に言おう。単なる現実逃避だ、笑ってくれ…)
誰に言うのでもなく心の中で呟き青空を仰いでいた。

最寄のコンビニまでは精々5分も歩けば着く。
特にほかの用事のない私はまっすぐ店へと向かい物資の調達を行う。
(ふむ…セロハンはいいとして、飯か…)
正直今このまま戻ったところでレポートが進むとは思わない。
少しでも気分転換しなければならない。
そこで私はお握りを適当に2つ手に取り籠に放り込むとレジに向かい会計を済ます。
(まったく、やる気のないガキがレジかよ…)
少し悪態を私はつきながらも財布を捜すが見当たらない。
そもそもいつも鞄に突っ込んであるのだが今日は鞄を持っていない。
それどころか今日の衣服なんて数日前に実験で使用していた白衣を適当な衣服の上に羽織っただけ。
昨日の夜どこを探すかも見当もついてない状態だったので怪我防止の為にも羽織った事を忘れていた。
すると存在する金銭とすれば…
「電子マネーで頼む…」
携帯を取り出し端末に反応させ店を出る。
(さて…どこで食うかな…)

私の足は迷わずある方向を向いていた。
コンビニから少し歩いた住宅街の真ん中にある公園。
私が幼いころ何度となく通った公園だ。
(やっぱりここだよな…)
どこにでもある小さな公園。
特徴としては小さな山のように造られた滑り台が一つあるということだろうか。
滑り台の滑る側と交差するように空けられた横穴は成人した私の身長でもある程度屈めば入れる。
私は此処に何度もお世話になったものだ。
私はその滑り台の横穴に入り腰を下ろすとコンビニの袋に手を突っ込み漁り始める。
少しだけ懐かしみながら…

この公園にはじめてきた時は覚えていない。
少なくてもこの街で生まれた私にとってはたぶん公園デビューとやらもこの公園だったのだろう。
それほど馴染みのある公園。
でもこの公園ではいろいろな思い出がある。
それが特にこの滑り台だ。
近所の幼馴染達と遊ぶのはいつもここだった。
遊具も少ないこの公園ではこの滑り台がメイン遊具。
もちろんここで遊んだ思い出もあるのだけれどもそれ以上に思い出があるのはこの横のトンネル。
何かと私は此処に来ていた気がする。
親に怒られて家出した時、このトンネルで一晩を過ごした。
幼馴染の彼に告白するために呼び出したのもこの公園。
その時に心を落ち着かせようと待ち合わせ時間の少し前から来てここに座り込んでいた事もあった。
むしろその状態を彼に見つかった方が恥ずかしい思い出として残っているだろうか。
それから彼と初めてキスをしたのもここだった…
生憎その彼は中学に入ってしばらくして転校して行った為にそのまま自然消滅しているけど。
それ以外にももちろん何かと心が弱ったときなんか特に来ていた。
それもまぁ、昔の話。
今となれば自分や他人を巻き込んでなんとかできるけど小さい時は流石にできる事が限られていたから此処にいたんだろう。

ちょっと長い思い出に浸り終わると私は漁っていた袋からお握りと手拭を取り出すがそこで気付く。
「本気でやる気なかったな…あのバイト…」
袋には商品の他に手拭が2つ…これは別にいい。
2つ買ったのだから入っていたって別に問題も不思議も然程ない。
ただ私がそう思ったのは唯一つ…
「お握りに箸はいらんだろ…」
少し悪態はつくものの別に困るものでもないので白衣のポケットに使わなかった手拭と割り箸を突っ込んでようやく飯にありつく。
日もあたらないしきれいな場所でもないがここで食べるというのも童心に帰るので気分転換には良いだろうとの判断。
というよりもこの場所に来たかったからこの公園を選んだのだけども。
「さてさて、鮭握り〜」
上機嫌で頬張る私。
幸いにも昼時だったからかこの公園で遊んでいるような人間はいなかった。
だから特に何かを気にかける事もなく食べることに夢中になる。
多分最近まともに食事を取っていなかったのもあるだろうけどもこの場の空気も相まっていつもよりおいしく感じる。
(まぁ、コンビニ握りなんだけどな…)

食べ終わると私は一眠りつくこととした。
徹夜が立て続いていたのだ。
このぐらいしないと本当に身体が持たないだろう…

(私は何がやりたいんだろう…)
浅い眠りの中で考える。
特に考えも夢もなかったから大学に通うことにした。
適当に理系に入って適当に暮らしていた。
だからだろう。
今になって壁にぶつかっていた。
進路にしろ資格にしろ兎に角何か目標が必要だった。
なんとなくの毎日がツケになってこうなるとは思いもしなかった。
何も解決しないだろうけど私は思考に入り込み始めていた。
(寝ても覚めてもこれか…)
既に意識は半ば覚醒しているのだろう。
そんな自分自身への突っ込みも忘れずでもここへは休みに来ているのだから少しでも寝てみようと意識を落とそうとしてみる…
そう、まさにその瞬間である。
「お医者さんがこんなとこで寝てる〜」
子供独特の声がトンネルに響く。
(今ので完全に意識が覚醒したな…)
私は寝る事を諦めて腕時計に目を落とす。
時刻は2時近い。
昼飯を終えてまた子供たちが遊びに来たのだろう。
既に夏休みに入った今。
ある程度小さな子供たちならここに遊びに来てもおかしくない。
(ふむ…邪魔しちゃ悪いな…)
ここは子供たちの遊び場だ。
私がここにいる訳にはいかない。
そのまま立ち去ろうとするが一つだけ気になったことがあるのでトンネルから出ると直ぐに子供の方に向き言う。
「私は医者じゃない。まだ学生だ」

私を医者だと言ったのは小学校低学年程度の少女だった。
まぁ、スカートだったから少女と判断したがはっきり言ってこのぐらいの年だと髪型と服装ぐらいでしか性別を判断できない。
まぁ、そんな事は置いとくとしてその件の少女は不思議そうな顔をしている。
「お医者さんじゃないの?ならなんでお医者さんの格好してるの?」
(まったく、子供には白衣=医者のイメージしかないのか…)
すこしやれやれと思いながら医者以外にも白衣を着る職業はあると教鞭をたれようとした瞬間私の白衣の裾が引っ張られる。
「おばちゃんお医者さんだよね?」
「おばッ…」
裾を引っ張ったのはかなり短めに髪を切った少年がいた。
まぁ、今の私に少年だろうが少女だろうがなんなら老人だろうが関係なかった。
私は裾を放していない事を確認して思いっきり腕を振り下ろす…が思惑は外れる。
「あぶねぇーなー。殴ろうとするなよな。まったく年食うと短気になるからな…」
「誰が年増だ!!これでもまだ二十歳になったばかりだっつうの!!」
「まぁ、どっちでもいいじゃねぇか。んじゃ姉ちゃんはなんで医者なのにここにいるんだ?クビにでもなったのか?」
(こいつもか…)
いい加減この国の教育に対して疑問視が生まれたところで少し冷静になって回りを見渡す。
(いつの間にこんなに増殖したんだよ…)
公園には10人近い少年少女がいた。
小さな公園でもあるからとして既に満員という感じが公園にあふれている。
そして何より…
「なんか、クビになったお医者さんがいるんだって〜」
「へぇ〜、なんでここにいるんだろう」
変な噂が流れ始めていた。

このままほかって置いても良かったが一応近所という範囲もあって私は諦めて噂を消す事にした。
「私は医者でも元医者でもない」
「じゃあ、なんでお医者さんの格好してるの?」
(なんというか本当にこのやり取りしか生まれないな…)
私は少しため息を吐いて発言を再開する。
「白衣っていうのは医者だけのものじゃない。研究者や学生にだって着る人間はいるんだ。私は大学の研究室のほうで…」
「それより姉ちゃん遊ぼうぜ?」
発言をぶった切るはさっきの失礼な少年。
「そうだよ、たっくんの言うとおり。お姉ちゃんも遊ぼ?」
続くは最初に私を見つけた少女。
その途端にほかのちみっこ共が遊ぼうの大合唱。
こうなればもう止められない。
私は本日何度目かの諦めをする事になった。
「…わかった。遊ぼう」

「…本当に滑るのか?」
「早く滑ってよ〜」
あの山のような滑り台の上に立つ私。
「それいってこい」
そう言われて押し出され慌てて座り込み滑る。
ズズズッと鈍い音を立てて滑り降りる私。
立ち上がりお尻を叩き思う。
(あぁ、またこの白衣洗濯か…)
しかし、滑り台の方へ振り向き感慨深い事となる思考。
(本当にこの滑り台にはお世話になっていたんだよな…)

ある程度子供達の相手をしてやるとその後は彼らは思い思い自分勝手に遊び始める。
私はその様子を見届けると滑り台に寄りかかりその様子を眺め続ける。
ある程度時間が経ってからだろう。
私はいつの間にか再び思考が単純化され突然あの浅い眠りの時の疑問が再び沸いてくる。
(いったい私は本当に何がしたかったのだろう…)
そんな時だった。
「いたーい」
「大丈夫?なっちゃん」
泣き声交じりの声と心配する声。
別に保護者でもなんでもないが流石に大人が私しかいない以上なにかあったら目覚めが悪い。
その声の方に目をやる。
滑り台の降り口で指を摩る少女と心配して集まっている子供達。
見たところ立ち上がろうとして指でも突いたのだろう。
「そんなの引っ張っとけば治るって」
その言葉を聞いた瞬間に身体が動く。
「私に見せてみろ」
その指示に少女は従う。
だがやはり周りの…というより引っ張れば治ると言った少年が不服そうに言う。
「だからそんなの突き指だろ?引っ張っておけば…」
「黙ってろ!!」
思わず大声をだす。
(全く、最近のガキというかこいつの親は何を教えているんだ…むしろ何も教えてないのか?)
私は黙々と患部を見る。
腫れている様子も折れていたり怪我をした様子もない。
おおよそ突き指か捻挫あたりだ。
そこまでわかり私は治療の為に如何すべきか考える。
そんな中少年は引き下がらない。
「だって親父がそう言ってたんだ。突き指は引っ張れば治るって…」
(何時代の人間だ…)
ついため息を吐いて一言。
「小さな怪我が大きな病になったりするんだ!!正しい知識と対処法でなければ治るものだって治らん!!子供なら素直に今いる大人に従って置け!!」
そう言うとポケットの中に割り箸と手拭がある事を思い出す。
(これさえあれば…)
私は添え木として割り箸を当て手拭を割り箸固定と冷やす為の意味で巻きつけ買ったセロハンでその手拭と割り箸を固定する。
「これでいい。家に帰ったらちゃんと冷やして固定する事だ。痛みが引いてもある程度は続けることだな」
とりあえず知っている知識で治療を終え少年の方へ向く。
「少年、別に間違う事は誰にでもある。だけどな、自分の発言に責任が持てないなら軽々しく言うな。」
「だけど、親父が…」
「それは親父さんが言ったんだろ?お前自身が試して大丈夫だったのか?」
「そっ…それは…」
「それに親父さん以外そんな事言ってたか?先生はどうだ?」
「うっ…」
私自身ここまで責めるつもりはなかった。
だけど何故か止まらない。
「大勢の意見が正しいとは限らんが聞かないまま行動するのは愚かだぞ?聞く機会がなかったとして、その知識を自分で試しもせず誰か他人にやるなんてもっての外だ」
「…ごめんなさい」
涙を瞳に溜め俯きながら言う少年。
それに対して私は…
「こっちこそキツく言ってすまんな」
頭を撫でてやりながらそう慰めてやった。

「お姉ちゃんありがと。痛くなくなってきた」
正直あの程度の治療ではそこまでの効果はないはずだけどこれこそプラシーボというやつだろうか。
「そうか、それは良かったな。だけど油断はするなよ?っと…」
私はそこまで言うと時計を見る。
時刻は5時。
意外と思考の時間が長かったようだ。
「お前ら、5時になった。さっさと家に帰れ。」
そう言うと彼らは不平不満を並べるが断固として私は譲らず公園から出て行く姿を見届ける。

私は誰もいなくなり少しずつ夕暮れとなりかかる空を見上げながら滑り台に寄りかかる。
(結局気分転換にならなかったな…)
さて、帰るかという所で公園の入り口に目をやると一人の少女が立っていた。
「どうした?」
私は入り口の方まで歩いていき尋ねる。
少女はあの突き指した少女だった。
(はて、治療がまずったか?)
そう思いながら屈み少女の視線に合わす。
すると少女から発せられた言葉は私の想像と反するものだった。
「お姉ちゃん。本当にありがとう。本物のお医者さんみたいで格好良かったよ」
そう言うと少女は一つ私に笑顔を残し去っていった。
「ありがとう…か」
私は滑り台の方へ振り向き思う。
(どれだけこの滑り台にお世話になるかね…ありがとうよ。私のやりたい事が見つかったよ)
私は白衣を翻し自宅へと向かう。
私のやりたい事の為に先ずはレポートを終わらせる為に…


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