No6 心配なあの子

「遅かったか…」
自分のアパートについた瞬間にそれがわかった。
「玄関の鍵が開いてる…」
逐一言葉に出して確認しないと心が落ち着かない。
ドアを開ければ結果がわかる。
そんな事はわかる。
だけど私は戸惑う。
もし、この扉の向こうにあの子がいなければ…
(…迷っていても仕方がない)
私は踏ん切りをつけるとドアを勢い良く開ける。
そこにはあの子の靴はなく、部屋に入ると冷蔵庫のドアが開けっ放しになっていた。
「遅かったか…」
本日二度目の台詞を吐く。
私はベットに力なく座り込み考える。
(一体どうしたらいいんだろう)

私は一体どこで間違ったのだろう。
あの子がここに来て3ヶ月あまり。
最初は大きな荷物を背負って家出してきたと泣きついていたぐらいだったのに、ここでの生活に慣れきってしまって家事まで手を出し始めていた。
私の制止も聞かずに手伝いたいとの一点張りに私は折れてしまった。
私のバイトが遅くなるときはあの子に食事を任せる時だってあった。
今日は少しだけ浮かれていた私はバイトの後少しの間だけど波に乗りに行ってしまっていた。
私はそこであった友人と話し込んでしまいいつの間にかあの子といつも食事を取る時間になっていた。
(どこで間違ったんだろう…)
そんなもの明白だ。
浮かれずに…まっすぐ家に戻っていればよかったのだ。
(ちゃんと無事に帰ってきてよ…)
あの子は極度の方向音痴。
あの日ここに来た時だって小学生の足だとしても1時間とかからないはずなのだけれどもあの子曰く3時間程たって辿り着いたそうだ。
まぁ、そもそもあの子の母親からしばらく厄介になりそうだからと連絡があの子の出て行った数分後には連絡をこちらに寄越していたのだけども。
そこからはそわそわしたものだけれども、あの子の言うとおり3時間も立てばある程度冷静にはなって迎え入れる事ができた。
あの時はあの子の母親が後をつけていたそうだけども今回ばかりは違う。
あの子一人で繰り出しているのだ。
嫌な予感しかしてこない。
だけど、今部屋を出て探すという選択肢はあまり取れない。
あの子が鍵を掛けずに出て行ったということは鍵を持っていない可能性が高い。
すれ違いになればあの子は玄関で待ちぼうけ。
危険性としては迷っているのと然程変わりはしない。
されど鍵を掛けずに私が出て探す訳にもいかない。
あの子に家に電話して家族総出で探すのもいいかもしれないがそれは却下。
あの子は一応知られずに家出してきたことになっている。
それはあの子プライドが許さないだろう。
無事探し出せてもあの子は多分私の事を嫌いになる。
それはちょっと気分が悪い。
(だけど、そんな些細な私のプライドであの子を危険にさらし続ける訳にはいかないし…)
投げ出した荷物にふと目がいく。
其処には鞄から零れ落ちた携帯に目が留まる。
(こういう時あの子が携帯を持っていれば…)
あの子の学校は携帯の所持を禁止している。
最近の小学生は結構持っているのに意外だと吃驚したのを覚えているし実際にあの子の荷物からは出てこなかった。
(文明の利器も相手が持っていなければ…)
私はここまで考えて気付く。
「私以外の人に手伝ってもらえれば!!」
私は携帯のアドレス帳を起動させて今動けそうな人を探し出す。
(まずは…)

「理留!!今大丈夫!?」
私はまず大学の友人に連絡を取る。
いくら自主休学しているとは言え私にだってこういう事を頼める友人ぐらいいる。
『…レポートの山を今崩してるとこ』
まぁ、勝手が少し私とずれてしまっているのは玉に瑕だけど。
でも今の私にそんな事は関係ない。
「お願い!!あの子を…一葉を捜して!!部屋に戻ったらいないんだよ!!」
伝えたい事を相手を無視してストレートに伝える。
今の私にはそれしかできない。
でも理留は冷静だった。
『落ち着け、一葉ちゃんというとあんたが休学理由の例のあの子よね?』
「べっ、別に一葉の為に休んでいる訳ではッ!!」
確かに理由の一つではあるけど今はそんな事関係ない。
『だから落ち着けって。探すにしたって私は一葉ちゃんの顔も知らんのだぞ?』
「あっ…」
私は言われて気付く。
私の知り合いで一葉の事を知っているのは幼馴染と親戚位だ。
「ごめん…後で写メで送る…っで探してく」
私が言い終わる前に理留が間髪入れずに言葉を発する。
『当たり前じゃない。親友の頼みでしょ?それに私がかわいい女の子を危険に晒し続ける訳がない。』
「あはは〜…よろしく」
なんというかむしろ理留に見つかったほうが危ないのかもしれないという言葉を私は飲み込む。
『という訳だけど私移動手段ないから大学周辺になるけどいい?』
理留は大学の近くに住んでいる。
大学はここから3駅ほど行ったところ。
そこまで行くとは考えにくいけど目は沢山あったほうがいい。
「よろしくお願いします」
『じゃ、一葉ちゃんの写真はできれば水着姿とか制服姿とかでよろしく。なんなら裸でも…』
「普通の普段着で送りますのでよろしく」
『ちょっと、せめてサービスショット的なもので』
すかさず戯言を聞かないように通話を切る。
しかし、あそこまで言うのだ。
機嫌を取るのも考えて私はデータフォルダから取って置きの一枚を添付して送ってやった。
(さて…次は…)

「朝菜、今大丈夫?」
さっきの電話で結構落ち着いている。
それが自分で手にとってわかる。
『今ですか?今調度部活の休憩中ですのである程度なら…』
(しまった…それだと探してもらえそうもない)
臍を噛むもダメ押しで問いかける。
「一葉って覚えてる?私の従姉妹の…」
朝菜と私は年の離れた幼馴染。
5歳も離れた幼馴染というのは珍しいとはよく言われるけど彼女からしては私は姉のような存在の幼馴染らしい。
私としても慕われるのには満更ではない。
それは兎も角として彼女と私は幼馴染。
私の従姉妹とも何度かの面識はある。
『一葉ちゃんですか?…えぇ、今調度3年生ぐらいでしたっけ』
「そう、その一葉が帰ってこないのよ。たぶん買い物行ったきり…」
『そういえば極度の方向音痴でしたね…私の方でも探したいですけど…とりあえず学校の周り通ったら連絡…えっ?綾花が?』
電話口で何か慌てているような朝菜。
(何かあったのだったら申し訳ないな…)
『えっと…私の後輩が探してくれるって言ってまして…』
「後輩って…部活はいいの?その子は…」
正直私の都合で他人を巻き込むのはあんまりよろしくはない。
もちろん巻き込みに行っている私が言う台詞ではない事は重々承知の上で。
『後輩といっても自主的に私のサポートしてくれてるだけですから』
「そっ…そう…ならお願い」
朝菜は私と違ってきっちりと男の子にもモテるというのは嫉妬モノだけど今回のその後輩がどっちかはどうでもいい訳で…
「直ぐに今の一葉の姿の写メ送る」
『ありがとうございます。それでも学校周辺になりそうですけど…』
「わかってる。むしろありがとうというのは私の台詞。後輩ちゃんにもよろしく伝えて」
そこまで言って通話を切りメールを送ると次の相手を探す。
(とは言っても私、友達少ないしな…)

「恵、いま大丈夫かな?」
『今ですか?いいですよ』
極めて冷静な声が響く。
その反面一度落ち着いた私は時間が過ぎ行くに連れて再び焦りが生まれ始めていた。
「一葉がいなくなった」
それでも私は冷静さを装う。
恵とは母方の従姉妹である一葉に対して父方の方の従姉妹。
それ故か一葉とはあまり面識はないけどそれでも年に1度程度は会っている。
もし手伝ってくれればこれほど頼もしい人材はいない。
『一葉ちゃんですか…また迷子ですね?』
「まっ…まぁ…」
『はぁ…わかりました。私の方も動きますけどいい加減親の方に連絡したら…』
「それは駄目!!」
思わず声を張り上げる私。
『わかりました。しませんよ。でも私の足だと精々近所が精一杯ですよ?夜間外出は親に禁じられますから説得するにしても一葉ちゃんの事が知られますし…』
本当に冷静な恵。
正直見習いたいぐらいだ。
「とりあえずそれでもいいからお願い」
『了解しました』
そう言うと彼女の方から通話が切れる。
(しかし…自由に動ける人間が少なすぎる…)
正直移動手段が少ない人ばかり。
これでは見つかる可能性は低すぎる。
私はすでに詰まったはずの携帯のアドレスを捲り続ける。
(もしかして…)
私は一つのアドレスに手が止まる。
そこには今日新しく登録された番号。
(彼なら動けるはずッ!!)

1コール…2コール…3コール…
なかなか出ない電話に焦りが増える。
私が帰ってきてから既に1時間。
どれくらいの間あの子が出ているのかわからないけど少なくても1時間なのだ。
心配と不安で押しつぶされそうになる。
そんな瞬間に電話が繋がる。
『もしも…』
「少年!!一葉がいないの!!助けて!!」
私は感情のまま訴える。
感情のままでは伝わるはずもないのにそれしかできない私自身がもどかしい。
…否、そんな事も考える隙間は私の心に残っていなかった。
それでもいたって彼は冷静。
それがわかって更に私の心は乱れていく。
『まったく…少年と呼ぶのをやめてくださいと今朝言ったでしょうに…』
「今はそんな事どうでもいいの!!一葉に何かあったら私ッ…」
感情のコントロールが利かない。
気付いているのに心も身体もいうことを利かないようだ。
『ちょっと待ってください。一葉さんってだいたい誰なんですか?それに俺にどうしろと…』
「一葉が…一葉が…」
私の思考は既にシャットアウトしてしまっていた。
相手が冷静だとわかりどうにか伝わると思ってしまい思考は暴走してしまったようだ。
私の口からは既に伝えるという意思を持つ言葉は出ていない…
するとそんな時だった。
『いい加減にしろ!!貴方は何がしたいんだ!!一葉っていうヒトがどうかしたんだろ!?何かを求めて俺に連絡よこしたんだろ!?だったらちゃんと話せ!!そうしなければ何にもできねぇよ!!』
彼から叱咤の言葉が飛ぶ。
理留の時に反省したはずなのにこれだ。
多分それほど焦りと不安と彼の冷静さに信頼を置いてしまったのだろう。
私はその言葉を聞いて冷静さを少しだけ取り戻せた…

『大体の状況はわかりました。調度今星景写真を取りに外に出てますから探しましょう。大体の行動範囲はわかりますか?せめてどこに行ったかとか…自転車でも行ける範囲は限度がありますから…』
そう言われて考える。
冷蔵庫が空いていたのだからと思い再び冷蔵庫を覗く。
中身は私が最低限料理が出きる程度。
まじめというかレシピ通りに何かを作ろうとしたら圧倒的に物が足りない。
(今日は私が作るはずだったからこんなものよね…ということは)
あの子は私の代わりに料理を作ろうとして材料を買いに行ったのだろう。
私はその事を彼に伝える。
『スーパーあたりですかね…わかりました。街の方に行ってみます』
「ごめん…お願い…」
素直に電話口だけど頭を下げる。
『貴方らしくないですよ。今朝みたいに強引にしたらどうです?あの元気な貴方結構好きですよ?』
「うん…そうだよね…これだと一葉に心配かけちゃう…よし、少年さっさと行って来い!!」
『了解しました』
なんとなく彼の苦笑いが想像できる。
私はベットに転がり天井を見上げる。
時計を見たら既に8時…日は既に暮れていた…

時間だけが無常に過ぎていく。
何もできない自分がもどかしい。
ある程度時間が経つと携帯が鳴り手伝ってくれている彼女らから経過報告が来るも見つからないの連絡のみ…
ここまでならそろそろ警察や親に連絡すべきなのかもしれない。

更に30分程が経って彼女らから連絡がくる。
これ以上彼女らに迷惑をかけるわけにはいかない。
いくら平和な田舎だといっても危険がない訳ではない。
流石に女の子達を夜中で歩かさせ続けるのは問題がある。
だから私はここで彼女らの捜索の手伝いを打ち切って貰う事にした。
(恵も既に探索不可能になったって連絡も着たし朝菜ちゃんには連絡を貰った時に打ち切ってもらった…後は…)
今動いているのは…彼のみ。
私はその状況になった瞬間に腰を上げることにした。
ここまでこれば空き巣とか心配する方が馬鹿に思えてくる。
意を決して私は玄関へ向かう。
(そもそも、最初から私が動かないといけなかったんだ)
靴を履き、あの子が行きそうな場所と迷いそうな道の行き着く場所をシミュレートしドアを開けようとした瞬間…
「ただいま〜…遅くなっちゃった」
開け放たれた玄関にはあの日のような大荷物になった買い物袋を提げたあの子が…一葉が立っていた。
まるであの日の再現に見えるこの光景。
だけどあの日と違うのは一葉が帰ってきたという事と…
「かずはぁ〜」
泣きじゃくって抱きついたのが私の方だったことだろうか…


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