No.5飛び降りるなら?

爽やかな青空の下私達は公園のベンチでお弁当を広げて食事をする。
なんてことない普通な日々。
だけどこれが大切な人と一緒だからこそ楽しいんだと思う。
それこそこのお弁当が…
「本当に裕也って料理上手いよねぇ〜」
「美波が作れなさすぎなんだろうよ」
私が作ったものだったらいいのに…

午後の昼下がり。
私達二人は食事を済ませるとまったりとしていた。
特に会話もせずにただ一緒にいるだけ。
それだけでたぶんお互い幸せなんだと思う。
少なくても私はそうだ。
(この幸福がいつまでも続きますように)
そんな事を考えふと裕也の方を見るとどこか不安げな表情をしていた。
(どうしたんだろう)
私は気になりつつもあえて聞かないようにした。
(裕也にだって人に…私にだって言えない悩み事の一つぐらいあるはずだし)
そういう風に自己完結している最中に突如裕也の口が開く。
「もし…もしも飛び降りるなら美波はどんな状況がいい?」
「どうゆうこと?」
突然の質問に頭がついていけなかったのかと思いもう一度頭の中で裕也の言葉を反芻するも結局意味はわからない。
「もしも…死なないといけないならどんな死に方がいいかって…」
そう言われても勿論意図が掴めない。
ならこちらとしても漠然とした答えしか返すことができない。
でもとりあえず黙っていても仕方がないから私は
「裕也に見取ってもらいながらの老衰。若しくは裕也と一緒に心中とか?」
なんて冗談めいた風に答える。
その答えに裕也は少し不満でも抱いたのか少し難しい顔をした。
「そうじゃなくて…もしも、大切なモノを守らないといけないけどその守る方法が死ぬしかないなら…って事で…」
なんとなく何時もと違う口調の裕也。
そう感じ始めると私の中は不安で満たされ始める。
「それは…死ぬに値する程の守るべきモノなんだよね…なら私はわからないな…考えるなんてしないでその時に任せるかも」
今の私にとって命を賭けれるのは家族か裕也ぐらいだと思う。
だけどもちろん誰とも別れたくないから別の方法を探すと思う。
とここまで言いたかったけどそれは飲み込んでおくことにする。
正直これは今の裕也の質問の答えになってないし。
「でも、いきなり何?そんな事訊くなんて」
「なんか怖くなってさ…」
「怖く?」
そこまで訊くとだんだん裕也の表情が暗くなっていく。
「俺は美波を失うのが怖い。どんな状態になろうとも美波を守りたい。だけど俺は美波の為に命を投げ出せるのかって…俺はどこかで自分が一番って考えているんじゃないかって…そしてわかった。俺は青空の下で鳥のように空へと飛び降りていきたいって…でもこんな考えがあってるかなんてわからなくてさ…」
私は一つため息を吐いて裕也に抱きつき言う。
「私には裕也の気持ちはわからない。私の事をそこまで思ってくれていてそこまで考えてくれるのは嬉しい。だけどね…死ぬって前提で考えるのはやめてよ…私だけ残されたって寂しいだけだからさ…そういう時がもし来たなら私としては裕也に生きていてほしいよ…」
今、私が言える言葉を懸命に伝える。
多分抱きついていた腕は力が入っているだろうし声からして多分私は涙目だろう。
「すまんかった…なんか変な事訊いた」
そう言って裕也は私の頭を撫でてくれている。
「でも…裕也の気持ち本当に嬉しいんだよ?それにそういうのは本当に答えなんてないんだと思う。唯一正解があるとすれば多分本当にそういう場面になって行動をした事なんだと思う。」
いまいち私の思うことが言葉にできない。
私の気持ちがちゃんと裕也に伝わっているか不安になる。
(それでも今の私にはこれしか…)
裕也のやさしく撫でてくれている状況に思考は停止し始めて不安が安堵感へと変わり私の意識は段々と思考の海へと埋もれていき…ぷつりと途切れた。

瞼に少し強い日差しが差し込む。
(私…どうしたんだろう…)
そう考えながら意識がなくなる前までの事を思い出す。
(たしか、裕也が変なこと訊いてきてなんか悲しくなってそれで…)
意識が段々と覚醒していく中頭を撫でるような感覚がわかり始める。
それと同時に私は慌てて飛び起きる。
「ごっごめん。なんか寝てた」
言い訳とも謝罪とも取れない言葉でとりあえず謝る。
幸いにも日はまだあまり沈んでいない。
精々一時間といったところだと思う。
(よかった…裕也と一緒の時間を唯寝てただけで終わらせたくないし)
なんて思うも今日はそんな心配はそこまでしなくていい。
なんだって今日は…
「疲れてたのか?なんならもう家行くか?」
裕也の家にお泊りなのだから。
「別に大丈夫だよ。裕也が優しく撫でてくれたから安心しちゃって寝ちゃっただけだから」
計画自体…というかいつかしたいみたいな話は前からあった。
だけどお互いあまり都合が合う日がなくて精々勉強会を開いたぐらいで夜には別れていた。
だけど今日…夏休みの初日ともいえるこの日と明日は裕也のご両親が不在になるという事で許可が下りたのだ。
むしろ何でいないのに許可が下りたのか疑問に思ったけれど裕也曰く「十分に青春するのも子供の役目よ?」なんて言われたそうだ。
お互いの両親には私達の仲は知れているので特に心配もなく今日という日が訪れている。
「そういえば、裕也…寝ている私に何もしてないよね?」
少し欺瞞の満ちた目で裕也を見る。
しかし裕也は慌てる節も見せずにこやかな笑顔と共に口を開く。
「美波のかわいい寝顔を十分に堪能させてもらったぐらいかな?それにいろいろとやるなら今日の夜に十分時間がある訳だし」
訂正、にこやかというよりか意地悪な笑顔だったようだ。
でも流石にこう言われてしまうと…
「むぅ〜…それならいいけど…」
何も言い返せなくなっちゃうじゃない。
「っで、これからどうする?まだここでのんびりする?」
裕也のその提案も結構魅力的でもあるけど私はあえて違う事を提案してみる。
でもその前に…
「今何時?」
「えっと…3時だね」
裕也に尋ねた時間から計算して丁度いい時間だという事に気づいてここで提案する。
「なら、海行こ?」

この町は南側は海に面していて北側は冬にはウィンタースポーツが出来るほどに積もる山がある。
とはいっても正確にはこの町というよりこの町がある地域というべきなんだけど。
あの私達がいた公園から海へは徒歩で1時間程度。
なのだけれども私達となると…
「日が沈みかかり始めたな…」
今日は3時間たってやっと辿り着く。
お互い喋りながら歩いていると時間は忘れるけれども確実に時間は過ぎていてなにより寄り道だって多い。
だから遅くなる。
だけれどもそれが私の狙いでもあった。
まぁ、裕也の荷物が思ったよりも多かったのは予定外の遅延があったわけだけれども。
それでも概ね順調。
私は砂浜の方でなくテトラポット何もない堤防の方へと歩いていく。
真っ赤に燃えるような太陽が眩しい。
私は裕也より歩調を速めて先端へと向かう。
海へと近づくほどまるで夕日の中に私が溶け込んでいけるみたいで…
(あぁ…たぶん私は…)
私は先端へ辿り着くと裕也の方に振り向き様に言う。
「私…さっきの質問の答えが見つかったよ」
まだ少し遠くにいた裕也は足を止めた。
私の言葉の意味を考えているのだと思う。
だから私はそのまま言葉を紡いでいく。
「裕也の飛び込むなら何処がいい?ってやつ。飛び込むだけじゃないけどもし選べれるなら私はこんな夕日の中がいいな…これが私の答えね」
私はそこまで言うとなんとなく恥ずかしくなっておどけるようにその場で回ってもう一度海の方へと振り向く。
まぁ、確実に照れ隠しなんだけれども。
だけどそれがいけなかったのかもしれない。
その場に止まったつもりの私。
だけど瞬きした次の瞬間の景色は茜色の空。
明らかに足元に地面の感触がない。
すっかり私は忘れていた。
先端まで来ているのだから足場なんて一歩外せば落ちるような所だった事。
そして私は…とても運動音痴だった事を。
そこまで分かると息を大きく吸い呼吸を止め身を任せる。
一瞬の浮遊感の後背中の大きな刺激が走った…

目を開けると映るは茜空。
少し呆けていると裕也が呆れ顔で私の顔を覗きに来る。
その顔に私は笑顔で返すと裕也は溜息を一つ吐くと一言。
「本当に飛び降りるなよ…さっさと上がれ」

幸い落ちた場所はすぐ海で尚且つ深くもないし落ちてもどこかぶつけるほど浅くもなかった。
まぁ、唯一難があるとすれば…
「さむい…」
「そりゃそうだろうよ」
全身がびしょ濡れという事だ。
というかこのまま街を歩きたくない。
夏ということで薄着であった私の服は完全に透けてる。
(このまま歩くとか痴女じゃあるまいし…)
やり場のない怒りにとりあえず不貞腐れる。
この辺で服を調達できる場所に行くのと裕也の家に行くのとでは断然裕也の家の方が近い。
されどこれで歩きたくもない。
買ってきて貰うにも何か借りる為に家に戻って貰う間ここで待つのも正直嫌。
どうしようもないし自業自得なんだけれどもどうしたものか…
そう不貞腐れ続けている間に裕也が何か鞄を漁っている。
お弁当を入れていたバスケットのようなモノだったけど今そこには解決策なんてあるとは思えない。
だけど裕也は目的のモノを見つけたようで私に手をさし伸ばす。
着いて来いということだろうか。

歩くといってもほんの数メートルだった。
堤防から砂浜に降りれる防波堤の階段。
そこが裕也が足を止めた場所。
そこで徐に裕也は鞄から先ほど見つけただろうモノを私に手渡す。
そこには少し大きめなタオルが一枚。
意味が分からないがとりあえず受け取る私。
(これだけでどうしろと…)
最悪身体は拭けるのでいいけど服自体はどうしようもない。
そこまで解決策となってないような感じではあった。
だけど次に裕也は突如上のシャツを脱ぎ私に渡す。
「下はなんともならんがせめて上だけでもこれ着てろ」
そう言って砂浜の方を指す。
砂浜の方を見ると少し遠くに女性だろうサーファーが一人いるぐらいで特に誰か居るというわけでない。
私はとりあえず裕也の指示に従う。
そして砂浜に下りて私は一言。
「誰か来ないかちゃんと見張っておいてよ?あと絶対こっち見ないこと」
すこしキツめの口調で言ってみると私が寝てしまっていた時の様な表情で一言。
「帰ったらの楽しみにしとけばいいんだろ?わかってるって」
なんて言って私に背を向ける。
正直言い返したかったが薮蛇になりそうなのでとっとと着替えることにする。

着替え終わると思わず服の匂いを嗅いでしまっていた。
(裕也の匂い…)
思わず破顔してしまっていただろうから見られていないか確認する為に裕也の方を見る。
そこには誰かと話している裕也。
様子から見ると多分こっちに目が行かないようにしてくれているようだ。
私はその様子を見るとその努力を無駄にしないようにと防波堤に寄りかかる様にして隠れる。
夕日は半分程沈んだ頃だった。
(裕也って本当にいろいろと私よりできちゃうんだよな…)
今日一日の事をひっそりと振り返る。
先ほど海に落ちてしまってからの対応。
公園では私が寝てしまってもそのまま寝かしつけていてくれていた事。
お弁当だって裕也の作品だった。
私がして欲しい事は先回りしてやってくれている。
頼んだわけでも…それどころか言ってもないのに。
そんな裕也に私は釣り合ってるんだろうか。
私は裕也に何かしてあげれてるのだろうか。
(私にできる事は…)
そう考えながら沈む夕日を見続ける。
相変わらず裕也は誰かと話している。
たぶん私が出ていけばきりがつくんだろう。
私は私自身の質問に答えを出す。
(せめて料理を覚えよう)
決意新たに私は裕也の方へと向かう。
(裕也…あの答え変えさせてもらうね。私が飛び降りるならまず裕也の元へ…だって裕也なら私を絶対受け止めてくれる。死んじゃうって前提ならその最後の時まで一緒だよ。せめて最後の一瞬は裕也の姿だけを見ていたいから…)


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