No.4海と空

最近目覚めた趣味がある。
元は親父が何か趣味を持てと何かと煩かったので適当に始めた趣味だった。
始めたと親父に言うとわが身の事の様に喜び高い機材を俺に買い与えてくれた。
だけど俺はそれを使わない。
自分が今まで貯めていた貯金を下ろし買った機材が俺の相棒。
絶対親父が買ってきたモノなんて使ってやるものか。

夜明けまであと少しという時間。
俺は自転車に跨り山を降りる。
腰にはコンデジ、荷台には三脚と休憩用の折りたたみの椅子と…親父が買ってきた1眼レフ。
始めて直ぐはあまり乗り気もなかったが景色を撮り始めてその感情は直ぐに消えた。
いつも同じ景色だと思ったが実際に意識をして見てみると少しずつ違う事に気づき、この平凡で地味な街にでさえも心を揺さぶるような景色があると知った瞬間に常にコンデジを携帯するようになっていた。
今日は星景写真に挑戦しその帰り。
初めての挑戦であった俺としてはなるべく早めに結果を知りたくて早めに山を降りることにしていた。
山から下りて海沿いの道へと出る。
ここまで来れば後は舗装された道が続くだけ。
転ぶものかと集中していたがそれもここまでで済む。
海風に吹かれながら走る俺の目に眩しい光が差し込む。
ふと海を見ると鮮やかな朝日が昇り始めていた。

その後すぐ俺は三脚を立てカメラをセットしていた。
海沿いの防波堤。
コンデジによくあるミニ三脚を固定し終えると電源を入れ撮影を始める。
コンデジ程度なら今は携帯電話でもほとんど同じ性能を持っているものがあるけれどもコンデジのいい所はこの直ぐに撮れるようにできる事と…
「波の音もこんなに綺麗なんだな」
柄にもないことを呟く。
シャッター音を無くせ集中させてくれる所だと俺は思う。
そんな心地よい音の中俺は無心でシャッターを切る。
海と空の太陽を挟んだコントラスト。
太陽がいつもは別ち続けている海と空を同じ色に染め上げてまるで繋がっているように見せる。
いつもはやっぱり違う色を見せる両者が同じ色になれる数少ない時間だろう。
俺は時間を忘れて集中していた。

俺は一通り気が済むまで撮り終えると一息吐く。
(結構な数撮ったな…そろそろ朝飯の時か…)
俺は時計を見ようとコンデジのスタンプで確認する。
勿論携帯だって腕時計だってしているがなんとなく見返す作業もしたくなっていつもカメラで確認している。
確認した瞬間にバッテリーが少ないことに気付き慌ててポケットから予備のバッテリーを取り出し取り替えると再び三脚に戻し立てておく。
バッテリーは何時撮りたい景色に出会えるかわからないからいつも予備を携帯している。
それこそ今日みたいな日があるから。
そんな感傷のようなものを感じながら今日の撮影の余韻に浸る。
(今日から夏休みだったな…遅くなっても大丈夫だろ…)
俺は椅子を組み立てて其処に深く座る。
車の通りも少ないこの場所ならこういうことも許されるモノだ。

俺が仮眠に入ろうとした瞬間だった。
「よう、少年。こんなところでカメラセットして盗撮かい?」
聞きなれない声から見知らぬ他人なのだろうが妙に馴れ馴れしい言葉遣いにすこしムッとする。
そんな事で腹立てる自分にうんざりしながらもその声の主に真実を伝えておく。
誤解されたまま通報されても面倒くさい。
「違いますよ、景色を撮っているだけで何より一休みしたら畳んで帰ります」
そう言って体を起こし声の主へと顔を向ける。
そこにはウェットスーツにサーフボードを抱えた姿の女性。
俺の事を少年と呼ぶぐらいだから年上なのだろがスッキリとしたショートカットはどこか幼さを演出しているような気もした。
「ふむ、しかし海にカメラを向けているとそう勘違いされるから気をつけたほうがいいぞ?」
「もっともな忠告ですがこんな朝っぱらに海で泳ぐ人もいないでしょう。まだ日が昇ってそんなに時間も経っていませんし」
時刻は7時を回ったぐらいだろうか。
いくら夏といえどまだ海は冷たいだろう。
そう想定して言い放った言葉だが…
「いや、私が今から波乗りに行くし」
「そんなの知りませんよ…今日始めてこの時間来たんですから」
この女性の行動はその辺は規格外だったようだ。
「っで少年は何故に景色なんて撮ってたんだい?」
この女性の言葉に俺は少しムッと来る。
(まったく…いくら年上可能性があるからって少年扱いはないだろう)
そう思ったら何時の間にかその感情を思ったままに口に出していた。
「少年、少年って失礼じゃないですか?俺にも名前はあるんですから」
いくらか言葉を変えているのは俺らしいんだろうが。
「とは言っても私は少年の名前知らないしな〜…そうだ、少年の名前教えてよ」
妙に笑顔で言う女性に少々戸惑いながらも俺は答えることにする。
「秀次…上山秀次」
「ふむふむ…学校は?」
妙に突っ込んでくる女性にたぶんそろそろ戸惑いも表情に出てき始めているだろう。
正直女性とは係わり合いのない生活を送ってきたのだから。
「晴陽高校の2年…えっと景色を撮ってるのは最近カメラが趣味だからです」
なんとなくではあるがだんだんと言葉使いが丁寧になっていくのがわかる。
だが何故かこのままでは負けると思ってしまい言葉を返した。
「貴方こそ何者なんですか?俺だけ名乗るのもおかしいでしょう」
彼女は少し考えるような仕草をした後納得したかのように笑顔で答え始める。
陳腐な喩えだが、それこそ太陽のような笑顔に俺は思えた。
「真理香、神崎真理香。関条環境大学の3年生だけど唯今自主休学中ね」
(関条環境大学ね…)
関条環境大学とはこの町から駅を3つほど行った都市部にある大学。
レベルとしてはそこそこの新しい学校である。
環境大学として主に新エネルギーの分野に強いらしく多くの技術者を輩出しているらしい。
でも俺はその部分には引っかからず寧ろその後に続いた言葉に引っかかっていた。
「自主休学ですか…」
「そっ、悪い?」
まるで気にしていないように彼女…真理香さんは言う。
「いえ、ちょっと理由が気になっただけです」
「それもそうよね…教えてあげようか?」
「言いたくないならいいですよ。そこまで他人の事に首を突っ込むのは趣味じゃないですから」
そう言うと真理香さんはムッとした表情をして機嫌悪そうに口を開く。
「他人って…もう私達は友達じゃない」
「はい?」
思わず素っ頓狂な声を挙げる。
「自己紹介しあったんだしもう赤の他人じゃなくて友達だよ」
「小学生じゃあるまいし…大体俺が友達関係でさえ断るとか考えないんですか?」
自慢じゃないが友達というモノが少ない俺にとってなんとも楽天的な考えを披露する真理香さんに対して戸惑いが完全に生まれていた。
「う〜ん…だって君は断りそうもない雰囲気だったし、初めて男の子の友達ができそうだしさ」
「初めて?もてそうなのに意外ですね」
思わず正直な言葉が出る。
「何、嫌味?正直男はからっきしだよ」
「男はって女性からはもてるんですか?」
「えっ…」
真理香さんは文字通りギクッというようなリアクションをして固まる。
(図星か…)
なんとなく女性にもてるというのはわかる。
漫画等にある後輩から慕われる先輩という感じが滲み出ている感じでもあるわけだし。
「正直、女の子からは何度も告白されたよ…全部断ったけどね」
落胆したような表情と動きで言う真理香さん。
まだ会って数分だろうけどこの人は妙にリアクションが大きく尚且つ表情がコロコロ変わる。
普段だったら絶対に関わらないタイプの人間なのだが…
(最近人と話してなかっからな…)
なぜか妙に心が騒ぎ、でも落ち着くのはそのせいだろうと決め付けておき会話に戻る。
「全部ですか…勿体無い」
「流石に付き合う訳にはいかないよ。だって私は普通に男の人が好きだし。LIKEであってLOVEにはならないよ」
「なら、いくらもてないにしても貴方から行動を起こすこともできたでしょうに」
「そりゃ、起こしたよ…全滅したけど。なんか雰囲気とかなんとか精神的なモノが合わないって理由がほとんどでね…」
「どういう理由ですか…」
「だよね〜…でも好きになるのはやっぱり見た目とか性格じゃなくてそういう精神の根本的なモノなんだと思うよ?…でも友達としても駄目はないよね…」
「友達としても?」
思わず訊ねる。
そこまで行くと何かおかしい気がする。
「もう、何かの因果として諦めているよ…携帯の番号もメアドも男の人は交換してくれないしね…むしろなんでか避けられているし、運命なんだよきっと」
そう言って真理香さんは空を仰ぐ。
ここまで行くと流石にかける言葉も見つからない。
「そうだ、少年写真見せてよ。」
突如言われて少々慌てるが特に変な写真は撮ってないつもりなので快くカメラを指し
「どうぞ」
と承諾する。

真理香さんは何故か三脚に立てたままの状態でコンデジを操作する。
そんな姿が妙に面白くて思わず笑ってしまいそうなのを我慢して見守った。
「へぇ〜…おっと、これが今日の写真?」
真理香さんは海の写真を表示させ指差す。
「そうですね、ちょうど貴方に会う直前ぐらいのモノです」
「ん…そうか、どうもありがと」
そう言って彼女は電源を落とす。
「にしても君、景色ばっかりだったね。人は撮らないの?」
さも当然かのような態度で質問してくる真理香さん。
「人を撮るなら許可が必要でしょう。それに興味ありませんし」
正直に俺は質問に答える。
「君、友達少ないでしょ」
事実を指す言葉に思わず
「関係ないでしょう」
と図星としかとれない返事を出してしまった。
「でも…写真は綺麗なのがいっぱいだね…空を中心に撮ってる?」
「まぁ、今日は星景写真でしたし…」
そこまで言って今まで撮影した写真を思い返す。
確かに、比率として空が多く写っていたかもしれない。
「そうだ、携帯の方は?」
「携帯?」
「携帯にもカメラ付いてるでしょ?どんなの撮ってるの?」
「携帯の方は確か何も…」
そう言いつつ携帯を取り出しフォルダを確認する。
もちろん撮り始めたのは親父の一件からだったから撮っているはずもない。
俺は確認し終え仕舞おうとすると突然真理香さんが俺から携帯を取り上げる。
「もしかしてエロい画像とか?」
笑いながら言う真理香さんに対して潔白を示す意味を込めて成すがままにする。
(壊すなんて事はないだろうし破天荒そうだけど常識だけはありそうだしな…)
俺はそうは思いながらも真理香さんの携帯の扱いに注目しておく。
「へぇ〜…私と同じ機種だ。色違いだけど。」
そう言いながらも悪戦苦闘しながら携帯を弄っている。
俺はとりあえず大丈夫だろうと確信し椅子に深く腰掛けて空を見上げていた。

「ふ〜ん…本当に何も入ってないんだね」
一通り確認が終わったのだろうか、真理香さんはそう言いつつ何故か俺の後ろの方に立つ。
少し疑問に思いながらもこちらから何かできるわけでもないから俺はそのままの体勢で真理香さんの行動を見守る。
「だ・か・ら、ほれっ」
そう言い俺の肩に手を回し引き寄せられて
「カメラに注目!はい…チーズ!」
文句も言う間を与えてもらえず言われるがままに携帯のレンズに顔を向けた瞬間に携帯特有のシャッター音が鳴り響いた。
「はい、これが少年の携帯の始めてのツーショット写真だね」
真理香さんは手際よく操作して俺に携帯を渡してくる。
それを成すがままに受け取りしばらく呆然とする。
「その写真は私にとっては初めて身内以外の男の子と撮った写真なんだから後でちゃんと送ってよ?」
その言葉でやっと硬直が解けて口が動くようになった。
それで出た言葉が唯一つ。
「サーフィンはやらなくていいんですか?」
なんというか自分が情けなかった。
「やばッ、バイトの時間もあるんだし早くしないと」
そう言うと真理香さんはボードを抱えて砂浜へと駆けていく。
俺はその光景を見て思わずコンデジの電源を入れてシャッターを切っていた。
そこには海と空と太陽が鮮やかに写っていた。

その後俺はそそくさと退却準備を整え撤退した。
自転車を牽きながら家路を歩く。
ふと、あの時撮られた写真が気になり携帯を開きその瞬間に溜息が出た。
(まったく…いつの間に)
デフォルトだったはずの待ち受け画面はあの写真へと変わっていた。
(そういえば、画像送れって言っていたけどアドレス知らないのにどうすればいいんだよ…)
たぶん冗談で言ったんだろうと思いながら携帯を久々に弄る。
アドレスを知らないくせに何故かメールを打ち添付ファイルとして貼り付ける。
そしてあるはずのない宛先を決める為にアドレス帳をなんとなく開き動かす。
(相変わらず少ないな…)
なんて自虐的な事を思いながらも手を動かし続けるとある一つのアドレスで手が止まった。
俺は迷わず決定し送信する。
(そういえば同じ機種のくせに手間取るようにボタンを押していたよな…)
俺は振り向き海の方を見る。
海と空…俺と真理香さんを繋いだのだろうこの2つに感謝しながら…


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