No.3ヤンデレ

俺は柳川の家の前に立っていた。
もちろん用事があって俺は此処に立っている。
正確には俺は最悪この部屋に入らなければならない。
最低でもこの家の主に会わないといけない。
だから俺は此処で溜息を吐きながら立っているのだ。
(正直…会いたくねぇ…)
俺が会いたくもない相手の家の前に立ち尽くす原因となったのは朝まで遡り時を流して帰りのホームルームが終わった時であった。

本日の朝。
俺はいつも通りの時刻に教室に入った。
学級委員である俺は教卓に置いてある日誌を手に取り適当に周りの奴らに挨拶を済ますと席に着く。
別に好きで委員をやっている訳ではないが部活に入らなくていいという一年生の時のメリットに惹かれてそのまま2年生に。
相変わらず委員というのは不人気で前年取った杵柄もあり俺が選ばれている。
特にヘマをしなければ教師達の印象も良くなるので進学を目指している俺にとっては好都合だった。
仕事だってそんなに面倒なものはないので気楽にできるとは思ったのだが…
(ん?今日はあいつがいないな…)
俺が頭を抱える原因が今日は見当たらなかった。

俺が頭を抱える原因…それは俺と同じ学級委員の柳川恵の存在だった。
丹精な顔立ちと仕草やスタイルはまるで絵に描いたかのような美少女であった…性格を除けば。
問題はその性格である。
すべての人間に対して冷徹に対応する。
普段は柔らかな目つきなのだが注意をする時は人が変わったかのような鋭い眼光へと変貌する。
しかもそれが1日中となり始めているのだから手に負えない。
風紀に厳しく少しでも校則を破れば容赦ない言葉が襲う。
言葉遣いも冷たく硬い。
口を開けば「お前らは学校へ何しにきているんだ」「もうすこし真面目に取り組め」なんていう言葉の鉛球が飛び出す。
その風貌と性格から皮肉を交えて影では鋼鉄の乙女…アイアン・メイデンなんて呼ばれていたりする。
それとは別に彼女は病弱でもあるらしい。
本当に病欠かはわからないが1度休むと1週間は平気で休んでいたりする。
それはともかく、それによって彼女の仕事は自動的に俺へとシフトする。
普段注意ばかりして冷たくあしらわれている上に休みが多いので俺に仕事が回ってくる。
これほど頭が痛い事があるだろうか。
更に学級委員として共同作業しないといけないときにでさえ会話等なく最低限の仕事内容の会話だけで盛り上がるどころかテンションが下がる一方。
そんな彼女と去年一緒に委員をやっていたどころか、今年も教師の推薦で彼女が選ばれている。
こういう女子が好きな男子共もいるみたいだが俺としては願い下げだ。
やっぱり一緒に馬鹿やりながら盛り上がるほうが付き合うのにも良いと思うものだ。

そんな彼女が休みであったが俺の仕事は比較的に楽であった。
本日からは考査期間。
来週から始まる考査に備えて半日で授業が終わり午後は自由に時間が使える。
本来は自習の時間であり、授業ではなく考査対策の講義も開かれるが完全自由参加な為に帰宅する事だって許される。
だから俺はいつも帰るのだが…
「英人、ちょっといいか」
担任から声がかかれば流石に無視はできない。
俺は不快にさせない程度の気だるさを含んだ挨拶で振り返る。
「何か御用でしょうか」
別に成績の悪い人間ではない俺が呼び止められる意味が思い当たらない。
講義の半ば強制の人間なんざ赤点とってるような奴らかそれこそ本気で上位校を目指す人間だろう。
しかし、担任から出た言葉は俺が予想していた講義の話とは全く違うものだった。
「柳川の奴にこのプリントを届けてくれないか?あいつ、1度休むと長いから一緒に考査範囲教えておいてくれ」
受け取ったプリントは2学期に行われる文化祭の役員決めの会議の知らせでありそのプリントに柳川の家の地図だろうメモがクリップで留められていた。
もちろんここで断る事もできるだろうが、それこそ担任の心象を悪くする可能性がある。
別段あいつに会う必要もない。
なら…と思い立ち俺は
「了解しました」
承諾していた。

これが俺が此処で立ち尽くしている理由だった。
そして、ここまで思い出して気付く。
(考査範囲をメモか何かに書いてポストに放り込めば完結するではないか)
しかし、一応尋ねた形跡は残しておこうととりあえず呼び出しベルを鳴らす。
ここは市営アパート、インターフォンなんていう洒落たモノは付いてない。
俺は押した後に反応がない事を確認しメモ帳を取り出して考査範囲を書き写す。
(はて…物理の範囲はどうだったか…)
俺は思い出せない範囲を確認しようとメモ帳をめくり始めようとした瞬間
ガチャ…
ドアが開く音と共に
「どなたさまぁ〜?」
いつもの聞きなれた声で聞きなれない口調が確認できた。

俺が慌てて声の主の方に顔を向ける。
そこにはYシャツ一枚のように見える柳川の姿が映る。
実際、その下に何か着ているのだろうけど今はそんな事はどうでもいい。
(本人じゃないよな…)
明らかに柳川恵本人の声であるが口調やそこから感じ取れる性格は別人だ。
だが背丈等のスタイルは本人、目つきだって普段…と言っても要は注意をしていない機嫌の良い時の柳川そのものだ。
ここで俺は一つの結論と対応策を見つける。
「こんな時間にすみません。恵さんの同級生の羽間英人といいます。あの、このプリントを恵さんに渡して頂けませんでしょうか」
無難な対応だろう。
目の前の人間はたぶん姉妹か母親あたりだ。
それなら似て非なるものというのも納得できる。
だが、その予想は直ぐに否定された。
「英人くんだ〜!!ごめんね〜迷惑かけちゃった」
初対面の人間にまるで会った事があるような反応。
(もしかしてこれは…)
「大体恵“さん”って他人行儀だよ〜でもありがとうね」
性格が変わり果てているが恵本人だという事と確信した瞬間だった。
「そうだ、折角だから上がっていってよ」
一応見舞いという形で来ているのだし、相手はあのアイアン・メイデン。
復帰後何を言われるかわからない。
その点を考慮して俺は承諾して上がる事になる。
(何故か引き返せない領域まで足を踏み込んでいる感じだ…)

部屋に入った感じは特に何もない部屋という印象だった。
女の子らしい部屋という雰囲気ではなかったのは予想していたがこれはむしろこれは必要最低限なものしかないという質素極めりという感じ。
そんな感想を思っている中柳川はそそくさと部屋の隅にあるベットに腰掛ける。
「ちょっと今日は調子悪くてなんのお構いもできないけどごめんね〜」
ちょっとヘラヘラした感じの口調とシンクロするかのように手を振りながら言う柳川に悪寒どころか恐怖すら覚える。
(本当に本人なのか?)
俺は疑問に思い柳川に近づき徐に額に手を伸ばす。
触れると明らかに熱がある。
俺は枕元に放り出されていた体温計を渡し検温を促す。
何か文句を言っていたような気もするが体温計を脇に挟む瞬間にはだけた胸元を見てしまった瞬間すぐさま目をそらす。
(本当にシャツ一枚かよッ!!)

検温が終ったらしく柳川から体温計を受け取る。
37.8℃…かなりの高温だ。
「おい、ちゃんと寝てろ。チャイムなっても無視しとけばよかっただろ」
俺は少し怒鳴りつける形で忠告をする。
その忠告にしぶしぶの顔をしながら布団に横となった。
両親も不在のようだ。
別にこれといって用事がなかった俺は親が帰宅するまでの間看病という名目で滞在することとした。
(このままだとまた無茶しそうだからな…)

陽が落ち始めた頃だろうか。
何度目かの濡れタオルの交換が終わった時に柳川が目を覚ました。
「あっ…まだ居てくれたんだ…」
最初会った時程の異常なテンションはないがやっぱりどこかいつもと違う。
「なんかいつもと違う様子だったからな。心配だったから残ったんだよ」
「えへへ…ありがと」
照れたのか頬を掻きながら言う柳川。
(正直、いつもこんな感じだったら惚れていたんだろうけどな)
そんな気持ちを察したのかどうか知らないが柳川が口を開く。
「私、本当に病弱でさ。風邪の一つでこんな調子が長引くんだよね。感情も上手くコントロールできないっていうかさ…」
打って変わって暗めな感じで話す柳川の変化にちょっと置いてきぼりになりつつある俺は思い当たる単語が出てきた。
(いわゆる情緒不安定になるのか…)
「私、両親死んじゃってるから病気かかるといつも一人なんだよね。それで結構暗い気持ちになっちゃって最終的には1週間くらい塞ぎこんじゃうんだよね…でも今日は英人くんが来てくれて本当に嬉しかったんだよ?ありがと」
一気に捲し立てられて情報がぼやけてしまったがそれでも重大な事に気づく。
(両親は不在というより…いられない状況だったのか…)
「私、いつも英人くんには感謝してるんだよ?私結構休むじゃない?だから私の仕事結構押しつける形になっちゃってるよね?」
「べっ…別に体が弱い事はしょうがないだろ。だから別に気にはしてない」
色々と聞きたい事はあるが今の柳川のギャップという名の迫力に負けて切り出せない。
「本当に感謝だよ…私、英人くんならいつも一緒にいて欲しいなって思える位に感謝だよ」
「それはどうも…ん?」
思考はかなり前に止まっていたから対応も反射的なモノだった。
だから疑問に思うのも遅れた。
(あれ?一緒にって…それはもしかして…)
ここで俺の思考はフリーズする。
そこに追い打ちをかける用に柳川は口を開く。
「う〜ん…これって告白とかになっちゃったりしてるのかな…普段はそういう素振りは無いけど病気とか弱っている時に本音を言うって…これってヤンデレ?」
「ちげーよ」
俺は完全に反射で突っ込んでいた。

俺は一通り考査範囲を伝えると柳川の家を後にする。
(今日は色々あって疲れた…)
すっかりと暗くなった夜道を歩く。
(あれは、告白でいいのだろうか、それともただ単に委員のパートナーとして良いという意味なのだろうか…)
すっかりと頭はいつもの思考に戻っていたのだがそれでも答えはでない。
(感情が高ぶりすぎてそう言っただけなんだろうな…)
なんとなく無難な答えを出すと俺は家路に急ぐ。
少しでも勉強はしとくべきだろう。
今日の事で頭が少し混乱しているだろうから整理する名目も含めて。

数日後、柳川はいつもより早く復帰していた。
「そこ、ここは勉学の場だ。娯楽品を持ってくるな」
冷徹に徹する柳川。
これこそがいつもの柳川だ。
本当の柳川はあの日の柳川かもしれないがこっちの方がむしろ落ち着く。
無事治っただろうと確認し俺は柳川に声をかける。
いつもは業務連絡程度しか話しかけないが先日の事もあるから一言かけておくべきだろうという判断だ。
「よっ、ちゃんと治ったみたいだな」
そう声をかけると柳川はふりかえりいつもの口調で淡々と答える。
「英人か、先日は世話になったみたいだな。生憎病に伏せている時は少々記憶が曖昧になるのだよ。高温というのは恐ろしい」
本当かどうかはわからないが柳川としては先日の事はある程度なしにしたいらしい。
「あの時はちょっとおかしかったからな。まぁ仕方がない」
俺は苦笑い混じりに答えてやる。
「まぁ、本当に有難かったよ。その事については礼を言う。なんならまた倒れたら見舞いに来てくれ」
いつもの抑揚のない感じの言葉で綴られているが俺は何となく柳川の本心が見えたような気もして気持ちが少し浮かれていた。
「まぁ、考えておくよ」
本心としてはあの柳川を見る事ができるのなら直ぐOKを出してもいい感じなのだがそれは今までの関係上よろしくない。
俺の勘違いで早まるという可能性だってあるのだ。
それこそ今後今以上の冷徹な対応が待っているだろう。
だからこれでいいのだ。
そう思考をまとめ言い聞かせた直後に柳川が口を開く。
「あと、文化祭がんばろうね」
いつもと違う口調に俺はフリーズする。
柳川の表情はその言葉を発した瞬間だけあの時のようなほころんだ笑顔だったような気がする。
(あれ?もしかして…本当に?)


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