No.2グランドの片隅

「ラストいっぽーん!!」
部長からの檄が飛ぶ。
私はスタートラインに付き、合図と共に走り出す。
まだ青い空の下私は風を切りゴールまでの一直線を駆け抜ける。
ゴールにたどり着いて私は部長の「各自ダウンしてさっさと帰れよ〜」という言葉を無視しながらふらふらっとグランドの片隅へと歩いていく。
今日は授業半日での部活。
いつもと違う炎天下での部活はかなり体力を奪う。
ちょっと意識も朦朧としながらいつものポジションへと辿り着く。
グランドの片隅の木陰。
ここが私の指定席。
私は腰を下ろしてさわやかな風に吹かれる。
「相変わらずいい風だな」

いつもとは違う景色。
それでも何度かは見たここでの青空はやっぱりどこよりも澄んでいる気がする。
たった数メートルしか違わないのだから気のせいなのだろう。
それでも私はここでの景色が好きでここにいる。
景色はなんとなくなんだろうけどでも心地よい風が吹くのはここだけなのだ。
いつもと違う景色での風はまた違う心地よさがある。
「朝菜先輩、お疲れ様です」
私が空を仰いでいると頬に冷たい感触と共に声がかかる。
私は身体を倒し声の主を確かめる。
そこにはいつも通りの笑顔の主がいた。

声の主は後輩である綾花。
出会いとしては私がいつも通りにこの場所で休んでいる時に声をかけられた事だろうか。
それもこれも1年ほどの付き合い。
なんとも長いような短いような付き合い。
「朝菜先輩、スポーツドリンクです」
そう言って綾花がボトルを手渡してくる。
「さんきゅ」
私は礼を言い受け取る。
ボトルの中身は綾花特性のドリンク。
いつも通りのやり取りなのに何故か少し笑みが零れながらのやり取り。
これもまたいつも通り。
グランドの片隅で行われるこのやり取り全てがいつもの日常。
掛け替えのない日々。

綾花のドリンクを飲みながら他愛のない会話を交わす。
「いつも悪いね。こんな授業半日の日の部活まで来てくれるし」
私は寝転がりながら彼女の顔見て言う。
「いえ、私が好きでやってる事ですから」
そう綾花は優しい笑顔で答えてくれる。
別に綾花はマネージャーでもなんでもない。
ただ、ここで出会って会話を交わしていただけの関係から綾花の好意で私専属で尽くしてくれている。
頼んだわけでもないし、いつの間にか始まったこの関係。
私は綾花の本当の気持ちはわからない。
でも今はこの場所で二人で風に吹かれながら話すのが今は楽しい。
それだけでいいのかもしれない。
なのだけども…

さわやかな風が吹く。
立地条件の為かここはよく風が吹く。
そのたびに木陰が揺れ木漏れ日が降り注ぐ。
グランドの一部でありながらグランドじゃないようなこの一角。
そんなこの一角で私たち2人きり。
綾花が楽しそうに話してくれるのを見て寝たまま聞くのも申し訳ないと私は身体を起こす。
「あっ、起きて大丈夫なんですか?」
ちょっと困惑したような表情で言う綾花に対して私は「大丈夫だって」と軽く流す。
正直まだ身体はしんどいけどやっぱり失礼だよなという感じである。
そうしてとりあえず身体起こすと綾花が私の後ろに回り突然髪を触り始める。
つい、私は困惑した声色で「どっ、どうしたの?」とたずねてしまう。
「髪型…というかリボンが解けかかってたんですよ…っとこれで大丈夫です」
綾花は私の髪を少し弄りそう一言。
なんとなくむず痒い感じではあったけれどもそれとなく私は幸せを感じていたのかもしれない。
「にしても、先輩髪長いですよね。綺麗なストレートですけどいくらポニーテールにしても走るとき邪魔じゃないのですか?」
私の髪をセットし終えて再び私の横に腰を下ろすと綾花は問いかけてきた。
私としても好きで伸ばしているわけではない。
でも、その理由も少々恥ずかしいモノなので私は適当に誤魔化す事にした。
なんとなく彼女の前ではかっこいい先輩でありたいと思ってしまったからだと思う。
(私は結構体裁を考える性質なのだ)
そう言い聞かして。

他愛のない会話でもかなり時間は早く過ぎていた。
夕焼けまではまだ時間はあるけど部活が終わって結構経つ。
(結局かなりの時間付き合せちゃったな)
「さて、そろそろ帰ろっか」
私は立ち上がり提案する。
その言葉に否定の言葉が紡がれる事は今まで一度もなかった。
それこそ本当に私の我侭に付き合ってもらっていると認識してしまうほどに。

私と綾花は電車通学をしている。
お互い上りと下りで別々の列車だけど駅までは一緒に帰る事が綾花と話すようになってからの習慣。
私は素早く着替えて綾花と共に帰路に立つ。
どこまでも実りのない会話を交わしながら駅まで半分というところで私は一つ罪悪感のようなものが生まれた。
今までそこまでのモノは無かったにしても多少はあった気持ち。
(本当に…綾花は私の事をどう思っているんだろう…)
いつも以上の感覚に私はつい問いかけてしまった。
「綾花さ…なんで私の世話なんてしてくれてるの?」
お互い歩みのスピードは変わらずそのままで多少の無言の間が生まれる。
(このまま、駅まで行くのは嫌だな)
そんなよそ事のような事を考え始めた時に綾花は言葉を紡いだ。
それこそ、何も無かったかのように。
それが当たり前かのように。
「先輩が好きだからですよ。私、先輩が大好きですから。」
決してこっちを見ず私の隣を歩きながら紡がれた言葉。
とても重い言葉に私の歩みは遅くなり、終いには止まっていた。
綾花と十分距離がとれた事を感覚で確認して私はポツリと一言溢す。
「…私も好きだよ…」
決して彼女には届かないように掠れそうな声で…

「先輩?どうかしたんですか?」
彼女が心配そうな声で私に問いかける。
私だってわからない。
答えも気持ちも決まっているのにどうしても綾花に伝えられない。
私は、どこまでも臆病なのかもしれない。
でも綾花に心配かけてはならないという一心で表情だけは気丈を振舞う。
「大丈夫。…そうだ、今日は早いんだし喫茶店寄らない?私の奢りだからさ」
「本当ですか!?是非お供させてください」
綾花はとびっきりの笑顔で答えてくれる。
私は多分彼女のこの笑顔にいつの間にか惹かれていたんだろうな。
「ただし、私より先に駅前の喫茶店に着いたらだけどな」
私は少し意地悪そうな顔を作り言うと駅前に向かって走り出す。
「待ってくださいよ〜先輩に勝てる訳ないじゃないですか〜」
髪を靡かせながら風と共に走る私。
多分駅前で再会したら綾花は少し怒った表情で私に文句を言うだろう。
それでも、否どんな事があったとしても彼女は明日になれば何も無かったかのようにいてくれるだろう。
あのグランドの片隅に。
いつの間にか私の指定席はあの片隅から綾花の隣に変わっていたんだと思う。
そんな事を思うと自然と顔がにやけてしまう。
(明日も晴れますように)
私はそう天に向かって祈る。
明日も綾花の隣に座る為に。


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