No.1お芋

晴れやかな秋空。
外の景色は華麗に色付き、高い空に鮮やかに映える。
待ち合わせの昇降口でそんな景色を見上げながらふと思う。
(あいつのことだからたぶんアレだろうな…)
様々な秋が謳われる中で待ち合わせ相手の思考を思う。
少々肌寒くなったこの秋空の下で。

「お待たせ〜」
下駄箱からあわてた様な声が近づいてくる。
待ち合わせ時間から5分程度過ぎたという所での声であったのでこの景色を堪能できたという事でチャラにしてやろうという事にし振り向いて声の主を迎える。
「ちょっと先生に捕まってて…うわっ」
そこまでいい俺の下に駆け寄ろうとした瞬間履ききれていなかった靴で躓き俺の胸元に飛び込む形となる。
「大丈夫か?」
そう声をかけて彼女の頭を撫でてやる。
頭一つ分俺より背の低い彼女の頭はとても撫でやすい位置にある。
それこそ習慣のようにことあるごとに撫でていたような気もするし実際注意も受けた。
「また頭撫でる…」
このように頬を赤らめながら…

「にしても本当に裕也って私の頭よく撫でるよね。」
昇降口を出て直ぐ、グランドを歩いて校門を出て帰ろうとするところで彼女はそう切り出す。
「美波が小さいのが悪いんだよ。悔しかったらもっと背伸ばせ。」
そうからかってやると彼女は膨れっ面になり軽く小突いてくる。
いつもと変わらないやり取り。
彼女と付き合って1年と経たないけれどそれこそ今までずっといたかのような安心感とたった今付き合い始めたような新鮮な感覚を彼女はくれた。
空が真っ赤に燃え始めた中歩く俺達。
こんなにも世界が綺麗に見えるようになったのは彼女のおかげなのかもしれない。
だから思わずこんな言葉をそっと溢す。
「どうか、いつまでも世界が綺麗でありますように。」
もちろん彼女には聞こえないような小さな声で。

秋の夕暮れは釣瓶落としと言うけれどもそれでも少しまったりするぐらいの時間はある。
それもまだ秋という季節を感じ始めれた今の時期であるからかもしれないが、そう思うととても贅沢な時間に思えてきた。
そんな時間に俺達は公園に立ち寄っていた。
遠くからどこかの家の夕飯の匂いがしてくる。
「なんかお腹すいたね〜」
暢気にベンチで空を見上げながら言う彼女。
公園に誘ったのは俺だが、景色を見て話していたのは数分だっただろうか。
彼女は夕焼けを堪能していたが俺はやっぱりというかなんというか彼女に見惚れていた。
夕焼けと紅葉と彼女の取り合わせがまるで絵画のようで…と思いながら俺は適当に相槌を打つ。
「そうだな。」
今は彼女の声しか耳に入らないし、それどころか彼女の言葉さえ入ってきても俺は彼女の姿を目に焼き付けるのに夢中になっていた。
いっそ本当に絵に描いてみようかと思えるほどに。
そんな事を思っていると突然彼女は立ち上がり「ちょっと待ってて。」と言い残し小走りに公園を出て行く。
その姿を名残しく思いながら目でその姿を追う。
瞬く間に小さくなっていく姿に少し複雑な思いになりながらも待つことにする。
秋の空は少しずつ暗闇へと近づいていた。

なんとなく今日の事を思い返していると我ながら詩人にでもなったのかと思う思考がポンポン出てきて少し赤面しながらも彼女を待つ。
(さながら芸術の秋か読書の秋というやつか?)
そんな思考に辿りついた頃に彼女が戻ってきた。
「お待たせ〜」
一つの包みを抱えながら…

彼女曰くお腹すいたと呟いた時に丁度焼き芋屋の声がしたそうだ。
そう、彼女が抱えていた包みの中身は一本の焼き芋。
「ごめんね。今月厳しくてさ〜。だからはい、はんぶんこ。」
そう言って彼女は焼き芋を半分に割り差し伸べてくる。
断る理由もないけれども先ほどの言葉が引っかかり手を止める。
「別に無理しなくても言ってくれれば俺が買ってやったのに。」
俺がそう言うと彼女は苦笑いしながら手は引っ込めず言う。
「いつも奢ってもらってるからね。それに私自身も食べたくて買ったんだしね?」
そう言い彼女の手は既に押し付ける形となっていた。
ここまでされたら断るほうが悪い。
俺は彼女の手から受け取り夜も更け始めている空の下公園で食べる事とした。

「にしても本当に秋だね。もうすぐ陽が落ちきっちゃいそう。」
眩しいほどに紅くなった空に照らされながら彼女は言う。
確かにこの夕日はまだ残る青々しい葉さえも全て紅葉のように色を染める。
先ほど買った焼き芋は既にお互い胃の中。
ベンチに腰掛けながらなんとなくお互い帰るきっかけがなくまったりしていた。
「あっ、裕也。ほっぺにさっきの焼き芋付いてるよ?」
そう言われて慌てて頬を撫でてみるもそんな様子はない。
そんな中彼女はすっと顔を近づけてきて…
「んっ…嘘だよ。ここに来てから私の話聞いてなかったでしょ。これでチャラね。今度聞いてなかったらお仕置きだよ?」
俺の頬に口付けをした後ここまでを捲くし立てて彼女は立ち上がる。
「さっ、晩御飯食べに帰ろ?」
そのままこちらに振り向こうとせず俺を待つ形で立っている
彼女の言葉に少し反省しながら俺は彼女の後ろ立ち抱きしめる。
こんな事をするのは初めてだ。
だけど何となくこうしたくなっていた。
理由を聞かれてもやっぱり何となくという以外ない。
だからだろうか。
腕の中で彼女は少し困惑したような、それでもなんとなく嬉しそうな声で言う。
「まったく…今度からは裕也がちゃんとリードしていってよ?結構恥ずかしかったんだから…」
俺は気持ち腕に力を入れて答える。
「わかった。もう少し善処する…ん?」
少し力を入れた腕に彼女の身体の感触が伝わる。
少し柔らかすぎるような…
「美波…もしかして半分にしたのは少しふとっ…」
そこまで言いかけて俺は口を閉じる。
言ってはいけない言葉もある事をすっかり忘れていた。
だけどもそれに気づくのが遅くこのままの体勢で彼女の肘鉄が俺のわき腹あたりを突く。
それはグラウンドで見せた可愛らしい小突きでなく射抜くような鋭い一撃だった。
そんな一撃を喰らわせて彼女は一言。
「まぁ、食欲の秋だしねぇ〜…」
そこまで言い俺の腕からすり抜けて振り向き一言。
「乙女心をもうちょっと勉強しなさい?罰として明日から朝のランニング付き合ってよね?」
そうにこやかに言い俺にてを差し伸べる。
俺は手を取り二人で帰路に着くことにした。
明日からもう少し彼女との時間が増えそうでその時間がたまらなく楽しみだ。
すっかりと空は暗くなったけれども目に入る景色は公園に入ってきた時以上に美しく見えていた。


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